「断酒」を経由して、「減酒」というスタイルへ

(こちらの記事は、マーケティングホライズン2021年6月号『アルコール・ダイバーシティ 』に記載された内容です。)

「卒アル」という言葉があるが、これは「アルコールを卒業する」という意味だ。体調管理のため、仕事のパフォーマンスのため、時間を好きに使うため。理由は様々だが、それまで楽しんでいた飲酒をやめるという人はそれなりに多い。卒アルしたわけではないのだが、一定期間の断酒を経て、以前とは比べ物にならないくらい飲酒量を減らしたケースをご紹介したい。株式会社quantumクリエイティブ担当執行役員の川下和彦さんにお話をうかがった。

 


お酒を飲み続けた20代、30代


 

─ 川下さんは元々、お酒を結構飲んでいたのでしょうか。

川下 学生時代からものすごく飲んでいましたね(笑)。先輩たちと連日のように飲みまくっていました。家系的にもアルコールにかなり強いようです。

─ その後、広告会社に入社されました。広告会社もやはりお酒を飲むイメージがありますが、いかがでしたか。

川下 入社してしばらくはマーケティングの部署にいたのですが、当時はそこまで飲まなかったですね。ただ、異動でPRの部署に移ってからは、生活が一気に変わりました。メディアの人たちとのお付き合いも多かったので、彼らと飲む機会がすごく多かったです。夜中まで飲んで、明け方の4時から仕事を再開するなんていうこともありました。今ではもちろんそんなスタイルはありえませんが、当時はそういうカルチャーだったんです。

─ 飲んでから仕事というのも、なかなかすごい話ですね。

川下 文字通り毎日飲んでいましたので、正直しんどいときもありましたね。ひどい二日酔いですごく後悔することもありました。

─ ということは頻度だけでなく、量も相当飲んでいたのでしょうか。

川下 量も半端ではなかったですね。僕はビールが好きなんですけれど、それこそ多いときには10杯くらい飲むこともありました。お店の人からは「ビールの樽が空いちゃったよ」と言われたり、周りからは「ビールくん」なんて呼ばれたりもしていました。

─ いつまでそういう生活を続けていたのでしょうか。

川下 40歳くらいまでですね。

─ その後、お酒との付き合い方が大きく変わることになりますが、何かきっかけがあったのですか。

川下 思うところがあって、お金の管理に向き合ってみることにしたんです。支出の記録を付けていくと、自分はこんなに無駄使いをしていたのかと気づくことになりました。やっているうちに節約ゲームをしているみたいな感覚になって、だんだん楽しくなっていきました。そうすると、それまで何も考えずに飲食していたものが、その支出を意識的に選択するようになったんです。すると食生活が改善されて、体重も自然と減っていきました。

─ お金の見直しをしていたら、生活全体の改善に繋がったというのは面白い話ですね。生活習慣のサイクルが、良い方向に回り出したということですね。

川下 そこで改めてお酒について考えてみると、お酒が原因で生活の色々なところにしわ寄せがいっているのではないかと思うようになりました。飲み過ぎれば、翌日は頭の回転が悪くなります。飲みの席が続けば、当然浪費も増えます。さらには暴飲暴食になりがちで、太ったり体調が悪くなったりもします。そうだとしたら、健全な暮らしの阻害要因となっているお酒を、思い切って見つめ直そうと考えるようになったんです。

─ それは何歳のときですか。

川下 43歳のときです。20代、30代のときは気力も体力も満ちていますから、多少乱れた生活をしても無理がききます。でも40代になってみると、ハイパフォーマンスでいられる時間は限られているということに気づきました。飲みに行くと、飲んでいる最中はもちろんとても楽しいのですが、家に帰ってからは他にもう何もできません。もっとやりたいことがあるのに、飲んでしまうとそれをできていないというが、とても気にかかるようになったのです。

 


「断酒」という大きなチャレンジ


 

─ それでお酒をやめることにしたわけですね。

川下 実はその前に、僕には失敗体験があります。断酒ではなく、一度に飲む量を減らそうと考えたんです。自分の中で「3杯ルール」というものをつくって、3杯までならば飲んでも良いということにしました。そこで飲むのを止めておけば、生活への悪影響もないだろうと思ったわけです。ところがこれはうまくいきませんでした。

─ なぜ失敗したのでしょうか。

川下 それまでみんなで一緒にお酒を楽しんでいたのに、3杯飲んだからといって一人だけ急に飲むのをやめるというのは、楽しい乗り物にブレーキをかけるみたいな感じでイマイチでした。僕にはそういう中途半端なやり方ではなく、むしろ「オール・オア・ナッシング」のほうが向いているなと思いました。そこで年始に誓いを立てて、お酒をやめることにしたんです。

─ それだけお酒を飲んでいた人がやめるというのは、かなり大変なことだったのではないでしょうか。

川下 確かにそうですよね。僕に限らず、お酒をやめるというのは色々なチャレンジの中でも難易度が高いものだと思います。ただ、家計の見直しをしたときに、小さな積み重ねを続けることで状況を改善できるという成功体験を積んでいました。だったらお酒でもそれが有効ではないかと思うことができました。そして、何日間連続で飲まなかったという記録を付けていたので、その連続記録を更新していくということが、自分自身の大きなモチベーションになりましたね。

─ 実際にお酒をやめてみると、どのように変わりましたか。

川下 圧倒的に自分の時間が増えましたね。本をたくさん読めるようになって、それが自己研鑽に繋がっていきました。それに頭の回転も良くなって、かつ疲れにくいので、仕事のパフォーマンスも上がりました。

