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「推し」への愛は未来を先取しながら繁栄する

(こちらの記事は、マーケティングホライズン2020年12月号『コロナの炙り絵@LIFE』に記載された内容です。)


推しへの愛


 

2019年は「推し」という言葉と存在が一般的になった。長い間「推し」がいる生活を送っている立場からすると、さらに生きやすくなったような気がする。最初に「生きやすさへの変化」を感じたのは、SMAPが国民的アイドルとしてのぼりつめたときだった。SMAPファンは、お茶の間ファン(コンサートには行くことはなく、テレビでみて楽しむファン、もしくは、満足しているファン)を大幅に増やし、ジャニーズのその他のグループも含めて、祖母、母、娘といった各世代に幅広いファンを発生させた。そして、世の中は彼女たちを「ジャニヲタ」と呼んだ。時に狂った人とラベルをはった。

SMAPのコンサートに行くためには努力が必要。ファンクラブに複数入会し、その上で、どうすれば、特にオーラス(ツアーの最終公演)のチケットを入手できるかについて、過去の経験を含めて真剣に考えなくてはならなかった。チケットを譲った友達には、「ツヨポン(草なぎ剛)は好きだけど、ファンクラブに入ることは、節度のある大人としては恥ずかしい。人として終わり。堕落の道」といわれた。狂った人にはなりたくないという意味だ。

その後、嵐が国民的アイドル第二号となった。ファンクラブの会員数は累計でおよそ300万。有効会員数は140万といわれる。チケットはますます入手しづらくなった。チケットの転売禁止を抑制する入場時の本人確認(写真入り身分証明書、住民票などで実施)は必須となり、ファンクラブに入会しなければ「本人、本物にあうスタートライン」にも、たてなくなった。こうした状況は「推す」ことへの躊躇にもつながる。「応援しても直接的なメリットを感じづらい。コスパが悪い」「様々なコストをかけても、チケットとりなどうまくいくかはわからない、だからやめとく」等々。

しかしながら、2.5次元の舞台やミュージカル(アニメの2次元の世界を3次元の俳優が忠実に再現する)に出演するテレビでは見ることがほぼない若手俳優や地下アイドル、AKBグループによる気軽なリアルな接触(握手会など)が増えたことで、躊躇は減った。推しがファンと交流を持つことが一般的になったためか、プロ野球でも、試合後に活躍した選手がファンと握手をしたり、ときにはトークショーなどもするようになった。

本人、本物といったリアルとの関わりがもたらす何とも言えない満足感や気分の高揚、その後の「SNS」による推しから丁寧なフォロー、そして推し仲間との語らい(語らいをのぞくだけを含む)が、「推しとの暮らし」をより楽しいものとした。たとえ、苦しくても、推しのための日々の努力は当たり前とする人たちは、一定程度存在するものの、気楽に楽しめる「推しのいる生活」がさらに拡大した。

 


推しに会えなくて失ったものは、推しがカバーする


 

新型コロナウイルス感染拡大は、ファンが最も重視する推しとの大切な「リアル」な関わりに大きな影響を与えた。3月半ばからは、あいつぐ延期と中止。チケットの多くは払い戻された。

「しようがない、けれども、しようがないとは思えない」「お金が返ってきてもねえ、それで済むことではない。代わりはない」とため息と喪失感に満ちた日々が続いた。気づいたことは「やっぱり会えるときに会うことが大切。たとえ現場(会場)が遠くても、多少の無理があっても優先すべき。推しは生活の糧だった・・大げさに言うと生きる意味が感じられていた」と、ファンたちがつぶやく。

公演等が中止となり、いわば仕事がなくなってしまった「推される側」もそのままではいない。新たにツイッターやインスタグラム、YouTubeでの配信をはじめる等、推しの気持ちの行き先を受け止めるために、ファンとのつながりを増やした。

推しに会えなくて失ったものは、推しがカバーする。元ジャニーズ事務所の赤西仁と錦戸亮がファンとのつながりのためにはじめたNO GOOD TVでは、日焼け止め、洗顔料、スニーカー、コミック、ランジェリーなどのマーケティングにも活用されている。番組内で紹介された日焼け止めを探しにいったが見つからなかった。正直悔しい。ファンにとっては、商品が欲しいのではなくて、推しが勧める商品が欲しい。推しを助けたいのだ。推しを中心とした消費はコロナのなかでも拡大していく。

