このページを印刷

東京2020パラリンピックの成功にむけて:普通の先を考えよう

(こちらの記事は、マーケティングホライズン2019年1月号『スポーツ2019 2020』に記載された内容です。)


東京2020オリ・パラとマーケティング

東京2020オリンピック・パラリンピックは、さまざまなスポーツにとって、そして、スポーツを通じてマーケティングを行う企業にとって重要な機会である。


スポーツをする人や見る人が増えるだけでなく、日本を訪れる人も増える。今回は、ロンドン五輪での成功をうけ、試合会場を満員にする等のパラリンピックの成功も日本の命題となっている。


スポーツをする人が増えれば、プロスポーツやスポーツ施設産業、スポーツ用品産業が潤う。また、箱根駅伝や日本代表サッカーなどに代表されるように、スポーツはプロモーションの手段として愛される。スポーツは公共性と共感性そして、発信力があるからこそ、企業と消費者をつなぐものとして、今までも、これからも求められる存在である。


パラリンピックの観戦者を増やすために、企業や組織は、さまざまなイベントで、ボッチャやブラインドサッカー、車椅子バスケなどの体験や、時には試合観戦などを通じて、障がい者スポーツをみるための「きっかけ」づくりに積極的だ。


マーケティング手段として、障がい者アスリートが、メディアで取り上げられる機会も増えた。一度見れば、一度体験すれば、パラリンピックの各競技のチケットは売り切れ、多くの人が観戦するのだろうか。認知だけでは足りないだろう。


たとえば、プロ野球は、サッカーなどに押され、人気に陰りが出てきたと感じる人は少なくないだろう。実際に視聴率はふるわない。次の番組の開始時間を延長してまで放送することは明らかに減った。その一方で、実は球場への動員数はふえている。特に広島東洋カープとDeNAベイスターズの伸び率が高く、また、パリーグも伸びている。


応援とストーリー
動員数増の背景には、たとえば、試合を見ながらバーベキューをする、併設された遊園地で遊ぶといった試合以外の楽しみなどがあげられるが、スタジアムでの「応援」の影響も大きいのではないか。


プロ野球でも、Jリーグでもいっしょに声を出したり、時には歌いながら応援することに喜びを感じる人が多い。野球ならば内野席で観戦するほうが、選手やプレーが見やすいはずだが、外野の応援席が観客でいっぱいなのは、価格の問題はあるものの、応援そのものが観戦する価値となっているからはないか。「応援」は、選手と観客、観客同志の一体感を高め、また見たいという気持ちを高める。


応援の継続のためには、モチベーションを維持・向上させる何かが必要である。そのひとつが、商品(選手)とのコミュニケーションだろう。千葉ロッテマリーンズの試合を見に行った際に、試合直後に勝ち投手がトークショーに参加していた。


試合後は、投手は肩を冷やすものだと思っていたため、非常にびっくりしたが、いまや珍しいことではない。選手は、AKB48のように、身近なスターとしてファンと交流することが増えている。親近感は、さらなる応援を呼ぶ。


加えて、何らかのストーリーがあると応援が拡大する。広島東洋カープから読売ジャイアンツに移籍する丸佳浩選手は、試合中に気付いたことをメモにとっている。活躍すればするほど、SNSによって情報が拡散され、メモを取る理由や、どう成績に影響しているかが広まっていく。


関連する情報はさらに検索され、深く知れば知るほど、ますます応援したい気持ちが高まるのだろう。選手に限らず、応援自体に何らかのストーリーがあるのも喜ばれる。テレビでの観戦者が実際に見に行ってみようというきっかけにもつながるのではないか。


チームや選手など、応援すればするほど、自分自身の一部分となっていく。その結果、勝てば自分のことのようにうれしく、負ければ悔しい。この感情がSNSで伝わることで共感がうまれ、大きなものになっていく。


普通の先にむけて
「正直にいうと、障がい者スポーツをみてもかわいそうと思わなくなった。普通に見ることができるようになった」と友人が話す。


障がい者スポーツについて、少しずつ認知が拡大し、気持ちに変化が起きている現在、パラリンピックを成功させるには、この「普通にスポーツとして見ることができる先」を考えなくてはならない。そのためにも、障がい者スポーツを、「応援」したい気持ちを高める「ストーリーの発信」などの「しかけ」が重要だろう。


一方、アスリートのストーリーを伝えることは、障がいを特別なものと捉えることにつながると、懸念を唱える人もいる。実際は、発信側がメッセージを何に置くかによって変えることはできるのではないか。マーケティングの力が重要となる。


「応援」を増やすこと、必ずその背後にある「ストーリー」を、狙いをもって伝えることは、他のスポーツにとっても有効であり、そして、企業が事業を進める上でも、大切なことである。



中塚 千恵(なかつか ちえ)東京ガス株式会社
日本女子大学文学部卒業、東京ガス株式会社入社。同社都市生活研究所で、約20年間、食、住まい、入浴、単身者、富裕層などのライフスタイル研究を行う。並行して、法政大学経営学大学院でマーケティングを学び、法政大学スポーツ健康学部では、スポーツマーケティング論を担当した。現在は、CSR、環境、コンプライアンス部門を経て、東京ガス東部支店支店長。著作に「できる人の書斎術」(新潮社)など。

このアイテムを評価
(0 件の投票)
コメントするにはログインしてください。

関連アイテム