推すことと美意識

(こちらの記事は、マーケティングホライズン2020年1月号『美意識』に記載された内容です。)


キャラクターのためならば、身を削る!?

2019年11月22日(金)にリニューアルオープンした渋谷パルコに任天堂の直営オフィシャルグッズショップ「Nintendo TOKYO(ニンテンドートウキョウ)」がオープンした。

連日多くの人が詰めかけ、休日の待ち時間は180分にも及ぶほどだ。ワイドショーでは「より多くのグッズを買うために、カプセルホテルに泊まっています。それでも予算オーバー。なので、食費を削ります。

欲しいグッズはたくさんあるし、好きなキャラクターのグッズの売行きに貢献したい」と20代男性が話す。好きなキャラクターのためならば、削れるところは削る。無駄なお金は使わない。従来、基本的な生活の充実があってこそ、趣味の世界が成立するとされていた。しかしながら、その逆の現象が増え、普通のこととして受け入れられるようになっている。


推すことの始まりは、江戸時代

ある大学の先生と話したところ、推すことへの美意識は、すでに江戸時代の歌舞伎にみられるという。娯楽が少なかった当時は、文化、情報などの発信源であった歌舞伎。歌舞伎役者の浮世絵はブロマイドとして愛された。江戸時代中期の刺青の大流行に歌舞伎が果たした役割は大きい。歌舞伎役者の刺青の勇ましさに真似をする人が多かったというが、推す役者への愛がその原動力になったともいう。推しのある暮らしはいつの時代も消費をうむ。


ファンとしての美意識

宝塚ファンは、ファンとしての美意識をこう語る。「ファンもまた清く正しくありたい。ご贔屓に迷惑をかけることはやらない」と話す。舞台俳優のあるファンは、舞台のたびごとにお花を楽屋に届ける。「SNSなどで研究の結果、人気の証として考えているようなので、みっともないことはしない。差し入れも、本人が好むものを厳選する」という。


元SMAPの中居正広ファンの女性は、本人の言動を常に観察し、「嫌われるだろうことはしない」と心に決め、行動してきた。たとえば、ライブでのMCなど静かな時間に「中居君!」と叫ぶ、うちわなどに「○○して」と書いて本人に見せる等々。必死に推しのために考え、行動を重ねてきた。いまも、「中居くんは、今の世の中で商品価値はあるのだろうか。客観的に見てどう思う?何かできないことはないか」と心配する。


「推す対象は元気をくれる存在。また、仕事への取組み方、そして、言動など年下でも尊敬できる存在」という人も多い。推しは自分の美意識の反映であり、だからこそ、相手を慮り、努力を続けることができるのだろう。


推しと美意識、そしてマーケターとの関係

推しのために、相手のすべてをまずは受け入れ、感情や行動に目を向ける。SNSの存在はその行動の質を高める。そして、時に客観的な意見をもとに見直しをはかる。時間とおカネと気持ちをかけたとしても、自己満足しか得られないが歩みをとめない。


こうした推しに対する美意識は、本来マーケターが身につけるべきことのひとつではないだろうか。市場を細やかに見つめてこそ、市場創造に必要な感性(センス)が磨かれる。マーケターたちは多くの調査を実施する。定量だけでなく定性調査が重視されるのは、感性をもとにした、仮説や判断が市場創造に欠かせないからだろう。


現在、SDGsにみられるように、環境などの社会課題を解決しつつ、技術革新を進め、経済的にも豊かな持続可能な社会に寄与することが求められている。企業として存続するためには、縮小傾向の日本だけでなく、グローバルにいたるまで社会の課題に目を向け、「自社のらしさ」を前提に、仮説をたて、市場創造にむけて実行する能力が必要である。


推しのための「美意識」、つまり他者、社会のことをとことん考える感性は、新たな時代の市場創造にむけたヒントとなるのではないか。



中塚 千恵(なかつか ちえ)
東京ガス株式会社
日本女子大学文学部卒業、東京ガス株式会社入社。同社都市生活研究所で、約20年間、食、住まい、入浴、単身者、富裕層などのライフスタイル研究を行う。並行して、法政大学経営学大学院でマーケティングを学び、法政大学スポーツ健康学部では、スポーツマーケティング論を担当した。
現在は、CSR、環境、コンプライアンス部門を経て、東京ガス東部支店支店長。著作に「できる人の書斎術」(新潮社)など。

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