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"食のアカデミー賞"として世界が注目する、「世界ベストレストラン50」とは、どんなアワードか?

(こちらの記事は、マーケティングホライズン2018年10月号『賞の魔力』に記載された内容です。)

「世界ベストレストラン50」(以下50ベスト)は、2002年に始まったアワードで、文字通り世界のトップ50のレストランをランキングするものです。

年に一回、授与式が盛大に行われ、その模様は世界のトップニュースとして配信され、今や“食のアカデミー賞”と呼ばれるほどです。50ベストは、世界を26の国と地域に分け、それぞれに評議委員長(チェアマン)を含めて40人の投票者がおり、計1040人の食の専門家による投票で、その年のランキングが決められます。そして私は日本のチェアマンとして、日本の投票者を任命しています。


投票はいたってシンプルで、「あなたにとってベストレストランとは?」というもの。料理の味わいやクオリティーはもちろん、レストランへのアクセスのしやすさ、レストランの雰囲気やデザイン性、シェフの哲学や人間性やルックスなども、投票の動機付けとなります。


個人的な見解ですが、料理や味の評価は全体の3分の1ぐらいでしょうか。おいしいのは当たり前で、その上で何が体験できるのか、何を共有できるのかが求められているように感じます。


現在、世界中には様々な料理ガイド本や食のアワードがありますが、50ベストの特徴を説明するには、ミシュランと比較するのがわかりやすいと思います。ミシュランは日本でもよく知られていますが、ミシュランがレストランに対する“評価”であることを紹介するガイドなのに対し、50ベストは投票による“人気ランキング”です。


どちらが良い悪いというのではなく、評価とランキングの違いなので、全く別のものと言ってもいいでしょう。50ベストの審査員は、毎年25%以上は入れ替わるルールがあり、しかも審査員が「18カ月以内に実際に行ったレストラン」が投票の対象になるので、順位が毎年変動するのもこのアワードの特徴です。


現に、今年のアワードでは前年から9店舗が入れ替わりました。そういう意味では、時代性を反映した「旬のレストラン」ランクインとも言えます。


さらに50ベストの特徴を挙げるとすれば、世界の全ての国や地域が対象になることでしょう。ミシュランは、特定の都市のレストランしか対象になりません。裏を返せば、世界のほとんどの街にはミシュランはありませが、50ベストは世界のどんな国のどのような秘境のレストランも対象になります。


しかも、インターネットであらゆる食の情報は共有できる時代の後押しもあり、いま世界中の若いシェフたちは「ミシュランより50ベストに入りたい!」という声や動きが多いようです。


50ベストのアワード開催地は、オリンピックのように世界各国を巡覧しますが、2018年のアワードは今年の6月に、スペインのビルバオで開催されました。そして今年1位に輝いたのは、イタリア・モデナにある「オステリア・フランチェスカーナ」です。


このレストランのシェフ、マッシモ・ボットゥーラ氏は、バルサミコ酢やパルミジャーノ・レッジャーノといったモデナの伝統食をファインダイニングで表現することで人気がありますが、彼が世界的に評価されている理由は、彼の社会的な活動にもあります。


例えば、彼が近年取り組んでいる「レフェットリオ」と呼ばれるボランティア活動がその象徴でしょう。それは、廃棄される食材を使って、貧困層に料理を提供するというプロジェクトで、社会問題になっている食品ロスと貧困問題を、美食でアプローチする、大胆かつユニークな活動です。


消費主義社会とガストロノミーという、今日私たちが抱える業というか、ある種の二律背反的な哲学的なテーマに、シェフという立場から食い込んでいるところが大きく評価されています。彼のように、レストランでのクリエーション以外の社会的な活動も、50ベストの評価の一つであり、このアワードのならではの特徴だと思います。


ちなみに、日本からは22位に「NARISAWA」、41位に「日本料理 龍吟」が、この数年連続してランクインしました「NARISAWA」の成澤由浩シェフは日本の里山文化を料理でアピールし、「日本料理 龍吟」の山本征治シェフは進化する日本料理を世界に提示し、それぞれ国際的な高い評価を受けています。


そして、世界的に人気急上昇なのが、17位にランクインした神宮前の「傳」でしょう。昨年の45位から飛躍的に順位をあげ、「ハイエスト・クライマー」という特別賞も受賞しました。長谷川在祐シェフは料理だけでなく、ゲスト一人ひとりに寄り添う、日本本来のもてなしの流儀を、さらに創意工夫したユニバーサルな心遣いで、国内外で高く評価をされています。


さて、「ローカル・ガストロノミー」とう言葉が、最近メディアでも使われるようになりました。スペインのサン・セバスチャンが“美食の街”として、世界中から観光客を呼び込んでいるように、世界中のあらゆる国や街が、美食で人やお金を呼び込もうとしています。


日本国内でも、地方をレストランで活性化しようという動きが、各方面で起こり始めていますが、「ローカル・ガストロノミー」とはまさに、美食で地域を活性化するためのキーワードになりつつあります。


その動きを牽引しているのが50ベストです。かつて、デンマークのノーマというレストランが50ベストで1位になった時は、世界を驚かせました。それまで美食の国といえばフランスやイタリアで、誰も北欧に美味しいレストランがあるなんて思わなかったからです。


今やレストランというのは、観光誘致を含めた地域活性のためのキーコンテンツになっているのです。だから世界各国では、国や自治体が積極的にレストランを後押しするのです。


その意味で、日本のレストランは、そのバリエーションや質や数において、世界を凌駕しています。世界のトップシェフで、日本に影響を受けていない人はいないでしょう。むしろ、世界は食のジャポニスム・ブームと言っていいほど人気なのです。

しかし残念なことに、日本ではレストランというコンテンツを、世界に押し出すための公的な支援というは、ほとんどありません。むしろ、無自覚に近い。海外戦略で言えば私の知る限り、個々のレストランがほぼ手弁当で活動しているのが現状です。


日本のレストランそのものが海外に誇るべき文化的な遺産であり武器であることを、多くの日本の人に気がついて欲しいと、個人的にも強く願っています。


その文脈において、50ベストは有効なコンテンツだと思うのですが、近い将来に、日本でアワードが開催される可能性も見えてきました。私もその後押しをしていますが、もしも50ベストが日本で開催されれば、食に関するあらゆるトップ・プロが世界中から日本を訪れるはずです。


彼らは日本中のレストランを回ることになり、その情報が世界へ配信されるはずです。インバウンドを標榜する日本において、その経済効果は測り知れないと思います。ぜひ、多くの方に50ベストの誘致を応援して欲しいと私が願う理由でもあります。




中村  孝則  (なかむら  たかのり)
コラムニスト  美食評論家
1964年神奈川県葉山町生まれ。
ファッションからカルチャー、旅やホテル、ガストロノミーからワイン&シガーまで、ラグジュアリー・ライフをテーマに、執筆活動を行っている。また最近は、テレビ番組の企画や出演、トークイベントや講演活動も積極的に展開している。
現在、「世界ベストレストラン50」の日本評議委員長も務める。
渋谷・金王道場所属で剣道教士7段。大日本茶道学会茶道教授。

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