素材、つまり、あるがままの状態を活かすということ

この原稿はリオ・デ・ジャネイロから東京への乗り継ぎ地であるドバイの空港で執筆されている。2016年の夏は海外出張が重なり、日本にいる時間がほとんどなかった。

それはつまり和食との接触頻度が極端に減る、ということを意味するわけで、ドバイから東京へのフライトで供される機内食で久々に提供されるはずの和食メニューで、それほど悪くない「和え物」と出会えることを期待してしまう。ほうれん草の胡麻和えが良いのだが。


「和える」に内包されている「和」について、大辞林にその定義を求めると「対立や疎外がなく,集団がまとまっている状態。仲よく,協力しあう気持ち。」とある。たしかに「和える」とはそういうプロセスなような気がしてくる。分子料理の盛り上がりを例に取るまでもなく、科学的研究に基づく「化合物」を食べることも多くなっている気がする昨今、真逆の、情緒的なアプローチである「協力し合う気持ち」が持ち込まれているのがなんとも和食的、日本的で、美しく繊細だな、と改めて思う。結果、悪くない「和え物」との出会いに期待がますます高まる。白和えもいいな、とか。
料理としての和え物について思索を重ねたり、悪くない機内食への期待ばかりを綴ったりしていても仕方がないので、本論に移りたい。


まず、日頃クライアントに対してコミュニケーションによるソリューションを提供している中で改めて強く感じるのは、企業側からの一方的なメッセージングにはもはや限界が来ている、ということだ。もちろん限られたハイブランド、それは「憧れを提供できるブランド」と同義だが、そうしたブランドに限っては未だに有効である場合もある。ただし、ほとんどのブランドにとってそれはもはや下策で、メッセージを受け取る生活者にとってみれば「なんか言ってるな」程度の印象しか与えられない。「なんか言ってるな」を例えば露出量で強引に解決する方法もあるが、それでROIが見合う企業はおそらくほとんど存在しないだろう。


そうなると、次なる手は「いかに生活者に語ってもらうか」ということになる。生活者が語るコンテキストにプロモーショナルではない(もちろん「ステマ」でもない)状態でいかにブランドを存在させられるか、それが現代における、特にSNSにおけるブランディングアクティビティの成否を分ける最大のファクターである。あなたのブランドは、依頼せずともInstagramにそのロゴや商品が露出しているだろうか。ブランド名のハッシュタグでポジティブな会話がなされているだろうか。


こうした状況の中、「和える」という考え方をブランディングに導入することが、ひょっとしたらソリューションになるかもしれない、と感じている。それは「和える」の持ついくつかの特徴のなかでも「あるがままの状態へのリスペクト」にポイントがあるように思う。


ブランド資産の管理を厳格に行っている企業であればあるほど、そのガイドラインに外れたSNSでの投稿には頭を悩ませているはずだ(一昔前のシャネルにおける「シャネラー」みたいなもの)。そういう投稿に限って検索上位に上がってきたりするからたまらない。既存のメディアに対してであればそうした取り扱い方を規制する、という手立てもありうる。しかし、SNSは生活者による生活者のためのメディアであり、コミュニケーションプラットフォームである。悲しいかな、それは根本的にブランドのために存在していない。であれば、こういう投稿をしてほしい、そのために何をする、と考えるのではなく、「あるがままの状態」を尊重し、今行われている投稿に対してどう立ち向かうかを真摯に検討することをまずは考えるべきなのではないか、と思う。幾つかの事例とともに論を深めていきたい。


2015年のカンヌライオンズサイバー部門でグランプリを獲得したアンダーアーマーの「I will what I want」キャンペーン。モデルのジゼル・ブンチェンをブランドキャラクターに起用したことに対して、SNSには「ジゼルはただのモデルでアスリートではない」「ただのフェイクだ」などのネガティブな意見が多く投稿された。ブランド側はそれらの投稿をそのまま利用したCMを制作。寄せられたネガティブなコメントが投影される中、普段はランウェイを華麗に闊歩し、ファッション誌で着飾った姿を見せるスーパーモデルであるジゼルが、アンダーアーマーに身を包みストイックにサンドバックを蹴り上げる姿を印象的に描くことで、ブランドのコンセプトである「I will what I want」を強く伝えた。


一見すると挑戦的なアプローチに感じられるが、生活者の持つブランドへの愛着と、だからこそ起こったキャスティングへの反感を、無視するでも弁解するでもなくリスペクトし、素直に、強い返答を行ったことに成功要因があると考えている(結果、アメリカにおけるスポーツブランド第2位の座をアディダスから奪うことに成功している)。


もうひとつ、今年のカンヌライオンズダイレクト部門でのグランプリ作品である「The Swedish Number」。スウェーデン政府観光局によるこのキャンペーンは、+46 771 793 336(※現在はサービス終了)に電話をかけると、事前に登録したボランティアのスウェーデン人につながり会話ができる、というもの。「国民誰かにつながる国家としての電話番号を作る」という仕掛けの時点で壮大ですばらしい仕掛けだが、加えて、国家の施策であるにも関わらず、ボランティアに対しては話す内容の規制や監視もせずに実施されたという点に大きなポイントがある。スウェーデンという国のブランディングを従来的に考えた場合には、統一したブランドイメージで、訴求点はこれで、とやりたくなりそうなものだが、「あるがままの状態をリスペクト」し、国民を信じ実行した結果、スウェーデンの魅力的な姿を広く世界に伝えることに成功している(SNS上などで大きな話題となり、20万件近くの着信が186の国と地域からなされ、総通話時間は367日分にもなった)。


世界的に大きな成功をおさめた2つの事例を見るにつけ、改めて「あるがままの状態へのリスペクト」が大きな意味を持つことが分かる。加えて、それはブランドに「多様性」という新たな武器を付与することにもなる。ブランドが規定するガイドラインの存在を知る生活者など皆無であり、それはつまり、ブランドは生活者の中に存在している、ということになる。また、生活者はそもそも多様性にあふれており、つまり、生活者の数だけブランドが存在する、とも言える。あるがままの状態をリスペクトすることは、結果としてブランドの多様性を認めることになり、それは、これからの未来を生き抜くブランドにとって大きな財産となることは間違いない。そうした意味でも「あるがままの状態をリスペクトし、うまくブランディングにつなげていくことには一定以上の意義があるはずである。


「和」の国に生きるものとして、そして「和え物」を愛する日本人として、これからもたくさんの和え物を作っていきたいと思うし、世界中で見たこともないような和え物と出会えるのを楽しみにしたい。数時間後に悪くないほうれん草の胡麻和えと出会えることを祈念しながら、この原稿を終えようと思う。

 

本多  忠房  (ほんだ  ただふさ)
デジタルハリウッド大学大学院教授 / 株式会社電通 CDC プランナー
上智大学法学部在学中からWEBデザイナーとして活動。その後 Yahoo!JAPAN、CyberAgent、Coca-Cola、 beacon communications、GROUNDを経て現職。ナショナルクライアントのコミュニケーション戦略立案を中心に担当。最近の仕事 : サントリー・ふんわり鏡月「ふんわり妄想マンガシアター」、JT「TOKYO GOOD MUSEUM」、ストライプインターナショナル「KOE THOM BROWNE.」SONY「禁断の WALKMAN」など。

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