<共創する学校> 工業高校×最先端の研究機関

(こちらの記事は、マーケティングホライズン2019年6月号『バトンを託す』に記載された内容です。)


高校球児とメジャーリーガー
「もし高校球児がメジャーリーガーと一緒に野球をしたら」。埼玉県にある県立川越工業高校では、現在、世界に冠たる理化学研究所(理研)と共同で「技術開発」を行うというプロジェクトに取り組んでいる。

生徒が理研を訪問したり、理研の研究員に講演に来ていただいたりという取組は行われている。しかし、高校生が理研の研究員と一緒に技術開発をしようなどというのは、高校球児がメジャーリーガーと野球をするようなものである。


筆者が構想に携わったこのプロジェクトを御紹介させていただくことで、なぜ高校に産学官連携が必要か、企業等が高校と連携する意義がどこにあるのかという、“産学官連携のWHY”が少しでも伝われば幸いである。なお、本文中の意見については、筆者の個人的な見解であることをお断りさせていただく。


社会の課題に挑む高校生
川越工業高校では、これまでにも多くの企業と連携して教育活動を展開してきた。2015年にはPanasonicの御協力のもと、エボルタ乾電池を動力にした電車を生徒達が製作し、乾電池による鉄道走行距離のギネス世界記録を達成した。また、“埼玉西武10周年”を記念して行われたイベントでは、生徒が製作したミニ電車(西武鉄道)を走らせて好評を博した。


様々な御縁があり、理研との連携を模索した際に、こうした積み重ねがある川越工業ならばと思い白羽の矢を立てたのである。高校生に取り組ませようとしたのは、太陽光エネルギーを使用し、安価な素材で、いかに効率的に水素を発生させ、安定的に供給するかという課題である。水素社会の実現に向けては、確立が必須の技術だ。共同プロジェクトに取り組んでいただく理研の研究員は、この分野で世界最高のエネルギー効率を達成している第一人者である。


水素をテーマとして選んだのは理由がある。水の電気分解により水素を発生させる仕組みは、中学校の理科でも学習する内容である。技術開発のためには、素材や形状のトライアルアンドエラーを繰り返すしかなく、柔軟なアイディアや手先の器用さなど、工業高校生にも出番がある。共同で特許を取得できる可能性もゼロではない。メジャーリーガーとプレーさせるため、高校球児の強みを生かせるフィールドかどうか丁寧に検討した。


もう1つの理由は、自動車関連産業への就職希望者も多い工業高校生に、水素エネルギーの持つ可能性を理解し、その上で課題にチャレンジしてほしかったからである。今後、普及が見込まれるEVは部品点数がガソリン車の約半分とも言われ、普及が進むと自動車関連の仕事が無くなる恐れがある。


この水素プロジェクトで取り組む技術開発の先には、EVに対抗して燃料電池車を普及させることや、さらには砂漠を再生可能エネルギーの生成地に変えて低炭素社会を構築するといった、壮大な社会課題がある。


川越工業高校は、創立から110年余りを経た伝統校であり、WALKMANの開発者やSuicaの開発者など数多の人材を輩出してきた。こうした伝統を高校生が受け継いで、単に精巧な部品を作れる人材ではなく、技術でどのような社会を創るのかを構想する「人財」になってほしいと思う。


学校教育のヒストリーと今後のストーリー
日本の学校教育の歴史を紐解けば、明治期に制度化され、戦後の復興、高度経済成長、低成長とグローバル化など、産業・社会の影響を受けながら歩んできた。


近代産業革命の産物とも言える学校教育は、第四次産業革命が進行しSociety5.0とも呼ばれる超スマート社会の到来が予測される中で、そのあり方を見直さざるを得ない。


学校の大きな役割は、実社会から切り取った「バーチャル」な空間で育て、社会へと繋ぐことであった。しかし、「多くの子供たちは、大学卒業時に今存在していない職業に就く」とも言われ、加速度的に変化するVUCA時代に育てていくべきは、既存の社会の「担い手」ではなく、新たな社会の「創り手」である。


従来の学びは、EdTechと呼ばれる技術で補完して、学校はより「リアル」な課題を探究し、創造的課題解決を志向していくことになるだろう。理研との共同プロジェクトの意義は、教科書の上の課題ではなく、実社会の生の課題であることだ。


社会課題は、簡単に解決できないからこそ依然として課題として残っている。解決に取り組んでも失敗は当たり前である。起業家には「成功するまで失敗を続けた」方が多い。失敗をマネジメントしていく大切さは、リアリティのある課題だからこそ気付くことができる。


CSV経営・マーケティング4.0・SDGs
近年、CSV経営やマーケティング4.0、あるいはSDGsなど、社会課題をビジネスの力で解決しようという潮流が強まっている。学校教育の立場からすると、これは連携を構築する大きなチャンスである。


理研からも単なるCSRとして単発の取組をするのではなく、互いにWin-Winの関係を構築していきたいとの御提案をいただいた。埼玉県では、「次代を担う産業人材イノベーション事業」として、技術開発や商品開発ができる人材の育成を目指し、工業高校や商業高校などと企業・研究機関等との連携を進めている。理研とのプロジェクトもこの一環である。


理研との連携にあたり、壁となったことは、研究機関と教育機関というミッションの違いを乗り越えて、共通のビジョンを持つことである。そのための対話を交わすことができたのは、幸運な巡り合わせとしか言いようがない。


高校生をパートナーとしていただける企業や研究機関というのは、ダイバーシティに寛容であったり、ビジョナリーでオープン・イノベーションのマインドがあったりすると強く感じた。


こうした企業などと学校が組むためには、学校側もミッションを明らかにして社会と共有し、その上で、教育と社会的価値を追求する学校版CSV経営が求められていく。


学校の持つ「ストーリー性」は強みだと考えている。マーケティングにストーリーテリングが必要とされる時代である。高校生とコラボすることは、それだけで一つのストーリーができ上がる。


例えば、県立皆野高校(商業高校)では、地域の鳥獣害被害対策のため、地元の商店と連携してジビエ肉を活用したハンバーガーを商品化した。売上げの一部は鳥獣害対策のため寄付されている。こうした高校生の取組は、メディアにも多く取り上げられている。


今後はSDGsに取り組む民間企業が増えてくるはずだ。SDGs視点での取組を、高校生を巻き込んで実施していただけないかと期待している。「教育」に貢献すること自体がSDGsの項目の一つであるし、何より、取組にストーリーが生まれる。高校生は「持続可能な社会」というバトンを託すには最適のパートナーである。

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22世紀を創る子供達へ
「人生100年時代」という言葉は人口に膾炙するところとなった。リンダ・グラットン教授によると「2007年に日本で生まれた子供は107歳まで生きる確率が50%もある」。つまり、これから高校生になる子供たちの多くは22世紀まで生きることになる。


20世紀に生を受けた者として、ドラえもんが待っている22世紀を創る彼らに、どんなバトンを託せるだろうか。埼玉県教育委員会が掲げる基本理念は、「豊かな学びで未来を拓く埼玉教育」である。子供達の豊かな学びの場を形成するため、多くの企業の皆様に御協力いただければ幸いである。



佐藤  隆弘  (さとう  たかひろ)
埼玉県教育局魅力ある高校づくり課
一橋大学社会学部卒業後、2003年埼玉県に入庁。
現在はSociety5.0の時代を見据えた高校の検討に従事。
明治大学大学院ガバナンス研究科、事業構想大学院大学修了。

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