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みちくさマーケティングはマーケティングか !?

本号の編集会議で命名された新しいマーケティング概念「みちくさマーケティング」について少し考えてみたい。

現代的なマーケティングコンセプトといわれているSTP、すなわちS=Segmentation、T=Targeting、P=Positioningという概念がある。それらを明確にし、はっきり狙う対象を定めて行う行動こそが現代的マーケティングというわけであるが、およそ「みちくさマーケティング」とは程遠い概念と言わざるを得ない。逆に言えば、現代的マーケティング側からすると、「みちくさマーケティング」ほど、これまでの蓄積された苦労や努力を否定される冷や水のような存在は認めがたいはずである。


それらのことを整理して考える時、「みちくさ」の発想の大元である、飲み屋街をふらふらとそぞろ歩きする御同輩X氏の消費行動と照らし合わせてみると、はっきりとその特性の違いが明確になる。
「Segmentation」は、コトラーのマーケティング原理(マーケティング原理「第9版」、フィリップ・コトラー+ゲイリー・アームストロング著、ダイヤモンド社刊)によると、「購買者のニーズや特徴、行動に基づき、異なった製品やマーケティング・ミックスを要求することが考えられるグループごとに市場を分割すること」とある。
購買者、すなわちX氏のニーズとはいったい何であろうか、おそらくこれまでの経験では味わえないような体験や出会いのハプニングを求めて、おそる、おそる、しかし期待を胸に赤ちょうちん横町をぶらぶらするわけだから、そもそもニーズや行動に明確な指針があるわけではない。勿論、行き当りばったりなんだから市場の分割なんぞしても全く意味がない。X氏とは困った酔っぱらい=消費者なわけである。


「Targeting」は、「各市場セグメントの魅力を測定し、参入すべき一つ、あるいは複数のセグメントを選択するプロセス」とある。
各市場セグメントの魅力(この場合はお店毎を市場と考えるので、価格、味、サービス、雰囲気、客筋の総合判断か)を測定しても、なにしろ酔っぱらいの千鳥足なので予測不可能な動きをする。酔っぱらいX氏に何か論理的な解を期待しても暖簾に腕押しである。


「Positioning」は、「標的とする消費者の心のなかに、競合する製品と比較して、明確で独自の望ましい位置を自社の製品に確保すること」とある。
これに至ってはもうお手上げだ。標的とする消費者X氏の心のなかには明確な比較基準もなく、それを頼りにもしていない行動の非線形的いい加減さが彼の心のよりどころだからだ。
こうして考えていくと、まさに「みちくさマーケティング」は本当にマーケティングになりうるのかという疑問が湧いてくる。少なくとも従来のマーケティング・セオリーでは全く説明がつかない。
しかし、横丁には魅力がある。温かくなる。ワクワクする。顧客がいる。リピーターを生む。また、来たくなる。何故か?!


この疑問に答える一つの方向性にマーケティングのベクトルという概念を当てはめてみると面白い。STPマーケティングの方向性はすべてを細分化して、病巣の元となる癌の位置を明確にして放射線治療する癌治療と同じ方法論である。医者がよく使う言葉「たたく」とは当然たたく対象が明確になることにより効果を生むわけだ。細分化して、標的に向かっていくベクトルがSTPマーケティングの本質といえるわけである。


では、「みちくさマーケティング」のベクトルとは何か。イメージ的に言うとそのベクトルは3次元に放射線状に外に向うベクトルであり、発散系である。その発散に、ある時間軸の偶然性によりぶち当たった対象が、気が向いたからふらっと入った店ということになる。すなわち、それらの対象を星に例えると、その星が存在する空間こそが宇宙であり、横丁なのである。その空間自体がマーケティング・コミュニケーション・ミックスの結果なのである。なんとなくいい感じがする場の力とでも言おうか。
このように「みちくさマーケティング」とは、従来のマーケティング理論である、一つのブランドのマーケティング戦略ならぬ、そのブランド群の総体そのものが魅力を発し顧客に満足を生む場のマーケティングと言える。換言すれば、業界全体、ジャンル全体で取り組むべきマーケティングの姿とも言える。


「みちくさマーケティング」=プロセス価値マーケティングの本質とは、その業界やその商品カテゴリーそのものが魅力を発して初めて成立するマーケティングなのである。
ネット・サーフィンという言葉が登場して久しい昨今、これからのマーケティングには、細分化してSTPを精緻化させるだけの従来型のマーケティング・ベクトルでは測れない消費者行動を考える必要がある。


そんなことに煮詰まったら、マーケッターはぜひ横丁の赤ちょうちんにふらっと入ってみよう。そこで偶然でしか味わえないスリリングな「みちくさマーケティング」の種が見つかるかもしれない。プロセス価値とは、当然人間のいとなみの中に生まれる価値だからである。

 

吉田  就彦  (よしだ  なりひこ)
デジタルハリウッド大学大学院教授
㈱ヒットコンテンツ研究所代表取締役社長
自ら「チェッカーズ」「だんご3兄弟」などのヒット作りに関わり、ネットベンチャー経営者を経て現職。「ヒット学」を提唱しヒットの研究を行っている。木の文化がこれからの日本の再生には必要との観点から、「一般社団法人木暮人倶楽部」の理事長にも就任。現在は、ASEAN各国にHeroを誕生させる「ワールドミライガープロジェクト」に没頭中。
著書に「ヒット学~コンテンツ・ビジネスに学ぶ6つのヒット法則」、共著で「大ヒットの方程式~ソーシャルメディアのクチコミ効果を数式化する」などがある。

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