100年先を見据えた事業づくりのヒント

(こちらの記事は、マーケティングホライズン2018年5月号『緩やかな成長』に記載された内容です。)

贈り物の新定番「体験ギフト」
私は「ソウ・エクスペリエンス」という会社を2005年に立ち上げ、それ以来「体験ギフト」という商品の企画販売を、10年以上行ってきました。

体験ギフトとは、お酒やアクセサリーなどのモノではなく、乗馬や東京湾クルーズ、茶道やスパなど、さまざまな楽しい体験を「ギフト」としてプレゼントできる商品です。


30年ほど前にイギリスで生まれたこの比較的新しい贈り物の形態は今では世界中に広がり、国内では2005年にサービス開始した私たちソウ・エクスペリエンスを皮切りに、徐々に市場が拡大しつつあります。特に家族や友人など毎年プレゼントの機会がある相手への贈り物は「今年は何を贈ろうか」と誰しも悩みの種だと思います。


そんなときに楽しい体験を贈ることのできる体験ギフトは、お酒やアクセサリーなどと並ぶギフトの一つの形態として定番になりつつあるのだと思います。


結果論になってしまいますが、スタートから13年が経過した私たちの体験ギフト事業は毎年緩やかな成長を続け(昨対比120‐130%ほど)、ここ2年ほどは若干成長スピードが加速したものの(昨対比150‐200%ほど)、淡々と伸び続けています。


直営のオンラインストア、その他のEC、百貨店や雑貨店など小売店での販売、そして法人プレゼントキャンペーンでの活用など、意識的に狙ったわけではありませんが、どのチャネルでの販売も同じように淡々と伸びています。


対前年比で20‐30%の伸びというのは成熟した市場に携わる方にとっては大きく見えるかもしれませんが、新しいカテゴリーを創造している私たちとしては、そこまでスピーディーに伸張しているとは思っていません。


むしろ、ベンチャー企業なのだからもっと急成長すべきなのではないか、資金調達して販促・マーケティングに投資してガツンと伸ばすのが良いのではないか、などいろんなご意見やアドバイスを今でもよくいただきます。しかし私は今の成長スピードこそが望ましいし、自然な姿ではないかと思って、特に焦ることもなく事業の成長を見守っています。


認知プロセスも市場形成の重要な要素
なぜ急成長を志向せず緩やかな成長が望ましいと考えるか、それは私たちの扱っている商品が「贈り物」であるためです。贈り物には2タイプのお客様が存在します。


1つは商品の購入者、つまり贈り手。もう1つはその商品を贈られ、利用(消費)する方。必ずしも全てのケースに言えることではないと思いますが、何かプレゼントを贈ろうと思う人は、相手を驚かせたり、あっと言わせたいという気持ちが少なからずあるのではないでしょうか。


そんな時、短期集中的な宣伝広告等で急激に知名度が上がったような商品だと、贈り主が「相手も知っているかもしれないな」「安易なプレゼントと思われたら嫌だな」などと逡巡させてしまう可能性があります。


反対に私たちは、お客様(特に購入者)がどういう経路で私たちのことを認知していただけるか、そのプロセスを丁寧に構築していきたいと考えています。その経路は多岐に渡るのでコントロールは簡単ではありません。


けれども、ある程度のところまではこちらから出て行くが、最後はお客様の方から発見してもらうという形を取ることによって、お客様自身が「良い商品を見つけた!あの人に贈ろう!」という自ら発見した喜びをブレンドできる、最高の贈り物になるのではないでしょうか。


少し話は変わりますが、この2‐3年ほど、私たちの会社は「子どもを連れてオフィスに行ける『子連れ出勤』を実践する会社」としてメディアに取り上げられる機会が非常に多くなりました。取り組み自体は6‐7年前から行なっているのですが、昨今の働き方改革の盛り上がりが大きく影響しているものと思われます。


ただ面白いことに、最近当社の商品をお買い上げいただいたお客様の中で、子連れ出勤の取り組みを新聞やテレビなどでご覧になり、その報道がきっかけとなって商品認知→購入に至ったケースが少なからず存在します。これも、お客様が当社のことを知っていただく多様な経路のひとつとなっているのだと思います。


急成長やスケールだけが正解ではない
こんな風に書いていると「なんて野心のない起業家なんだ」と思われてしまいそうですが、こんな私も「多くの人に素晴らしい体験を提供する」ことをミッションに掲げたソウ・エクスペリエンスは時流に乗っているので、今後、今とは比較にならないほど拡大していくと考えています。


また、その中では急成長と言われるようなフェーズを迎えることもあるかもしれません。ただ、あくまでも祖業であり現在の主力事業である体験ギフトに関しては、上記のような「緩やかな成長」こそが望ましいと考えており、急成長したとすればそれは、体験にまつわる他の事業を通じてである可能性が高いと思います。
(ちなみに体験ギフト事業は、国内で売上100‐200億円規模にしたいと考えています。大切な人へのプレゼントの代表例であるティファニーの国内売上が推計400‐500億円、この半分がギフト需要とすると200‐250億円前後。一方で手土産の代表である虎屋の売上が200億円弱であり、「贈り物の代表ブランド」としての最適規模がこの程度なのではないかという仮説です)


近頃、スタートアップ業界ではよく「ユニコーン企業」が礼賛されますが、これは未上場で時価総額10億ドル以上の株式評価価値を有する企業のことを指すようです。企業が商品を作り、それが支持され売上が拡大することは素晴らしいことですし、それゆえに世の中は発展して豊かになりました。


しかし、もしユニコーン企業の定義に「急成長」や「スケール至上主義」が含まれるとすれば、そこには少し違和感といいますか、長続きしないであろう寂しげな熱狂のようなものを感じます。


急成長やスケールを意識し過ぎると、そこに多くのよそ者が入ってきて当初の思いとかけ離れた事態を招いたり、もしくは商品サービスを生み出すための組織、その構成員であるメンバーが苦痛を強いられたりする、そういうケースをこれまでに数多く見てきました。


以前、林業は山に木を植え育つのを待つという事業の特性上、100年単位で物事を考えるという話を聞いたことがあります。私も林業のように100年先を見据え、さらに100年の間どの時点を切り取って見ても、自社に関わるあらゆる人たちが幸せであるような事業作りを意識していきたいと強く思います。





西村  琢    (にしむら  たく)
2004年に慶應義塾大学を卒業後、体験ギフトの企画販売会社ソウ・エクスペリエンスを2005年に創業し、今も代表として続投中。2014年に都内から葉山(現在は逗子)に自宅を移し、妻と2人の子どもと共に朗らかに生活中。突発的にアフリカに行ったりも。

このアイテムを評価
(0 件の投票)
コメントするにはログインしてください。
トップに戻る