それは札幌味噌ラーメンや博多とんこつラーメンなど旅の思い出とセットかもしれないし、あるいはお酒を飲んだ後に体に悪いとわかりながらも食べてしまった深夜のラーメンかもしれない。一口にラーメンと言っても、そこには限りない種類が存在する。
ラーメン店で食べるものに限らず、家庭や職場で食べるインスタントラーメンまで含めれば、それこそ無限とも言えるくらいの広がりがある。そんなラーメンには2つの「制約」がある。
1つは「丼」というフォーマットだ。原則として、ラーメンはあくまで1つの丼の中で、麺とスープと具材という構成要素をまとめなければならない(近年は「つけ麺」のように麺とスープがわかれているスタイルもあるのだが)。
そしてもう1つの制約はその価格帯である。例外はあるものの、ほとんどのラーメンは1,000円という金額に収まるように設計されている。寿司や天ぷらなど日本を代表する食べ物ジャンルと比べればその上限のハードルは明確だ。
同じ麺類としてそばを想像してみても、手打ちの高級店で海老天などを乗せれば、1,000円台の後半から下手をすれば2,000円を越えることもある話なので、ラーメンの価格的な制約の強さは理解してもらえるだろう。
しかし、ラーメンを見ていると、そうした制約があるがゆえに、つくり手の創意工夫がいかんなく発揮されているのを感じる。味わいでは「担々麺」はすっかりおなじみになっているし、スープに関して言えば、最近では鶏がらではなく丸鶏からとった「鶏白湯(トリパイタン)」は定番となっている。
さらには鶏ではなく、「牛骨」あるいは「鴨」などから取ったスープも見かけることがある。また動物性の食材を使わずに、野菜をポタージュ状に仕上げた「ベジポタ(ベジタブルポタージュの略)」は女性を中心に人気を呼んだ。今後も毎年「ニューウェーブ」のラーメンが生まれていくことだろう。
ビジネスという観点でラーメンを見てみよう。日本国内にはラーメン店が約3万店存在するとされており、年間の市場規模は5000億円程度と見られる。この値自体には大きな変化はないのだが、面白い動きが増えているのだ。
レストランガイドとして有名な「ミシュランガイド」の東京エリアの最新版ではなんとラーメン店が22店も取り上げられている。これまでの「星」での評価に加えて、最新刊からは「5,000円以下で楽しめる良店」という新たなジャンルを打ち出したのだが、その中でラーメン店をきちんと評価しているのだ。
善くも悪くも「フランスの権威」とも言うべきガイドブックが、ラーメンに対してある種のお墨付きを与えていることの影響は小さくない。日本国内の居住者にとってはもちろんだが、東京に来る観光客にとって「RAMEN」はもはや立派な日本食なのである。
実際にラーメン店の海外進出の動きも激しい。特にアジア地域には大手資本から個人経営まで様々なラーメン店が進出をしており、活況を呈しているところも多い。ファンが多いながらもそれなりの規模を展開する「一風堂」は、すでに海外12カ国に展開しており、現地で強い人気を獲得している。
海外における寿司人気は依然健在だが、昔のように天ぷらやしゃぶしゃぶではなく、今やラーメンこそが注目を集める日本食となっているのだ。ここで国内で展開する、ラーメンに関する面白いサービスを紹介しよう。
グルメイノベーションというベンチャー企業が手がける「宅麺」は、自宅にいながら有名ラーメン店の味が楽しめるというものだ。宅麺と契約したラーメン店は自店の麺とスープ、具材を冷凍して配送をする。
お客はサイト上の数ある有名ラーメン店から好みのラーメンを選び、お取り寄せができる仕組みだ。熱湯で解凍することで、自宅にいながらにして限りなく店で食べるのと近いクオリティのラーメンを楽しむことができるのだ。
そんな宅麺は新たな動きとして、昨年シンガポールでリアルなラーメン店を開業した。実は宅麺の最大の資産は数多の有名ラーメン店とのネットワークである。いくら海外進出にチャンスがあるといっても個人経営に近いラーメン店が単独でアジアに出店をするのはリスクが大きすぎる。
そんな中、宅麺はアジア展開を希望する複数のラーメン店からレシピを預かり、それをシンガポールで忠実に再現しているのである。海外のラーメンマーケットにおいて、宅麺を「プラットフォーム」として機能させようとしているわけだ。
このプラットフォームが定着するかは興味深く見ていきたい。ラーメンについてもう一度考えてみる。数多くのラーメン職人が自らの求める味を追究するその様は、あたかも日本人の好きな「道(どう)」のようである。
しかし、一般に「道」とはある種の型に押し込めることでそれを純化し、完成させようとするものだろう。それに対してラーメン道は、狭い領域でタコツボ化することなく、それぞれのプレイヤーが自由に創造性を発揮し、業界全体としても終わりなき進化を続けている、希有な「道」であると感じる。
そしてこの豊かなバラエティの根源は、前述した「制約」があるゆえではないだろうか。丼というフォーマット、そして暗黙の上限価格という制約があるからこそ、ラーメンはむしろクリエイティブな存在になっているのだ。
ここでのポイントは「適度な制約」だろう。寿司やそばではその伝統ゆえに制約が強すぎるのだ。アボカドやマヨネーズを使ったカリフォルニアロールに抵抗感を示す寿司好きは多いだろうし、そばに対しても「べき論」は根強い。
しかし、そのような制約が強過ぎるせいで、寿司やそばでは個性や広がりが生まれてこないという現実もあるだろう。その点、ラーメンは伝統食ではなく新興ジャンルというメリットを生かしつつ、丼と価格という適度な制約条件によって、類を見ない広がりを見せている。
子安 大輔 (こやす だいすけ)
株式会社カゲン 取締役
東京大学経済学部卒業後、㈱博報堂入社、マーケティングセクションにて食品、飲料、金融などの戦略立案に従事。2003年博報堂を退社し、飲食業界に転身。著作に「『お通し』はなぜ必ず出るのか」(新潮社)など。