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なんとなくワーケーションをやってみたら 人生が変わりました。

(こちらの記事は、マーケティングホライズン2021年4月号『なんとなく欲望の行方』に記載された内容です。)


ワーケーションは2020自分版流行語大賞


 

ワーケーションとは、観光地やリゾート地などに旅に出て、ワーク(仕事)とバケーション(休暇)を同時に行うというもの。個人的には、これこそが「2020自分版 流行語大賞」だと実感している。私はフリーランスのライター兼編集者なので、思えばこれまでも似たようなことをやっていた。

たとえば、バケーション先で原稿を書いてメールで出版社に送る、といった具合に。しかし、本当ならばやりたくないけれど、締め切りが迫っているから半ば強制的に仕事をしている、といった感が拭えなかった。

しかし、昨年から始めたワーケーションは一味も二味も違う。なぜなら、自発的に仕事と休暇を旅先で両立させている、そして、ワーケーションの場で生まれたコミュニティに積極的に参加している、さらには、そのコミュニティの仲間たちのサポートを受けて、スナックを開業する、という驚きの展開を迎えたからだ。

しかも、これらのプロセスは、タイトル通り、“なんとなく”というワードに導かれるように進んでいったのだ。昨年の今頃は、このような成り行きを全く予想していなかったので、人生とは先行き不透明ではあるが、面白いものだとつくづく思う。

 


住所を持たず、各地を転々とする若者達も増加中


 

さて、私がワーケーションを始めた経緯を記したい。LivingAnywhere Commons(LAC)という多拠点生活のサブスクリプション型プラットフォームがあり、実際にワーケーション施設がある静岡県下田市まで取材に行ったのがきっかけだ。LACは、同様のサブスクサービスのHafH、ADDressといったメジャーどころに次ぐ、第3勢力といってもいい。

使用料は、月額税込2万7,500円(光熱費、Wi-Fi込み)というリーズナブルな価格設定で、全国の拠点を使い放題。住居を持たず、各地の施設を転々とする“アドレスホッパー”も少なくないのだ。使用料が低価格ゆえに、20~30代の若いユーザーが圧倒的に多い。

LACへ取材に行った私は、“なんとなく”面白そうだと思い、サブスクサービスに登録した。自身の仕事で言えば、以前なら必ず対面で行っていた取材がZOOMでもOKだし、もちろん原稿はどこでも書ける。コロナ禍が背中を押した。当初は「このサービスを利用すれば、日本全国安く旅ができるぞ!」という安易な思いつきしかなかった。

 


なんとなく起業して、なんとなく会社を作ったら、人生が変わった!



しかし、その安易さは、思わぬ方向で実を結んだ。LACで出会った、我が子ぐらいの年齢の若者たちと仲良くなり、挙句の果てに「前からスナックをやりたかったんだけど、みんな手伝ってくれないかな?」と問いかけたところ、“いつメン”(いつものメンバー=その施設に集まっている常連ユーザー)がこぞって協力してくれたのだ。

いつメンも“なんとなく”この拠点に集まってきた人々。そして、“なんとなく”会社を立ち上げ、“なんとなく”起業した人が数人いる。中にはカップルになった男女も。彼らは20~30代の自営業者が中心(会社員もいる)で、私と同様に「1年前ならば想像もつかないような暮らしをしているが、今が本当に楽しい。人生が変わった」と声を揃える。

彼らはとんでもなくアクティブなタイプだと思われるだろうが、そうでもない。「ここに来るまで、自分が一体何をしていいかわからなかった」「取り立てて積極的な性格ではなかった」という。とはいえ引っ込み思案でもない、ごくごく普通の人々だ。性格的には、自由を愛し、ボヘミアン的な暮らしに憧れを持っていたタイプ。コロナ禍さえなければ、海外で暮らすことも考えていただろう。

ここがポイントだ。“自由を愛し、ボヘミアン的な生活を愛する”人々は、価値観が似ているので、何かコトを起こそうとした時の意思決定が早い。あっという間に会社を起こし、あっという間に自分たちでプロジェクトを作ってしまったのだから。具体的にどういう会社かというと、地域の課題解決のための“なんでも屋”的な会社であったり、町の魅力を発信するためのデジタルメディアのPRの会社であったり。

半面、“なんとなく”ノリで作った会社は、ちゃんと継続するのか?今はいいが、そのうち彼らはまた違う場所に行ってしまうのではないか?と危惧する人もいるだろう。それに関しては「正直、わからない」というしかない。続くものは続くだろうし、続かないものは続かない。今、若者たちの熱いムーブメントを、親世代の自分は静かに見守るだけだ。

 


従来のルールから解放されない人々のストレスが懸念される




コロナ禍で、私たちの生活環境は、「~せねばならない」から解放された。必ず会って打ち合わせをせねばならない、会社か自宅で仕事をせねばならない、といった常識から放たれた。もちろんエッセンシャルワーカーはその範疇にはいないし、仕事場所を自宅のみに限定されている会社員にとって、解放への道のりはまだまだ遠い。

今後は、従来の解放組と非解放組が極端に分かれていくのではないかと思う。懸念されるのは、解放されたいのに解放されず、ストレスが蓄積していく人々だ。地方にワーケーションに出てみたいが、会社が許してくれない。いつも自宅に縛られ、労働のモチベーションも生産性も落ちていく負のスパイラルに陥る可能性もある。

 


ボヘミアンでも定住者でもどちらでもいいという“ユルさ”が重要



前述のLACでカップルになった女性は、会社でワーケーションが許されていなかったが、地道に人事部を説得し、なんとか許容してもらうに至った。だから「うちの会社はダメだ……」と諦めるのは早い。もし少しでも興味があるのなら、お試し的にトライするサービスが、どのプラットフォームにもある。そこから、気軽に足を踏み入れるのもいい。今後プラットフォーム側も、より細かな需要に対応したサービスを提供してくると思われる。

私が望むのは……ボヘミアンはボヘミアン的に暮らしてもいいし、定住者は一つの場所に落ち着いて生活すればいい。どっちもアリだよね、という“ユルさ”が社会にあること。ユルさが生む、新たなコミュニティ、プロジェクト、事業 —— そこに価値を見出すことで、また一つ幸せが増えると、私は思う。

図表 《クリックして拡大》

 

東野 りか  (ひがしの りか)
フリーライター・エディター
ファッション誌の記者、出版社の編集者を経て、フリーライター・エディターとして独立。以降、女性誌、航空会社機内誌、ビジネス誌などで活動。現在は、自らのワーケーションルポ、企業のエグゼクティブ層のインタビューなどをメインに、ウェブや雑誌等で執筆と編集を行う。

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