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野菜と私の新たな一面

(こちらの記事は、マーケティングホライズン2019年11月号『見えていなかった大切な一面』に記載された内容です。)


行動で、凝り固まった考えが変わる

蛭子 【農業カメラマン】という肩書を初めて聞く方が多いと思いますが、活動のきっかけや内容について教えてくださいますか。

網野 農業カメラマンとは、「写真」と「農業」という2つの軸を持って野菜に興味を持つきっかけを作る“個人活動”のことをいいます。といっても、農業カメラマンという肩書はもともと存在しないので、自分で作りました(笑)会社員として働く傍ら、主に休日などを利用して活動しています。自分で名付けて早3年が経ちますが、ことの始まりは「これまで見ようとしてこなかった自分自身の新たな一面」さらには「農業の新たな一面」に気がついたことでした。
 普段は群馬県にある農業関連会社の広報担当を務め、野菜や花を「商品」として撮っています。しかし2016年から個人的な活動として、野菜や花の「ありのままの姿」を「自分目線のタイトル」と共に発信する【農業カメラマン】を始めました。転機となったのは、正直なところ、会社を辞めたいと思ったことでした。
 生まれは山梨、大学は東京。農学を専攻し、同時に写真部に所属。就職の際に、農業と写真を活かし自社が販売する野菜の商品撮影の仕事に就けた時は、心から喜びを感じました。
しかしやりたい仕事とはいえ、縁も所縁もない群馬に移り畑で黙々とトマトやキュウリを撮る。先輩カメラマンの下で数年下積みを行なった後は、ほぼ一人の撮影なので(会社での交友関係はあったものの)少々寂しいIターン就職となりました。
 8年が過ぎたある日、仕事にも慣れてやりたいことができている反面、同じ場所で同じことをしていいのか?また、野菜を美しく撮ることだけが正しいのか?と悩むことが増えました。(もちろん商品として美しさ新鮮さは大切と理解した上で)30歳の節目に、やりたかったワーキングホリデーでオーストラリアに行くことを決めました。20代に何もやってこなかった自分への強い怒りもありましたし、何より環境を変えたかったのだと思います。まずは試しに1週間の一人旅に行きましたが、そこでの経験が私の価値観を大きく変えてくれたのです。

蛭子 オーストラリアではどんなことが起こったのでしょうか。

網野 1週間のあいだに、日本では絶対にあり得ない問題が沢山起こりました。まずはオーストラリアに着いた途端、工事で電車が全線運休。代わりに乗ったバスでは、運転手が道を知らず「誰か地図を持っている人はいませんか?」と言い出したのです。乗客のスマートフォンで地図を調べ、普通なら20分で行けるところに1時間かかりました(笑)ようやく着いたホテルでは部屋の鍵が壊れ…宿の従業員には「盗難に注意しろ」と言われるだけ。仕方なく自分でドライバーを買って直したところ、ホテルの方からスタンディングオベーション(笑)その後も立て続けに起こる珍事件。彼らの仕事ぶりに驚き呆れる一方で、なんだか心温まっている自分もいました。
 本来、旅の最中に自分のこれからを考える予定でしたが、旅先での問題に気を取られ、結局会社を辞めたいこと自体思い出しませんでした。たった数日で、出会いや別れ、笑いや驚きなどいろんな感情を手に入れ、帰国後はなんだかスッキリした気持ちで…その時、私はこれまで受け身な自分から目を背けて生きてきたのだと気付きました。
 自ら飛び込んだオーストラリアの地。些細なことですが、価値観を塗り替える出来事に遭遇し、「固まった思考は、自分の行動で変えられる」と身を以て学びました。(会社を辞めずに(笑))これがまず1つ目の“見えていなかった大切な一面”=“見ようとしてこなかった自分自身”だと思いました。(※いろいろありましたが、私はオーストラリアが大好きだと声を大にして言いたいです)

当たり前を見つめ直し、覚悟を決めて再出発

蛭子 頭では分かっていても、感じたことを行動に移すのはなかなか難しいこともあると思いますが、日本に帰ってきた後、どのように活かしたのでしょうか。

網野 今までしなかったことにチャレンジし、視野を広げました。人見知りな性格ですが、群馬県内のイベントでたくさんの方と知り合い、そういう場で自分の仕事への思いを話しました。一方、会社では仕事に改めて向き合いました。そうすることで、当たり前となっていた畑や野菜の撮影という仕事や自分自信を俯瞰できるようになりました。
 農業界は60~70代が現役で、40~50代は若造と言われる世界。30代なんて生まれたての赤ちゃん同然です。自分はたった数年でこの業界のことを知った気でいたことを恥ずかしく感じましたが、反対に赤ちゃんだからこそ、現役や若造世代が見えていないものが見えるのではないかと考えたのです。
 そういった気づきから、写真を通じて、農業や野菜に興味をもってくれる人が増えればいいなと思い、私が純粋に面白いと思う野菜たちのありのままをInstagramで発信し、【農業カメラマン】として活動を始めました。言ってみれば、“農業”という名の箱を裏返して「農業の新しい一面」を見た感覚に近かったです。
 先日、約40年キュウリを作っている農家さんを訪ねた際、病気にかかった葉っぱが目に留まりました。病気にかかった葉っぱは、果実の生育には好ましくありません。ですが私には、その葉は2枚とない模様が描かれているとも思えてシャッターを切りました。「何撮ってるんだ!」なんて、普通の農家さんなら怒りますよね(汗)なので私が撮影させていただく生産者さんは何度も通っている信頼関係のある方に限ります(笑)。
 私は、あくまでも綺麗な一面だけでなく、植物が病気になった姿なども撮ります。普段スーパーに並んでいる野菜からは想像できない姿を見ることで、野菜のストーリーが浮かび上がってきます。

