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穏やかに佇むテクノロジー を牽引する mui Lab

(画像) 触れるまではただの木の板に見える「mui」だが、表面に触れるとLEDディスプレイが出現する「mui」 (画像) 触れるまではただの木の板に見える「mui」だが、表面に触れるとLEDディスプレイが出現する「mui」 mui Lab

(こちらの記事は、マーケティングホライズン2020年3月号『美しき開拓者』に記載された内容です。)


人が生き生きと過ごせるように、作為的でなく自然なテクノロジーの佇まいを目指すmui Lab。世界最大のテックカンファレンスCESのアワード受賞、米クラウドファンディングKickstarter2019ベストの受賞、The New YorkerやThe Verge、BBC、House Beautifulなど世界のビジネス、テック、インテリアデザインメディアからも絶賛されている。

元AppleのデザインディレクターだったDon Lindsayや、「Calm Technology」の著者でありサイボーグ人類学者と称するAmber Caseなども高く評価し、アドバイザーとして従事する京都発のスタートアップである。


mui Labが開発するmui (2020年1月に「mui 1st edition」がマーケットローンチされた)は、木製のスマートホームインタフェースである。タッチセンサーとLEDが内蔵されていて、木の表面にタッチすると画面が表示され、しばらく放っておくと何もない一本の木の状態に戻り、リビングルームやベッドルームのインテリアに馴染む小さな家具のような存在である。


電源を入れてwifi経由でインターネットと繋げると、室内のあらゆるスマートホーム機器をコントロールできるハブとして機能する他、mui独自の「穏やかな暮らし」を尊重する機能を備えている。


デイリー&ウィークリーの天気予報、各部屋の照明コントロール(Hue連携)、音楽再生と調整(Sonos連携)、家族とのコミュニケーション(ボイスメッセージ送信とテキストメッセージの受信)、その他家族のカレンダー共有やタイマー機能、深呼吸をできるアプリケーションが搭載されている。


現代社会で失われた温度を取り戻す一枚の木

muiは、独自のハードウェア(素材や形や触り心地など)とソフトウェア(体験設計)によって、生産性や効率化が加速する社会の中で失われがちな、大切な人との貴重な時間(モーメント)を意識することをユーザーにそっと促すデザインだ。


日常の中で「大切な時間」を持つこと、意識することはシンプルだが、意外と難しく見過ごしがちなもの。例えば自然に触れること、自分の呼吸や感性、身体感覚に気づくような生活環境があり、その延長線上に大切な人たちのことを思い、自分との時間、彼らとの時間、その一瞬一瞬を丁寧に暮らす姿勢が整う。muiは、まるでただの木の表情をしながら、現代社会で失われた温度を取り戻そうとしているのだ。


きっかけから試行錯誤の日々。
そして気づきと集合意識のアップデートへ

muiは京都にある㈱NISSHAからのスピンアウトである。NISSHAは、タッチパネルスクリーンなどの技術開発を行う企業で、muiは、会社の敷地にある倉庫を借りて2016年から社内ベンチャーとしてスタートし、それから3年後の2019年4月にMBOにより独立を果たした。


プロジェクト発足のきっかけは、2015年にニューヨークで開催された家具ショーへの出展。「Wall Tile」という石をモチーフにしたフィルムのパネルを出品したところ、反響が高く、その勢いで社内ベンチャー制度に応募し、予算を獲得。


試行錯誤の連続と各分野に精通する企業との交流を重ね、なんとか2016 年のニューヨークでの家具ショー出展へ漕ぎ着けた。それが現在のmuiの原型である。その後もプロダクト化までの道のりは多難だった。例えば、電化製品に木材を使うことは、耐久性や安全性のことを考慮するとエンジニアとしては避けたいことだ。


しかし、デザイナーたちにとっては、素材の与える心身的効果の影響は重要で、mui Labが届けたいフィロソフィーや価値には根源的な影響を与えるものだと考えていたため、折り合えずに軋轢が生まれる時期も長くあった。しかし、京都のコミュニティから生まれたある一つの合宿プログラムがそんなチームのバイブスを魔法のように変えたのだ。


それは、岐阜県の飛騨にある「飛騨の森でクマは踊る」という会社が提供する体験プログラムだ。muiのエンジニアを含む全メンバーが参加し、2泊3日、悠然と佇む大自然に囲まれ、美味しい水やその水によって豊かな生活を享受する人々と共に過ごした。


そして美しい水を育む源泉の森を歩き、木に触れ、木と仕事をする様々な森のプロフェッショナルたちとの交流を重ねた結果、エンジニアたちも木が人間に与える測り知れない価値を、身体性を持って納得し、共に息を合わせて挑戦していく気概が社内に通じた。


世界の多業種から引っ張りだこの独創的な構造とUI/UXデザイン

muiは、自然素材(木)を利用した独自の構造で国際特許を取得。このライセンス提供がmuiのビジネスモデルだ。1月に販売がスタートしたコンシューマー向けの「mui 1st edition」は、あくまでmuiが提供する世界観を体験してもらうためのプロダクトだ。


muiが重要視するフィロソフィを体現したUI/UXデザインが世界の共感を呼び、現在は、世界の自動車、ホテル、不動産、家具メーカーなどとパートナーシップを進めている。


既に世界にショーケースしているプロトタイプは、デジタルタッチペンの㈱Wacomとの協業で進めた「柱の記憶」である。これは、子供の成長を家のどこかに刻む世界共通の習慣に着目したもので、専用のペンで柱に身長をマークすると、その記録がクラウド(muiではタイムカプセルと呼んでいる)に蓄積される。


そしてトリガーとして設置された隣の衣装箱のカバーにペンで時計を描くと、過去の身長や落書きが柱に自動的に蘇るというデザインだ。IoT技術をベースとして柱とデジタルタッチペン、衣装箱とペンがつながっている(Connected)。


このプロトタイプを通じて伝えたいメッセージは、テクノロジーが人間の手を離れてコントロールできない代物になりつつある現代、逆にテクノロジーの力を借りて、日常の瞬間に隠れて意識することもないような小さな、しかし貴重な瞬間に光を当て、人々の意識をノックする。そんな物語が織り込まれている。


もはやエンドレスでシームレスに現代人の生活に沁み渡るテクノロジーと、その便利さから還ることのできなくなってしまった私たち。しかしそのテクノロジーを生み出したのも私たちだ。


日々の思考、デザイン、開発を通して世の中に生み出すものが、人の生活を、ひいては自然や宇宙との均衡を失わせ、人として担った全体性への役割を意識することさえ難しい現代において、muiの提起する体験価値は、私たちのテクノロジーを扱う態度に、少なからず一石を投じている。


次第に私たちの暮らす家もスマートホーム化されていくでしょう。そんな中、心のあり方とのギャップを感じながらも従属してしまうのではなく、自分が求める心のあり方や生活を担保するテクノロジーを選択していくような自主性が大切です。それは、一生ものの家具を発見するような体験と似ているのもしれません。

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掲載画像提供:mui Lab



森口  明子  (もりぐち  あきこ)
社会に革新的な価値をもたらすプロダクトやサービスを提供する企業に向けて、 PRやブランディングサービスを提供する。
コミュニティマネジメントやイベント運営、キュレーション、ストーリーテリングなどを通じた包括的なコミュニケーション戦略を得意とする。
消費財、テック系、建築、アートデザイン、地域伝統活性、教育サービスなと゛幅広い分野を網羅する。

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