新しい価値を生む「金の卵」 金の卵化活動

今年も日本人のノーベル賞受賞に日本中が沸き立ちました。

世界が認める日本の科学技術は、ビジネスの世界を変える大きな可能性を持つはずですが、まだ期待通りの状況には至っていません。国の科学技術予算の1/3が投下されている日本の科学技術の最大の拠点である“つくば”で技術移転コーディネーターの仕事をしている私としては、その責任の一端を感じています。公的研究機関や大学の科学技術をビジネスのネタ(金の卵)にするには、ビジネス側の方々との協力関係がとても重要です。今回、企業のマーケティングや広報担当の方が多く読まれているこの雑誌に記事を書く機会を頂きましたので、科学技術を金の卵にすることについてビジネス側の皆様に語りたかったことを書かせていただきます。


企業や投資機関(ビジネスサイド)の方々が金の卵の宝庫と胸を膨らませて“つくば”に沢山アクセスしてきます。申し訳ないことにその多くのアクセスが不調に終わっていますが、その中でも確実に金の卵を得ているビジネスサイドの方々がいます。成功の秘訣を一言で言えば、「金の卵をともに作り出すという意識」です。この意識で来られた方は確実に金の卵を手にしています。


ビジネスサイドの方にお願いしたいのは、まず、卵を産む鶏である“科学者”という存在を理解していただくことです。金の卵は、「ジャックと豆の木」で天空の大男の鶏が産むのですが、鶏の立場で考えると子孫を残すための「白い卵」を産むのが本来であり、金の卵を産むことは想定外だったはずです。科学者にとって本来産むべき「白い卵」とは、科学者としての評価につながる仕事のことで、ランキングが高い科学雑誌に論文を採択されるなどの学術的な成果のことです。勿論、最近の科学者は、金の卵、つまりビジネスのネタを産まないといけないという自覚を持って努力していますが、大半の科学者は元々金の卵を産む専門家ではないので、周りの手厚いサポートが必要となります。

 

公的研究機関や大学には金の卵を産むためのサポート機能として産学連携部門を20年前から設置しています。技術移転コーディネーターを配置しているので、金の卵へのアプローチは産学連携部門を通すのがよいのですが、残念ながらここを通したから必ず金の卵が得られるということにはなりません。普通の「白い卵」を、科学者、技術移転コーディネーター、ビジネスサイドの方々が三位一体となって金の卵に変化させる、「金の卵化活動」が必要になります。その心構えでアプローチしていただけると金の卵が出来上がります。


具体的な例で説明します。物質・材料研究機構(NIMS)の川喜多仁氏は、湿気を高感度で測定できる新技術を開発して、右図のような手のひらサイズで肌の潤い測定ができるデモ機を作り、展示会などで盛んに技術紹介をしてきました。川喜多氏が仮の応用イメージを1つ示したことで、美容・衛生分野は勿論のこと、それ以外の分野の方からも様々な事業化の相談が殺到しており、研究者、技術移転コーディネーター、ビジネスサイドの三位一体の検討が進み、近いうちにいくつかの分野で製品として世に出ていく可能性が出てきました。デモ機がきっかけとなり、ビジネスサイドの方々も知恵を出す「金の卵化活動」が実を結びつつある1つの例です。


もう1つ別の例を紹介します。NIMSの澤田勉氏が開発した新技術で、ちょっとした変形で敏感に色が変わるゴム素材(フォトニックラバー)に関する話です。澤田氏はこの技術を普及したいという強い思いをもって、NIMS発ベンチャーを起業されています。(http://www.softphotonix.com/)ビジネスサイドからのアクセスもあり、現在いくつかの分野での事業化の可能性が検討されていて、金の卵になる途中段階の技術と言えます。


ここで、ビジネスサイドの方々にお願いがあります。
科学者とそのサポーターである技術移転コーディネーターが発信する情報は、「肌の潤いが測定できる」、「変形で色が変わる」といった類のものです。こういったかすかな情報を元にビジネスニーズを思いついて技術移転コーディネーターにアクセスして来られるビジネスサイドの方々が、金の卵化活動を支えて下さっていると言えます。こういう方々は大歓迎なのでぜひ積極的にアクセスしていただきたいと思います。


現在、私は(一社)つくばグローバル・イノベーション推進機構(TGI)に籍を置き、筑波大学、NIMS、農研機構などの大学や公的研究機関の産学連携部門と協力してつくばの科学技術の事業化を推進しています。その活動の1つとして、企業が技術的に困っていることや探している技術について受け付けて、企業の方々の代わりにつくばの大学や公的研究機関にアクセスして必要な技術を探すサービス(つくばテクニカルコンシェルジュ)を行っています。企業が探している技術は新技術の場合もありますし、現在の製品の品質を向上させるために必要な技術のコンサルタントであったりします。この「つくばテクニカルコンシェルジュ」の活動のように、技術移転コーディネーターがビジネスサイドの方々が科学者にアクセスする動きをサポートしていくという活動も科学技術とビジネスサイドを結び付ける重要な「金の卵化活動」と考えています。技術移転コーディネーターのこういった“御用聞き活動”にもぜひ関心をもってご協力ください。


まとめになりますが、科学技術はビジネスサイドのニーズと結びつくことで「金の卵」になります。技術移転コーディネーターを長年していると、科学技術単体としてその価値がよくわからないものも、ビジネスのニーズで照らされると眩い黄金色に輝くという経験を何度もしてきました。このような瞬間が技術移転コーディネーター冥利と言えます。ビジネスサイドの皆様が、新技術を黄金色に輝かすカギを握っています。技術の事がよくわからないからと言って消極的になるのではなく、むしろ技術がわからないからこそ、科学者が根拠なく思い込んでいた限界を超えるような要求をしていただくことが大事だと思っています。


研究者のわずかな情報発信を良い意味で誤解して、想定外の期待を科学者に熱く語っていただくことで科学者から新たな科学技術を引っ張り出すことができる場合も少なくありません。技術移転コーディネーターは、科学者とビジネスサイドの方との話が噛み合わない場面を上手くコントロールして新たな価値を創造するところに価値があると思っています。大いなる誤解による期待や、科学者が想像もしていなかったリクエストを技術移転コーディネーターに遠慮なくぶつけていただきたいと思っています。


小沼  和夫   (こぬま  かずお)
TGI(つくばグローバル・イノベーション推進機構)  統括マネージャー
日本電気㈱にて、研究開発企画、知的資産開発などに携わり、2016年4月より、国立大学法人筑波大学 TGI勤務。その他、国士舘大学 ”人を対象とした研究に関する国士舘大学倫理委員会” の外部委員を務める。

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