夏になり、徐々にイベントの開催が限定的に開始された。50代の女性はこう話す。「ファンイベントに申し込んだらまさかのすべて当選。いくつかは自粛しました。映画館でライブビューイングも見てもあきらめきれず。仮にものすごく良席がきたら行こうと考えていたら、前から6列目がきてしまった。結果、フェイスシールドにマスクで大阪へ。イベントでは本人が出てきても声もあげず、ひたすら拍手。そこまでしても、楽しいものは楽しい。幸せな気持ちにつつまれた。行ってよかった」

「推しのために絶対に感染者をださない」「エンターテイメントを続けるためにも、感染者はださない」というファンと推しの強い責任感と連帯感のもと、いまもリアルなイベントやライブは開催し続けられている。

ライブ配信も増えた。これまでチケットが取れずに諦めていた公演も、オンタイムに、家で、そして、テレビ画面でみることができるようになった。嵐は2018~2019年まで5大ドームツアー(東京、大阪、名古屋、福岡、札幌)を行ったが、動員数は237万5000人。2020年11月3日に行われたたアラフェス2020(国立競技場での無観客ライブ)はファンクラブむけの第一部(3日間おおよそ100万人×3)と一般も含めた第二部が開催された。総視聴者は家族も含めて計1000万人以上とされる。音楽業界としては、新たな市場が生み出された。

 


推しへの愛は変わらず、そしてますますの繁栄へ



推しに使う時間とお金は、新たな形で「推し」に費やされている。2020年8月に株式会社ボードウォークが行った調査によると、緊急事態宣言がだされた自主期間中に「以前より頻度が上がった行動」として「アーティストによる無料動画配信の視聴」が最多で、「映画やテレビ番組の無料配信の視聴」「アーティストによる有料動画配信の視聴」と続き、「飲食店からのテイクアウト」を大きく上回ったという。たとえば、最近のオンラインライブのチケットには、チケットにプラスして別録したDVDがセット(例:チケットのみ5000円、DVD付き10000円)され、グッズも販売される。推し消費の対象は増えるばかりだ。

ファンのなかには、推しは「リアル(コンサートや舞台でみること)」がすべて。オンラインにはお金を出さない人もいる。だからといって、他の対象に消費をしているわけではない。リアル重視の地方に住む女性(公務員)は、4月以降の観劇等は泣く泣く自粛。周囲はお取り寄せ、テイクアウトなど食にお金をかけていたが、それも一切せず。

「何のために仕事をしているのか」と、無力な日々が続いたという。10月になってようやく観劇のために大阪へ。彼女はまちがっても感染しないという強い意識のもと、これまでのユースホステル泊をホテル泊とし、交通手段も夜行バスから飛行機へ。ファンたちは、「推しに会うための安全」にも消費の範囲を拡大させている。

プロスポーツに目を向けると、観戦者数の上限は段階別に増えているものの、「応援」は声を出さずに拍手だけで伝える形(打席に立つ選手ごとに拍手のパターンを変える)に変わり、オンラインでは好きな選手への投げ銭方式が採用されるなど、関与を高めるための工夫が凝らされている。

2020年は、市民権を得つつある「推し」への愛を試すかのように、新型コロナウイルス感染拡大という大きな、大きな出来事があった。

そのなかでも、推しへの愛は変わることはなく、ファンたちは、楽しみ方と消費の対象を変えて臨機応変に対応した。生活のなかでのプライオリティは、自己実現から自己満足へと移行している。
これからのウイズコロナの時代においても、新たな生活と銘打って、推しとのリアルな暮らしに、いくつかの制約があることは前提条件となるだろう。

しかしながら、お受験産業が少子化のなかでも子どもへの揺るぎない愛をもとに拡大しているように、「推しへの愛」も揺るぎがたく、暮らしのなかのエッセンシャルであることが改めて確認された。推しは、必需になっても、決して空気のような存在にはならない。推しへの強い愛をもとに、新たなリアルやデジタルを、誰に言われなくても自らが工夫のもと組み合わせ、常に先進的なものとして、未来へと発展をとげるだろう。

 

中塚  千恵  (なかつか  ちえ)
東京ガス株式会社で、生活研究、CSR、SDGsなどによるブランディング活動を行う。また、法政大学経営学大学院で学んだスポーツマーケティングを中心にエンターテイメントビジネスの研究を行っている。

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