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思いとアイデンティティが人を動かす 「超高関与消費の時代」

消費行動の二極分化

いま、私はアニメ聖地巡礼における旅行者の行動分析を研究テーマとしている。その対象である多くの巡礼者は、好きなアニメ作品に没入し、その描かれた地域を訪ね、描かれた場面を探索し、そこでアニメの登場人物と同じ構図で写真を撮り、SNSやネットに発信する。


そういった一連の行動は、作品世界に同化した喜びや達成感、自己のアイデンティティを見出す行動である。聖地巡礼の例にとどまらず、カープ女子、ジャニオタ、刀剣女子などなど、近年趣味の世界を追いかける超高関与な行動が、若者を中心としながらも世代を超えて見られる。


特定なものに深く心の移入を行うそういった「オタク的」な行動は、これまでであればニッチな市場セグメントであり、影響力もそれほど大きいものではなかったが、現在ではむしろ市場をリードする広がりさえ見せている。


これからも続くであろう低成長時代の中で、人々は、自分の生活を守るための消費と、自分のアイデンティティを守るための消費を明確に区分けして生活している状況が見える。あればいい、用を足せればいい廉価なものを求める消費と、自分のアイデンティティや心の充足を満たす超高関与な消費の二極分化が起こっているようだ。


超高関与から行動へ。アニメ聖地巡礼の場合
「関与」(involvement)という言葉は、消費者行動論において以前から使われていた概念だが、「超高関与」という言葉は、慶応義塾大学の和田教授(2012)が「差別化のための付加価値の新たな軸として『超高関与』が浮上し得る」と、BMWの成功例に関する論文において提示した。


「関与」は、研究者によってさまざまな定義があるが、Krugman(1965)は、「ある対象が個人の意識空間に占める重要度、個人と対象との結びつきの程度」とし、関与概念に含まれる2つの方向性として「対象」と「強度」があるとしている。


そして、「関与」によって、消費行動への「態度(Attitude)」が形成されるが、Allport(1935)は態度を「関連するすべての対象や状況に対する個人の反応に対して直接的かつ力動的な影響を及ぼす、経験に基づいて組織化された、精神的および神経的準備状態」と定義している。態度から関与度合いに応じた情報処理段階を経て「行動」へと移行する。


私の研究対象としているアニメ聖地巡礼においては、アニメに対する高関与が、聖地巡礼行動への態度を形成し、通常観光とは異なり、向かう地域への検討の段階をとばして即行動となる。


『夏目友人帳』は、熊本県人吉市(人口約3万2500人)を舞台とするマンガ・アニメ作品である。人と妖怪の物語を描いたもので現在までに累計部数1100万部を超える大ヒットを記録している。2008年にアニメ化され、これまで年間約90万人だった人吉市の観光客数はピーク時には140万人へと増加した。


当時からは減少しているものの、現在でも国内だけでなく海外からも多くの巡礼者が訪れる聖地となっている。私たちのチームは、人吉市で当該作品の巡礼者アンケート調査を実施し、それをもとに行動動機を因子分析した。その結果、4つの欲求=「自己承認」・「冒険探索」・「自己解放」・「人とのつながり」が抽出された。


また、人吉市のすべての「巡礼ノート」、13冊・2000の書き込みデータを分析してテキストマイニングした結果、当該アニメが好きという感情が、アニメ聖地への愛着へと波及することが見出された。アニメの活用が、地域への高関与へと結びつき、地域誘客に活用できることを示している。


因子分析でも見られる自己のアイデンティティに関わる強い関与が、旅行行動を喚起し、その結果、毎年夏の花火大会に訪れるというリピート行動やオリジナルポスターやグッズの購入など多くの消費行動に結びついている。


もちろん、聖地巡礼にも関与度合いによって求めるものの違いや、作品内容によっても巡礼者の行動は変わってくる。しかし、アニメ聖地巡礼の多くに見られるような超高関与な行動が、ツーリズムの世界でも起こっている。


