【ことばによる市場創造】女子力と加齢臭と資本主義

『脱常識の社会学』と女子力と加齢臭
いまMBAの授業でランドル・コリンズという社会学者の『脱常識の社会学』という本を読んでいる。


サブタイトルが「社会の読み方入門」とあるように、世の中の出来事を、常識にとらわれず読み解くことが出来るための道具がたくさん紹介されている。世の中の動きについて独創的なものの見方をしなければならないマーケターにとって、必読の書だと個人的には思っている。

ちょっと本書の一節を紹介してみよう。


私たちは言葉を用いて考えるが、その言葉を自分で発明したわけではない。もし私たちが観念というものをもっていなかったら、私たちはまったく考えることができないだろう。私たちはまた、ある種の理念に従って自分の行動を律している。しかし、こうした観念や理念を自分たちだけでつくりだしたとは言えまい。観念や理念というのものは必ず何か一般的なものをふくんでいる。観念や理念は、個別の具体的なものを超越する概念であり、それぞれの個別的なものをより大きな集団の一事例と見なすような概念である(54〜55ページ)。


ちょっと分かりづらいかもしれないが、ここでいう「言葉」と「観念」と「理念」はイコールであると考えて良い。

ポイントは、
(a)ことばがなければ、私たちは考えることができないということ
(b)ことばは自分たちで創り出したのではなく、社会から与えられたということである。



新しいことばを知ることで、世の中の見え方が変わったという経験はないだろうか?例えば、「女子力」。女子力ということばが、最近よく使われるようになった。これは単にことばが出来たということにとどまらない。

このことばが使われるようになって、多くの女が「自分が女子力はあるのか?足りないのか?」と気になるようになり、男も「あの人、さすが女子力高い」と感心したり、あるいは「おれって女子力高くね?」と思ったりするのである。

さらには、女子力を高めるための「コーデ」や「メイク」について女性ファッション誌が特集したりすることで、関連するビジネスが活性化されてしまう。

同じことは「加齢臭」についても言える。加齢臭ということばが出来上がることで、多くの中高年男性が自分の体臭について、より気にするようになったのである。あるいは周囲の人たちも「あの人、加齢臭すごいね」と思ったり、話したりするようになった。

加齢臭対策のビジネスは花盛りである。抗菌下着やボディーソープ、シャンプーなど、この匂いをなくすために多くの人々がお金を払っている。

女子力とか加齢臭ということばのブームと定着は、まさにコリンズが言っていることである。女子力とか加齢臭ということばは、誰かが創って広めたものであるが、私たち大多数の人にとっては、(b)与えられたことばである。そして、(a)そのことばを通じて私たちは考えるようになったのである。


市場を創造することばづくりの5つのポイント
昨年度、吉田秀雄事業財団から研究助成を得て、「ことばを通じた市場創造:『女子』をめぐる消費者の価値観の変化と消費者行動に関する研究」という研究テーマで調査研究を行った。この調査を通じて明らかになった、市場を創造することばづくりのポイントは、以下の5つである。

第1のポイント
「兆し」を掴むことである。ことばの背後にある実態がきちんとあることである。つまり「半歩先のニーズ」があるかどうか、ということである。

例えば「女子会」の場合、女性だけで居酒屋で呑むという確固たる実態があったからこそ、「女子会プラン」が当たった。そのような習慣がないところに、女性だけでの居酒屋利用を促すことばを打ち出しても、お客さんの心には響かない。

第2のポイント
日常会話で使われやすいかどうかである。「女子力」とか「草食男子」「肉食女子」といったことばは、「女子力高いね」とか「おれ草食だし」といった感じで、自分がそうなのか、誰かがそうなのか、という会話が自然に生まれる。

日常会話に使われやすいことばは、コミュニケーションを誘発するので、拡がりやすいのである。

第3のポイント
既にあることばに乗っかる、というものである。例えば「婚活」は「就活」から派生したことばだし、その後、「妊活」や「美活」といったさらなる派生語が生み出された。「○活」という表現が、それに熱心に取り組むという意味を瞬時に伝えてくれるからである。

マーケティングにはあまり関係ないけれども、「セクハラ」ということばも多くの派生語が生み出された。「モラハラ」「アカハラ」「マタハラ」のように、「○○ハラ」という表現がすぐに通じるからである。

雑誌やネットニュースでは、限られた文字数で内容を的確に読み手に伝える必要がある。こういった制約の中では、既にあることばを利用することは、効果的である。

第4のポイント
ことばに「すきま」をつくるということである。完成形にするのではなく、私たちがいじったりネタにしたりできる余地を残すということである。例えば「美魔女」は憧れや賞賛の気持ちが持たれる一方、拒否感を抱く人も多い。

あるいは、年を取っても若作りすることに対することを馬鹿にする人もいるだろう。このように消費者に「つっこみ」をさせることばにすると、ツイッターなどで「ネタ」として拡散しやすい。実際、「若者の○○離れ」のようにネット上の定番のネタをあえて利用したネットニュースも多く書かれているという。

第5のポイント
ことばやカテゴリーを1企業が占有しないことである。それは単純に、そのカテゴリーに様々な企業が参入しないと、メディアは「社会のトレンド」として、報道しにくいからである。

サードウェイブコーヒーが注目されたのは、ブルーボトルコーヒーだけでなく、同様の新しいコーヒーショップが多数、登場したからである。モノでいえば、売り場の棚を創ることができないと、お客さんに気付いてもらうことが難しい。

最近、コンビニエンスストアでクラフトビールの存在感が高まってきた。これはコエドビールやヤッホーブルーイングなどの製品を仕入れたからだけではない。大手ビールメーカーもクラフトビール風の製品を新規投入したからである。


ことばによる市場創造は資本主義の宿命
こうしたポイントをクリアしたことばが、広まり市場を創造しているようである。コリンズの議論に足りないのは、ことばが広まるプロセスではたらく商業的な力についての考察である。

しかし実際には、ことばによって市場を創ろうという試みが常にたくさん行われていることは、読者の皆さんもご存じだろう。すこし大げさに言うと、ことばによる市場創造は、資本主義社会である限りにおいて、永遠に続けられるのである。

この仕組みを理解するためには、マーケティングと社会学というまったく異なる学問分野が手を携えて考えていくことが大事だと、筆者は考えている。




松井 剛 (まつい たけし)
一橋大学 商学研究科 教授
2000年、一橋大学商学研究科博士後期課程修了、博士(商学)。同年、同研究科専任講師、04年同助教授、07年同准教授、07年~09年プリンストン大学社会学部客員フェロー(07年~08年安倍フェロー)、13年より現職。『ことばとマーケティング:「癒し」ブームの消費社会史』(碩学舎)を13年に出版。13年、第2回マーケティングカンファレンス2013ベストペーパー賞、14年、日本商業学会賞奨励賞およびTaylor and Francis Best Conference Paper Award(2014 Global Marketing Conference at Singapore)を受賞。
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