蛭子 農業の世界は奥深いですね。

網野 そうですね、農業は天候にも左右されますし、天気が読めないこのご時世にはとても難しい職業ではありますね。しかし、その分作る野菜一つ一つが思いの詰まった結晶にも思えます。
 今振り返ると、農業カメラマンは仕事外の活動ですが、結果的に本業に役立っていることが多いなと感じます。本業で満足いかなかったことは、個人活動によっていい方向に変わっていきました。農業カメラマンは「日本の農業を応援したい」という気持ちが根底にあるので、会社の理解もあって今は両立できていると感じています。
 農業カメラマンとしての活動は、はじめにお話した通り「写真」と「農業」を軸にしたワークショップの開催や写真展での発表です。
 ワークショップは、「スマホを片手に気軽に参加してもらう」ことを心がけています。SNSが幅広い世代に浸透した現代、多くの人は常に珍しい・面白い写真を求めていると思います。写真をきっかけに未知の野菜を知ってもらいたい気持ちから始めました。
 ワークショップの会場はスーパーや畑。撮影するために野菜を買う・収穫するなんて経験、今までないですよね!さらには、生産者さんの思いや野菜の話を聞き、場合によっては農家さんのお手伝いもします。撮影が終わると、自分たちで選んだ野菜を調理して食べ、参加者自身が野菜や畑・料理の写真をSNSに投稿したりもします。はじめはレタスが嫌いと言っていた女の子が、参加後に「レタスを克服できた!」と教えてくれた嬉しい出来事もありました。それは、レタスに農業を知る体験や野菜への学びが伴ったからだと思っています。きっとこの先スーパーで買い物をするときにも、農業の奥行きを感じながら野菜を手に取ってもらえるのではないかと感じています。
 また写真展に関しては、「展示で終わらない」ということを心がけています。できるだけ自分の言葉で野菜のことを伝えたいですし、展示期間中には、農家さんの野菜を販売します。農家さんと消費者がつながるきっかけになれば嬉しいです。
 最近行った写真展「フシギヤサイ」では、新鮮野菜とはかけ離れた、奇形・汚い・ボコボコしている野菜の写真を並べたので不安な要素が沢山ありました。腐ったオクラから始まり、奇形のリーキなど、思わず「これは野菜?」と疑ってしまうような見た目のものばかりでした。そんな心配をよそに、ご来場者の方々が真剣に農業について考えてくださり、野菜も沢山の方々にご購入いただきました。フシギなヤサイの一面を提示し、その時の思いを伝える(よく見るとフシギヤサイはピカピカ綺麗な野菜ができるまでのストーリー)ことで、人々の興味関心が高まり購買欲につながるという発見がありました。

農業を知ることで、自分自身を発見する

蛭子 「Know Life=農(業)を知る(=Know)と人生(=Life)が楽しくなる」というテーマを掲げられて活動されていますが、まさに「農業の営みを知る」と「ご自身の人生を知る」ための活動を、会社と個人の両輪でなされているのではと感じました。

網野 今の活動は、農業に携わる方から見たら「当たり前じゃん?なにやってるの?」と思われるかもしれません。現在も会社員を続け、今年で11年目となりますが、本業の面でも日を追うごとに自分は農業を全然わかっていないと気づかされます。
 しかし、この世界を知れば知るほど、発信すればするほど人生が彩るような気持ちがします。このビジョンはまさに公私ともに自分自身への教訓です。まだまだ未熟な自分だからこそ気付けること、私らしい表現があると思っています。数年前の私では到底考えられませんでしたが、逆転の発想ができるようになった今、自分の仕事や活動を、胸を張って紹介できると感じています。広い視野を持てるよう努力し、そして常に初心者の気持ちを忘れずに、今後も写真を通して農業に寄り添いたいと思います。

 

 

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網野  文絵  (あみの  ふみえ)
農業カメラマン。
2009年から群馬県種苗会社の撮影担当として会社員をしながら、2016年に個人活動「農業カメラマン」を開始。仕事でも畑に行くが、農業カメラマンとして別の視点で現場を撮ることで農業の新たな一面を発信。現在はSNSで写真投稿や個展・野菜撮影ワークショップを開催し、野菜に興味をもってもらうきっかけ作りを行う。2018 年 6 月に、公益社団法人日本写真協会・東京都写真美術館が主催す る東京写真月間にて個展『撮れたて野菜』を東京・表参道で発表。それを皮切り に、北海道(東川・札幌)、群馬、山梨(2019年11月2日〜30日)を巡回している。
現在は、雑誌『農業ビジネス ベジ(veggie)(出版 イカロス出版株式会 社)』『政経週報(発刊 共同通信社)』などの表紙を担当。
今回のメイン写真となっているのは、長ネギ(作品タイトル:ネギタワー)
Instagram:amino_fumie
公式ホームページ:https://www.knowlifephotos.com


TEXT: 蛭子  彩華  (えびす  あやか)
一般社団法人TEKITO DESIGN Lab 代表理事
クリエイティブデザイナー/ライター
群馬県前橋市出身。立教大学社会学部に在学中、次世代人財塾 適十塾に第1期生として入塾。卒業後はIT企業に入社。2015年、夫の南米チリ駐在に帯同し、そこでデザイナー・ライター活動を開始する。翌年、適十塾の活動をさらにスケールアウトさせるべく法人設立。「現代の社会課題を、デザインとビジネスの循環の仕組みで解決すること」を軸に、事業を展開している。

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