時代と消費 満足のカタチの変化
時代と消費行動を(大いに主観も交えて)概観してみることにする。わが国は、1990年代前半にバブルが崩壊し、その後失われた20年ともいわれる景気低迷期を迎えることになる。


人々は、そういった陰鬱とした時代の中で、高度経済成長期からバブル経済の時期まで、モノを買う(得る)ことで幸せが得られると信じ、ひたすら身の回りを多くのモノで満たしてきた。


「ほしいものが、ほしいわ」という80年代の西武デパートのコピーのように、「おいしい生活」は、自分らしいものやブランド品を通して得られるものだった。顕示的な消費傾向の中で、モノが他者との差別化の要素として大いに機能した時代だった。


しかし、バブル崩壊以降、欲しいモノを恒久的に買い続けることができなくなり、必然的にモノによって得られる満足を手放さなければならなくなる。その後、人々は、「家庭が一番あたたかい」「うちへ帰ろう」などの広告が示すように、家族の物語や自分の物語の中に幸せを見出だそうとする。


長引く景気低迷と震災などにより、人々は、幸せをより内面に求めるようになる。しかし、そんな時代気分の中でも、人々は自分らしく上を向いて歩もうとする。人とのつながりや自分の求める自分へと向かうことによって得られる満足感(幸福感)の獲得が、行動の中心になっていく。


企業側の戦略においても、P.コトラー氏は、『マーケティング4.0』(2016,朝日新聞出版)の中で、「顧客の自己実現を支援したり、促進したりするような商品やサービスを開発する」マーケティング戦略の重要性を提唱した。


企業が生活者と継続的にいい関係を保つためには、その人の自己実現やWOW体験を与えるような製品やサービスの提供が重要であり、そこには、応援したくなる、思い入れしたくなる機能を超えた物語などの情緒的価値を包含することが必要になっている。


つながりと差別化の狭間で
マズローの欲求の5段階説を持ち出すまでもなく、人はみんなとつながりたいという欲求が満たされると、(あるいは同時に)人とは違う自分でありたいという差別化の欲求が頭をもたげてくる。


特に現在の若者たちは、趣味や感性を同じくするコミュニティの中で空気を読みながら行動している。組織の同調圧力の中で立ち位置を確認しながら、仲間とかぶらない自分のポジションを獲得することを求めている。


自分のいる組織やコミュニティの中で一目置かれる自分であるためには、何かに対して特化する必要がある。それは、特別なものではなく、モノに対する超高関与やものごとを解釈するときのこだわりなどによっても実現することができる。


野村総合研究所の『オタク市場の研究』(2005, 東洋経済新報社)が、オタク的消費について分析している。その知見がいまの時代の消費にもあてはまる。理想像を追い求める情熱がドライビングフォースとなり、「コレクションを増やす、ハイスコアを出す、だれよりも多く参加する、だれよりも多くの知識を得るなど、自分の理想(自己実現)に向けて、次々と消費」することを指摘する。


近年見られるこういったはまる消費は、可処分所得と可処分時間を合理的に使いながら、つながりを得ながら、自らの存在意義を見出すためのもっとも有効な消費行動なのかもしれない。




岩崎  達也  (いわさき  たつや)
関東学院大学経営学部教授、法政大学大学院イノベーション・マネジメント研究科兼任講師。1981 年博報堂に入社。コピーライターとしてカネボウ化粧品、サントリー、鈴木自動車、JRAなどの広告制作。92 年日本テレビに転じ、日テレキャンペーン企画・プロデュース、編成企画、宣伝部長、編成局エグゼクティブディレクター、日テレアックスオン執行役員を歴任。2015 年、九州産業大学商学部教授を経て現職。著書に『日本テレビの1 秒戦略』単著(小学館新書)、『メディアの循環 伝えるメカニズム』共編著(生産性出版)、『実践メディア・コンテンツ論入門』単著(慶應義塾大学出版会)他。読売広告賞、グッドデザイン賞ほか多数受賞。

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