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【決め手は雰囲気作り】国際経済から日本の立ち位置を考える

街中は世界経済の縮図である。

先日、東京の五反田付近を散歩していたら小奇麗な靴屋さんが目に留まり、思わず店内に入った。「ビジネス用の紳士靴は置いてありませんか」と尋ねる私に、愛嬌のあるスタッフが「お二階にどうぞ」と案内してくれた。20セットくらいであろうか。なかなかセンスの良いデザインの品々である。



「お履きになってください」と勧められ試し履きしてみると、実に足にフィットする。イタリア製の皮が軟らかいし、仕上げも丁寧でうち履きも心地よい。「いい値段なんだろうね」「いいえ、1万円+消費税です」驚いた。百貨店あたりでブランド物を買ったらこの数倍はするだろう。思わず3足買ってしまった。


勘定を済ませながら聞いた。「中国製なのかな」スタッフはおうむ返しに「とんでもない、そんなコストのかかる国ではもうやっていません。うちの靴はベトナムで作っています」


その2~3日後である。冬季セールを開催中の八重洲地下街の婦人服店に、暖かそうなダウンのロングコートがぶら下がっていた。値札を見て驚いた。5,900円。接客中のキュートなスタッフに問い正す。「ねえ、これヒトケタ間違っていないかなあ」彼女はお節介なオヤジ客に嫌な顔ひとつせず「全然正しいですよ」。これまた娘への成人式プレゼントに、と衝動買いしてしまった。


勘定を済ませながら聞いた。「ベトナム製だよね」スタッフはおうむ返しに「とんでもない、そんなコストのかかる国ではもうやっていません。うちの服はミャンマーで作っています」


日本企業が試みている戦略のひとつが「チャイナ+1」だが、私の拙い買い物経験がその実態を語ってくれる気がした。経済学でいう比較生産費原理である。中国経済の減速と日中間の外交政治問題が長引いたことも災いして、少なくとも製造業に関しては、日本企業のチャイナ+1戦略が進むことは間違いなさそうだ。


ASEANは無論、中国ですら物価水準は日本より安い。単純な比較生産費原理では日本の勝ち目はなさそうだ。また、世界経済は見通しの難しい出来事が次々に発生する。最近非常に悩ましい問題が、原油価格の下落、中国経済の行方、それに欧州経済の混乱である。原油価格の動向は、中東やロシアの政情から人類の未来エネルギー対応にまで影響する。


中国経済はもはや二桁の成長を持続することはあり得ない。欧州ではギリシャがまたぞろ鬱陶しい状態になっている。これら全てはお互いに関連を持ち、かつプラス面もあればマイナス面もある。しかも需給関係を中心にした計量的な要素だけではなく、ゲーム理論でも解ききれない人間心理が大きく作用する。ウクライナや中東の情勢も経済のかく乱要因になる。ある意味で、日本経済は嵐に揉まれているのである。


このように、難題山積の中で日本はどういう立ち位置をとり、どう進んでいくべきなのだろうか。キーワードは、経済では高付加価値化、地方活性化、ソフト化である。アベノミクスのいわゆる三番目の矢の本質だ。外交では複雑怪奇な国際社会を見極めながら上手に立ち回ること、地球儀を俯瞰する外交だ。


高付加価値化は、日本のお家芸である。コスト低減と製品機能の高度化の両面が必要だ。ロボット技術を活用し、研究開発を一段と加速させつつ事業に結び付けていくのである。為替相場の上げ下げにも崩れない底力をつけていきたい。現に日本は、石油危機も最近までの超円高もこれで乗り切ってきた。


地方活性化のポイントはコンパクトなスマートシティを各県に数ヶ所作り、これらをネットワーク化していくことである。人は集積によって高度化し、自然は分散放置によって元気になる。大学や研究拠点を置くことも効果的だろう。


ソフト化とは、日本の知恵や文化をマネタイズしていくことである。特許や著作権などの知的財産権を武器にしていくことはもちろんだが、知恵や文化そのものを産業化してしまう発想が大切だと思う。クールジャパンと呼ばれる分野がその典型例である。


地方の活性化においても、エンターテインメント・パークやカジノを含む統合的リゾートの建設、さらには地元の大学にエンタメ学部を設置してグローバルなエンターテイナーの育成を進めることなどがあって良い。日本のカルチャーが世界中で好まれている事実を経済面で活用しない手はない。


外交では冷静さとしたたかさが不可欠である。中国、韓国との外交問題は日本人にとっては、不快感を隠すべくもないというのが本音かもしれない。だが、ビジネスや文化交流の世界ではお互いに仲良くやっている。経済や民間交流と外交を使い分けるべきだが、その際には国際社会での雰囲気作りが決め手ともなる。


日本以外の欧米やアジアが、日本はきちんとやっている、むしろ中国や韓国に難があるのではないか、と認識してくれるようにしたい。そのためには、強気一辺倒は逆効果であるし、卑屈な低姿勢を続けるのはもっとまずい。


最も重要な点は「日本は現代史と今現在を真剣、誠実、平和に生きてきたし生きている。大切なのは過去ではなく、今と未来である」という当然至極のメッセージを、ありとあらゆる機会に訴えていくことだろう。その意味でも地球儀を俯瞰するスタンスを堅持しなければならない。



川村  雄介  (かわむら  ゆうすけ)
大和総研  副理事長。
1977年東京大学法学部卒。大和証券入社。2000年長崎大学経済学部、同経済学研究科教授。2010年大和総研専務理事。2012年より現職。財政制度等審議会委員、日本証券経済研究所理事・客員研究員、日本証券業協会公益委員、大阪証券取引所社外取締役等を兼務

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