「100年企業」のリスクテイク

少子高齢化による人口減少により日本の国内消費市場は縮小傾向にある。日本は依然として世界第三位の経済大国であり、国内市場の規模は相対的に大きいが母国の市場にのみ立脚していては企業の成長戦略は描けない。

多くの企業が危機感を感じ、海外に活路を見出そうとしている。レコフM&Aデータによれば日本企業の海外企業買収は2016年には635件となり過去10年で最高の件数を記録した。こうした動きは日本市場で100年以上事業を営んできた所謂「100年企業」においても見られる。


ここではGCAがアドバイザーとしてサポートさせて頂いた老舗企業2社のM&Aの事例をご紹介させて頂きたい。いずれも創業100年以上の歴史を誇る日本を代表するアパレル関連企業であり、その歴史に胡坐をかくことなくリスクテイクをされた好事例と考えている。


1社目は2016年12月に東証一部の銘柄入りを果たしたモリト株式会社である。1908年(明治41年)に創業しハトメ・ホック・面ファスナーなどの服飾付属品やカメラ資材、自動車内装資材、靴用品の企画開発など生活にかかわるパーツを幅広く世界的に製造・販売している。創業以来、赤字決算がない安定企業でもある。又、同社の製品はユニクロ、GAP、H&M、ZARAをはじめ世界のアパレルブランドに使用されている。


そのモリトは2014年10月に同じボタン、ホック、ジッパーを製造・販売し競合先でもある米国Scovill社を買収。これによりモリトの世界シェアが飛躍的に拡大し金属ホックでは世界首位となった。しかし開示資料をご覧頂くとわかるがScovill社は過去に破綻しており2011年、12年の決算は赤字であった。まだ業績が安定しているとは言えない段階でScovill社を43.5百万ドルで買収したのだから英断であったと言えよう。


ではその後の状況はどうか。2016年11月期の実績としては年間3000万円のコスト削減が見込まれるヨーロッパ倉庫と香港事務所の統合、シナジーによる売上1.5百万ドルを実現。今期はシナジーによる売上目標4.5百万ドルを目指しておりPMIは順調に進んでいる。


もう1社は1879年(明治12年)創業の繊維・アパレルメーカーである株式会社ダイドーリミテッドだ。1964年の東京オリンピック日本選手団の公式ユニフォームである赤いブレザーは同社の生地「ミリオンテックス」が採用されている。又、アパレルブランドNEWYORKERや合弁事業であるブルックスブラザースは読者にも馴染があるに違いない。同社138年の長い歴史は栄光と苦難の繰り返しと言えよう。過去、関東大震災による工場全壊を乗り越えたダイドーリミテッドであるが、ここ数年中国工場の競争力低下と国内市場の低迷といった問題に直面していた。


2016年11月、同社はイタリアの婦人用コート生地及びフリースの最大手メーカーPontetorto S.p.A.を子会社化した。Pontetorto社は1952年の創業以来、一貫して黒字決算の優良企業であり、イタリアを含めた欧州はもとより東欧、アメリカ、アジア等に幅広く自社製品を販売している。イタリアの繊維業界は中国製の台頭により一時壊滅的な打撃を受けたが、Pontetorto社はその危機をメーカーとして、知識、知恵そして努力で乗り切った歴史がある。今後、ダイドーリミテッドがこのPontetorto社の教訓を活用し、同社の抱える問題をいかに解決するかが注目される。


買収時のモリトとダイドーリミテッドの時価総額がそれぞれ244億円と151億円、買収した対象企業の価格が47億円と35億円なので両社の案件ともに時価総額の約2割を占める大きな買い物だ。この二つの100年企業のリスクテイクの背景について考えてみたい。


まず両社に共通しているのはリーダーである社長が海外事業に携わっている点だ。又、両社は海外との関わりも長い。経営者としても視野が広く、豊富な情報源を持ち、激変する事業環境に関する理解や危機意識も高い。対象企業の経営陣と信頼関係を構築する能力も備えている。そして何よりリーダーとして自らを変革する勇気が、今回のリスクテイクの実現には不可欠であったと思う。


思えば日本の変革は常に外国からの影響と古くからの秩序の維持の葛藤から生まれている。古くは仏教伝来の際の蘇我氏と物部氏の抗争、次にペリー来航から江戸幕府終焉につながる明治維新、そして戦後の復興などが大きな例だ。こうした時代は強いリーダーを排出している。中大兄皇子、高杉晋作、大久保利通、吉田茂などに代表されよう。当然、リーダーが変革を推進するには中臣鎌足、坂本竜馬、白洲次郎のようなリーダーを支える人物も必要となる。


米国の様に三振の連続でも最後に一本大ホームランを打てば評価される企業文化と異なり、日本の上場企業の場合、投資の失敗は最小限に抑えられねばならない。高い精度の経営判断が要求される中、時価総額の約20%に相当する投資は社内での説明も万全でなければ許されない。当然、対象会社の十分な精査、売り手との条件交渉をサポートする信頼できる専門家の選定も肝要だ。


「リスクテイク力」はこうした複合的な要素が、リーダーの志により一つにまとまり、発揮される。両社の案件をサポートする機会を頂いたが、前述の要素の何かひとつでも欠けていたら100年以上続く事業を大きく変える可能性を秘めたリスクテイクは実現しなかったのではないかと実感する。


1908年(明治41年)にモリトを創業した森藤寿吉。その精神は「積極・堅実」。1879年(明治12年)にダイドーリミテッドを創業した栗原イネ、そして二代目として関東大震災の危機を乗り越えた栗原幸八が残した基本理念は「お客様第一」と「品質本位」である。両企業が如何に海外の企業を買収することで現状を変革しようとも、100年以上引き継がれているこの源流が失われることはないだろう。そしてIOT、AI等の技術革新を背景にビジネスが大きな転換期を迎える今、両社にとって最大の武器は一世紀という長い期間に数々の変化に対応してきた歴史的教訓ではないか。Scovill社及びPontetorto社の買収は創業100年超の長寿企業だからこそ実現した「リスクテイク」なのかもしれない。

名倉  英雄  (なぐら  ひでお)
GCA株式会社  マネージングディレクター
1989年東京銀行入行。複数の米M&Aブティックで経験を積む。GCA入社前はUBS証券に7年間在籍し2011年よりM&Aグループのヘッドとしてチームを統括。95年より22年にわたり一貫してM&A業務に携わり、広範な地域や多岐にわたる業界での豊富な経験を活かしたアドバイスに強みを持つ。

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