リスクと共生するジョリビー(フィリピン)の海外展開

リスクと共生するジョリビー(フィリピン)の海外展開 写真出典:ジョリビーホームページ

海外企業のリスクテイク力には、学ぶ点も多い。特にフィリピンを母体に、積極的な拡大政策をとるジョリビーは、リスクと共生する手法に長けている。

拡大戦略には当然成功も失敗もあるが、彼らは失敗を失敗で終わらせない力を備えている。失敗の中から次の糧を見出し、大胆な戦略へと昇華させる、そんなリスクテイク力を備えているのだ。


ジョリビーはトニー・タン氏によって、1975年にマニラでアイスクリームパーラーとしてスタートした老舗である。現在ではフィリピンを代表する、そしてアジアでも有数のレストランチェーンとなった。フィリピン国内で約2500店を抱え、ジョリビーブランド以外に、ケーキ・ベーカリー、バーベキューなど多様な分野のブランド展開をしている。ジョリビーは、マクドナルドがどうしても勝てない国フィリピンを代表する外食であり、メトロマニラの18%のシェアを占める(マクドナルドは10%)。既にフィリピンでは不動の地位を得ている同社は、海外比率を50%にするという目標を掲げ、現在野心的に海外展開を進めている。


フィリピンでは絶大な勢力を持つジョリビーであったが、海外展開に関してはこれまでフィリピン人が多く住む、カリフォルニアや中東といった地域での展開が中心であった。
ジョリビーの海外展開は、1994年に国際部門のヘッドとして迎えられたトニー・キッチナーの力量によるところが大きいと、一部では言われている。このタイミングで、それまで人脈依存をベースにしていた海外展開から、戦略に基づく計画出店を目指したのである。彼のマネジメント下、ジョリビーは在フィリピン人が多く住む国にターゲットを絞って海外進出を進めた。


しかし、急速に進められた海外展開、とりわけトランザクションコストを無視したフランチャイズ展開と複数国への同時参入は、実はジョリビーの財務を悪化させる結果となった。


また、在フィリピン人を狙うという狭いターゲティングを進めたために、その国で好まれる味、また食スタイルは十分に考慮されなかった。実行することが先に立ち、事前調査が十分でなかった中東も、利益的には失敗と言われた。次第に「もっと慎重に、そして各店の利益確保を重視した海外展開を進めるべき」という声が大きくなっていったのである。


一方、ジョリビーが長けているのは、トニー・キッチナーのとった海外オペレーション手法を、現在も通じるジョリビーの財産にしているという点にある。それは現場への権限委譲と、データ活用のシステムである。


キッチナー傘下の体制では、それぞれの海外展開プロジェクトの現場に大きく権限が委譲された。具体的には、最初に本社が展開国での現地パートナー企業を選定するが、それ以降の意思決定は担当のフランチャイズサービスマネジャー(FSM)に大きく一任されることとなった。FSMは、現地に精通したプロジェクトマネジャーを自ら選んで雇う。そして展開の成否を左右する初店舗について、ロケーション決定、店舗物件手配、店舗設計、資金やマーケティング計画、スタッフ採用まで権限を与えられた。本部はガイドラインを示して支援するものの、どこまで支援を受けるかはFSMの判断に任せられた。ジョリビーはこの時期にUAE、クウェート、サウジアラビア、グアムなど多数の新しい市場に展開した。財務悪化を招いた急速な展開であったが、実はFSM経験のある貴重な海外事業人材を育成した点では大きな収穫となっている。


システム面でも、現在につながる成果を生んだ。FSMは、週次で売上情報を本部に上げ、各店舗業績のモニタリングをしやすくした。また、商品の質やサービスなどの細かい店舗オペレーションを評価するシステムも導入され、現在の海外オペレーションの礎となっている。


その後、国際部門のヘッド交代を経て、ジョリビーは利益性およびローカルパートナーの能力を精査し、いくつかの海外参入プロジェクトを中止した。さらに、継続を決めた地域においては、ローカルのマーケティングチームと、本部の密なコミュニケーションを推進、地元に適応した商品開発に力を入れるようになった。


ただ、次第に「世界で最も価値あるファストフードチェーン」というビジョンを達成するためには、フィリピン人以外に受入れられること、つまりローカルに根付いた味を提供する地元企業の買収が必要だと考えるようになった。フィリピン風の味付けやメニューは、在フィリピン人以外の地元の人々には結局好まれない、という事実もあった。何より市場が大きくてもフィリピンの味が受け入れられない地域には進出できない。


したがって、2000年代以降、自社ブランドではなく、ローカル外食チェーンのM&Aへと大きく舵を切ることとなった。


2004年以降、同社は中国で牛肉?の「永和大王」を皮切りに、粥料理チェーンなどの3つのチェーンを買収した。これら中華料理チェーンは、利益が出るまでには10年の年月を要したものの、今やジョリビーの売上の12%を占めるまでになり、中国で大きな基盤を形成した。また、2015年には、JVで中国におけるダンキンドーナツを今後20年で1400店以上展開する、と発表した。


アメリカも次のターゲット国となった。2015年、ジョリビーは自社にとって最大の投資となったスマッシュバーガーの株を40%取得した。スマッシュバーガーは、注文を受けてから作る高級ハンバーガーで、マクドナルドを脅かす存在として注目を集めている企業である。


フィリピンのあるアナリストは、ジョリビーの挑戦はフィリピンで「ナショナルブランド」を作ってきた過程が、海外進出においても良い練習台となったと話す。なぜなら、フィリピンは何千もの島々で構成された国であり、それぞれの島で言葉も食文化も違うからである。彼女によると、市場調査を非常に重視するジョリビーの企業姿勢が、海外展開にも役立っているとのことである。弱体化している企業を買収して再生させるより、投資金額が多大になっても、既にその国で強いブランドを築いており、優秀なトップがいる企業を狙っている、それがジョリビーの成功要因となるであろうとの分析である。


ただここで、ジョリビーの海外進出過程を振り返ると、トニー・キッチナー時代のレガシーを、一つは反面教師として、また別の一面では良い部分だけを今に続く資産として活用している、同社の姿勢が見える。中国でのM&Aを確実に成長路線に導いたのは、多岐にわたる日々の店舗オペレーションをスムーズに運営し、データ活用するするITシステムであり、これはトニー時代に築かれたシステムを基盤としている。また、海外の強い地元企業と組むという戦略も、トニー時代に学んだ教訓を活かしていると言えよう。


リスクテイク力とは、「とったリスクを結果にかかわらず最大限活用する力である」ということを、ジョリビーのケースは教えてくれる。

 

松風  里栄子  (しょうふう  りえこ)
株式会社センシングアジア    代表取締役
博報堂コーポレートデザイン部部長、その後博報堂コンサルティング  執行役員、エグゼクティブマネジャーを経て、2014 年、アジアへの海外進出支援を行う、センシングアジアを創業。海外市場参入時の事業戦略・事業計画・マーケティング戦略と実行支援、コーポレートブランド戦略、CMO、マーケティング組織改革、M&A、ターンアラウンドにおけるブランド・事業戦略構築、新規事業開発で多くのコンサルティング実績を持つ。

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