─ 一方で、それまでさんざん色々な人と飲んでいたでしょうから、飲みの誘いをどう断るかとか、飲みの席で酒なしでどう振る舞うかといった点は、難しくなかったですか。

川下 その点、フェイスブックには助けられました。お酒をやめるということをフェイスブックに書いたら、多くの知り合いがそれを認識してくれるようになったので、飲み会の誘いがかなり減りました。また、一緒に外食をしても「お酒、やめたんだよね」と言ってくれて、飲酒を勧められることも少なくなっていきました。まあ、中には「いいじゃん、ちょっとくらい」なんて言ってくる人もいましたが(笑)。

─ いわゆる「酒の席」で飲まなくなることで、どういう変化がありましたか。

川下 乾杯のときとか飲み会の最初の時間帯は、お互いにちょっと気をつかうことはありますね。ただ、彼らも飲み始めるともうこちらのことはあまり気にしなくなるんですよね。自分自身もノンアルコールビールでも全く問題がなかったので、「あれ?自分はひょっとしてビール好きなのではなく、炭酸好きなのかも?」と思ったりもしました。

─ では、つらいとか困ったことはまったくなかったのでしょうか。

川下 ちょっと悩ましいのは、だんだんお酒が入って周りが盛り上がっていく中で、自分だけがシラフのときの「テンションギャップ」ですね。みんなが「二軒目に行こう!」と言っているときに、自分は「もう十分話はできた。早く帰りたい」と思っていたりするわけです。ただ、僕も「飲んだ側」の気持ちがよくわかるので、まあ仕方ないと思っています。

─ 仲間との場ではなく、例えば取引先との食事などではどうでしたか。

川下 僕が飲んでいたことを知っている人たちは、「あれ?どうしたの?」とびっくりしますよね。冗談半分で「ノリが悪いなぁ」なんて、からかわれることもありました。

─ 他に何か宴席でのデメリットはありましたか。

川下 デメリットというわけではないですが、これまでたっぷりお酒を飲んでお店にお金を払ってきたので、飲まないと売上に貢献できていない気になってしまいますね。ノンアルコールは選択肢が少ないことが多いですけれど、もっと高いお茶でも置いてくれないかなと思っていました。

 


人間関係とお酒の微妙な関係



─ スムーズにお酒をやめた川下さんですが、実はその後、再びお酒を飲むようになったんですよね。

川下 そうなんです。お酒を完全に断っていた期間は、およそ半年程度です。

─ せっかくやめたお酒を再び飲むようになったきっかけは何だったのでしょうか。

川下 たまたま海外に行く機会があったのですが、その際に友人と会ってお酒を飲みました。海外だから治外法権でいいかな、なんて思ったんです。久しぶりに飲むと、やっぱりこれはこれでいいものだなと改めて思いました。ただ、さすがに久しぶりすぎて、かなり弱くなっていましたけれども。

─ 現在はどれくらいの頻度で飲んでいるのでしょうか。

川下 平均すると、週に1回飲むか飲まないかという程度です。僕は基本的に家では飲まないので、誰かと食事をするときにお酒を飲む感じですね。

─ よくその程度の回数でおさまっていますね。リバウンドではないですが、お酒好きであれば元に戻ってもおかしくないと思います。

川下 コロナのせいで外食の機会が減っているから、このペースを保てているという側面はあると思います。それに、昔のように外的な強制力もないですし、長らくやめていたので誘いの数もずいぶん減ったということもあります。自分にとっては、今くらいのペースがちょうどいいかなと感じています。

─ 「飲みニケーション」という言葉があるように、お酒には人間関係を円滑にする力もあると思いますが、川下さんはどう考えていますか。

川下 僕は社内の人間関係を良くするためにお酒が必要だとは思っていません。もちろん同僚と飲みに行くことは楽しいですし、大きな仕事が終わったときに達成感をともに味わうこともいいでしょう。ただ、密に仕事をする社内の人間とは、普段の業務の中できちんと信頼関係をつくっていくべきだと思います。若手の本音を引き出すとか、誰かを懐柔するとか、お酒を使ってそんなことをする必要はないのではないでしょうか。日々の会話を積み重ねていくことが大事だと考えています。

─ 社内ではあまり必要性は感じないということですが、取引先など社外とはどうでしょうか。

川下 まだ距離を縮められていない社外の人と仲良くなりたいときに、お酒の力を借りるということは、僕にも確かにありますね。打ち合わせだけではまだ緊張感のある相手とでも、コミュニケーションの入り口にお酒があるとそれをほぐしてくれて、深い話ができるようになるということは実際にあります。お酒にはそういう価値が存在しますね。

─ 面白いですね。一般的には、社内も社外も「飲みニケーション」としてまとめて語られがちだと思いますが、川下さんにとってはそれが効果を発揮するのは社外の人との間で、なのですね。

川下 そうなんです。なので、取引先との交流のためにお酒を伴わないランチ会のようなことは、実は苦手だったりします。緊張感がある中で、「食べる」と「コミュニケーション」を同時に行わなくてはならないからです。だったら、普通に会議の席のほうがいいなと感じます。

─ お酒とコミュニケーション、面白いテーマですね。本日はありがとうございました。


(インタビュアー : 子安 大輔  本誌編集委員)

川下 和彦(かわした かずひこ)
株式会社quantum クリエイティブ担当執行役員
2000年総合広告会社入社。マーケティング、PR、広告制作など、多岐にわたるクリエイティブ業務を経験。2017年春より新規事業開発組織「quantum(クオンタム)」に参画。クリエイティブ統括役員として、広告創造技術を応用し、「発想」から「実装」までパートナー企業との事業創造に取り組む。著書には『コネ持ち父さん コネなし父さん』(ディスカヴァー・トゥエンティワン)、たむらようこ氏との共著『がんばらない戦略』(アスコム)などがある。【写真右】

このアイテムを評価
(0 件の投票)
コメントするにはログインしてください。
トップに戻る