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流通業の裏方として

(こちらの記事は、マーケティングホライズン2019年9月号『支える 裏方に徹するプロフェッショナル』に記載された内容です。)


流通革命の時代と流通経済研究所設立

日本の流通業は、現在大きな変革期を迎えている。これまでにも流通業には様々な変革が起きているが、最も大きな変革期は流通革命と呼ばれた1960年代のものだろう。この時は、業種別流通から業態型流通への移行期で、スーパーマーケットというセルフサービスの業態店の登場により、それまでの中小専業店中心であった流通構造が変わった。それに伴い、メーカーの流通チャネルや取引制度が変わり、卸売業は集約化・総合化が進んできた。

そのような時代に流通経済研究所は1963年4月に任意団体として設立された。研究所創設者である田島義博氏は、流通の変革を展望し、メーカーに対して価格戦略や流通戦略の変更が求められると主張していた。この変革期における流通業の課題に応えるために流通経済研究所では、当時の流通先進国であるアメリカの実態調査などの研究活動を通じて流通業界に提言を行ってきた。また、政府や地方自治等からの委託調査研究などを通じ、流通近代化に取り組んできた。

消費者行動の理解に向けた共同研究

流通構造の変化は企業間取引だけでなく、消費者の買物行動も変化させた。最寄品の買物は、商店街や中小小売店の買い回りからスーパーマーケットによるワンストップショッピング中心となり、店舗ではセルフサービスで売場に陳列された多種類の商品から好きなものを選んで買うようになった。また、新聞に折り込まれるチラシを見て、お買い得商品を求めてスーパーマーケットへ買物出向することも増えた。


そうした中、小売業は売場の効率性を高め、売上を増大するために消費者の買物行動の実態を把握することが必要であった。メーカーにとっても店頭で競合商品と売上シェアを争うために、消費者の買い物行動を理解するとともに売場づくりのノウハウを獲得することが重要になった。


このような流通業の課題に対応するために流通経済研究所は店頭研究事業を行っている。小売業におけるPOSシステムの導入が本格化した1980年代にPOSデータ等を活用して消費者購買行動のメカニズムを解明しようと、製配販企業の参加を募り開始した共同研究事業である。


この中では、消費者の購買行動特性や売場づくりの基本であるインストア・マーチャンダイジングの体系化等の基礎研究を行っている。共同研究事業には、小売チェーンやメーカー、卸売業が複数企業参加し、各社の戦略立案に活用できるような研究活動をしている。その成果の一部は、セミナーや教育講座を通じて、流通業の方々に活用してもらうよう取り組んでいる。

業界横断的な課題対応

そもそも企業活動は、営利目的で行われるものであり、個々の企業は自社の利益を最大化させることを目的に計画をたて、行動することが一般的である。しかしながら、そうしたことが、産業全体における無駄や非効率につながることが少なからずある。


近年、企業がSDGsに取り組むようになり、社会的な課題への対応が重要視されるようになってきた。こうした取り組みは、個別企業だけで解決できない課題も多く、業界団体や行政などが関り推進されることが多い。流通経済研究所は、公益法人の使命としてこうした取り組みのサポートをしている。


例えば、製・配・販連携協議会は、経済産業省の支援を得て流通システム開発センターと流通経済研究所の共同で運営している。ここでは、趣旨に賛同するメーカー、卸売業、小売業との議論を通じ、サプライチェーン全体の無駄を無くし、新たな価値創造の仕組みを構築するような取り組みを推進している。

現在の流通の変革

過去の流通の変革は、モノの生産力が高まり、人口増加とともに経済力が高まったことを背景とした大量生産・大量消費時代の草創期で、大店法などの法規制により調整されて流通構造の変革は緩やかに進んだ。一方、現在の日本社会は、消費が成熟して消費者はモノよりコトを求めるようになり、人口減少局面で物的な消費量が減少していく傾向にある。


そして、変革の背景にはインターネットによる情報通信技術の進化があり、Eコマースの伸長やコミュニケーション方法の変化による消費者の購買意思決定に関わる情報接触の変化などが影響すると考えられる。技術革新のスピードは速く、流通の変革は相当速く進んでいくのではないだろうか。


Eコマースは、メーカーにとって新たな流通チャネルの登場と捉えることもできるが、コンビニエンスストアやドラッグストアが新業態として登場したこととは質が違うものである。実店舗の売場づくりのノウハウは使えず、消費者への情報提供方法がまったく異なるため、特定ブランドを消費者に販売するための手法を確立していく必要がある。


また、店舗を持つ必要がないEコマースにおいては、メーカーがダイレクトに消費者とつながり、商品を販売することもできる。さらには、フリマアプリなどを用いたCtoC取引も増加し、一般消費者を含めて、あらゆる事業者が流通業へ参入しやすい環境になっている。このことは、店舗を持つ従来の小売業の在り方を変えていくことになるだろう。


IoT技術の進化で実店舗の売場も変わる可能性が高い。センサー等を用いて、リアルタイムに消費者の購買行動を捉え、消費者が持つスマートフォンや店頭やカートのサイネージを通じたコミュニケーションで購買を促進するような取り組みが始まっている。


また、新しい技術を活用した無人店舗の開発も話題になり、労働集約型の産業の代表であった小売業が変革しつつある。小売業は労働生産性の低さが長年指摘されており、近年の人手不足や人件費上昇により、業務の省力化や効率化は不可欠になっており、技術が実用化すれば普及に時間はかからないだろう。

流通業の裏方として

メーカー、卸売業、小売業といった流通業の変革は、前述したとおり多くの技術革新によりもたらされるものと考えられる。ただし、流通業の取り組みは消費者からの評価により成否が決まるものだ。消費者の意識や購買行動も変化を続けるため、流通業も常に変革が求められる。一時の成功が長く続く保証はなく、次々と新しい取り組みをしなければならないのである。


こうした変革期に、流通業が企業活動を進めるうえで、従来の延長線に描けない計画を立てなければならないことも多く、外部のシンクタンク、コンサルタントを活用することが多くなると思われる。将来に対する予測は、過去の経験に頼らず、様々な視点で行う必要があり、客観的な判断、アドバイスが求められる。


流通経済研究所もまた流通を専門としたシンクタンクとして、流通の近代化の過程から現在まで、行政や多くの企業に対して提言を行ってきた。また、流通やマーケティングの研究者を多数輩出し、流通業の裏方として産官学連携のハブの役割となり流通制度、消費者対応等の研究に取り組んでいる。


流通経済研究所は、これからも大きく変革する流通業界の発展に向けて、他の企業や組織にできないような役割を果たし、裏方で貢献する存在になっていきたい。



山崎  泰弘  (やまざき  やすひろ)
公益財団法人流通経済研究所 常務理事
2012年より明治学院大学経済学部非常勤講師

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