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若者ゴコロをくすぐる、和のアイドルたち

アイドル性により活性化される分野は、日本の伝統文化にまで広がった。

和敬清寂、幽玄、侘び・・・従来は、心を無にして向き合う和の世界は、和のアイドルによってココロときめく世界になり、若者の興味の入り口となっている。


 その筆頭は、華道の未生流笹岡家元の笹岡隆甫氏。未生流笹岡とは、いけばなの未生流の一つの流派である。
「未生流笹岡は、1919年、笹岡竹甫により創流されました。西洋から渡来した園芸植物を用いた新しい型「盛花」がまさに全国に広がりはじめた頃でした。当時、未生流(江戸時代後期、未生斎一甫により大阪で創始されたいけばなの流派)の高弟であった竹甫は、それまでの盛花には充分に古典の技法が活かされていないと考え、未生流の特色である鱗形(直角二等辺三角形)を踏襲した笹岡式盛花を編み出し、一派を立てました。この笹岡式盛花に代表される通り、未生流笹岡は、伝統と革新を兼ね備えた流派です。」
(未生流笹岡Websiteより)


笹岡氏は2011年に37才で家元を継承した。伝統ある世界の家元として流派を守り、同時に革新を体現していく責務は想像を超えるプレッシャーと挑戦の連続であろう。ただ笹岡氏はいわゆる昔の敷居の高い世界の家元像とは、全く違う活動ぶりである。若い時からテレビ出演も多く、初めての著書のタイトルはなんと、「華道界のプリンスが直伝する美的生活のヒント」(マガジンハウス刊)というものであった。日々のブログのタイトルも「美的生活のヒント」で、?いけばなの世界からみなさんに。私たちが美しく生きるためのコツを発信?とある。モデルエージェンシーにもタレント/文化人枠で登録されている笹岡氏は、雑誌やテレビで、いけばなだけでなく、京都の魅力を様々な角度から伝える情報発信者でもある。


いけばなよりさらに敷居が高く難解そうなお能の世界もアイドル性を持った能楽師が入り口を広くしようと活動している。「若手イケメン能楽師・武田宗典氏指導による身体を動かす能楽ワークショップ」は、若い女性にも人気のイベントであるという。私も学生時代から何度かお能を見に行くことがあったが、それは親に連れられて仕方なく行くものの一つであり、眠気と戦いながらスローな動きを追う、決して楽しいものではなかった。ただ、演じる‘型’や‘かまえ’、お腹から声をだすという‘謡’を体験でき、しかも講師がカッコイイのであれば、「行ってみたいかも」と思ってしまうから不思議なものだ。観世流能楽師シテ方の武田氏は、現在38歳。武田氏のホームページ内の‘アルバム’には、能舞台の写真だけでなくプライベートのポートレートも掲載されている。そのどれもが、ファッション誌の1ページのような、スタイリッシュなものである。


さてさて和の世界もエンタテイメント化してきたものだと感じる。伝統文化は今までは放ってとおくと衰退するトレンドの中にあり、お茶、お香、お花も高齢化で苦しむ流派が多かった。さらに日本文化は、美意識のカレイドスコープとも言える世界である。華、茶、書、香、能、そしてその文化を継承する‘家元制度’や‘流派’は、今まで閉塞的だからこそ強かった。まさに「秘すれば花」のコミュニティであった。そんな閉塞さと、様々な美意識や教養が織りなす複雑さ、奥深さは、きっかけが無ければ一歩踏み出せない世界であり、故にどんどん高齢化してきた。そんな中、アイドル性を持つリーダーが、若者にとって伝統的な日本文化の入り口を広げ、若い世代に伝えようと、自分を主役に発信するようになった。それも、ワークショップやブログ、イベントといった直接接することができるメディアを通じて。そして自らがアイドル化することを厭わない。伝統を背負う彼らは、そうしなければ、日本の良き和の文化が廃れて行ってしまうことを、痛いほど感じているのだ。


伝統文化の良さは、誤解を恐れずに言えば、かつてはそれを理解するべく育ってきた人々の中で共有されていたように感じる。今は、それがアイドル化した和の伝道師たちの情報発信力により、誰もが最初の一歩を踏み出しやすくなった。そればかりか、「いけばな男子」なるコトバまで生まれるようになり、和に親しむってオシャレだよね、と言われるようにもなった。


アイドルの本来的な意味は偶像崇拝であり、目に見えない信仰、信条などの対象を可視化した絵画や彫刻などのことである。その奥深さや生活スタイルの変化故に、目に見えにくくなった和の伝統は、アイドルという媒介を得て、再び若者の目の前に姿を現している。


もっともそこから稽古に励み、精進し、日々の生活に取り入れるようになるまでにはまだまだ高いハードルはあるが。
イケメン書道家、美人過ぎる女流棋士、、、、それにしても、時代の空気はこんなにもすべてをエンタテイメント化していることに、あらためて気づくのである。

 

松風  里栄子  (しょうふう  りえこ)
博報堂コーポレートデザイン部部長、その後博報堂コンサルティング執行役員、エグゼクティブマネジャーを経て、2014 年、アジアへの海外進出支援を行う、センシングアジア創業。海外市場参入時の事業戦略・事業計画・マーケティング戦略と実行支援、コーポレートブランド戦略、CMO、マーケティング組織改革、M&A、ターンアラウンドにおけるブランド・事業戦略構築、新規事業開発で多くのコンサルティング実績を持つ。

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