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マーケティングを一から捉え直す時機

(こちらの記事は、マーケティングホライズン2022年1月号『わたし的マーケティング論』に記載された内容です。)

かつてマーケティングは、日本で配給論として教えられたという。時代が変わればマーケティングの意義や捉え方、そして内容は大きく変わる。

パンデミックが既存の問題を一層浮かび上がらせ、埋もれていたソリューションの実装を加速するなど、大きな転換期であり、多くの企業が変革に迫られているいまこそマーケティングを一から捉え直す時機ではなかろうか。捉え直し方は色々とあるだろうが、要諦となる1)何のため、2)何をする、の二点から考えてみたい。

 


何のためのマーケティングか?


 

多くの場合、マーケティングは企業・組織の業績を上げるために行われているのが実情だろう。表向きはキレイに見せていても、本音では、目標必達!数字をあげよ!という企業は多い。結果として、顧客は歩く財布、彼らをカモにせよ、といった行動をとる組織は珍しくない。日本を代表するような名のある企業での事件は、その企業での特異現象と片付けるよりも、程度の差こそあれ多くの会社で起こっていると考えた方がよいかもしれない。果たしてそのままでよいのだろうか?

ある大企業での議論で、顧客のためにと考えた提案に、経営トップは顧客の囲い込みを強調し、囲い込み発想から進化することを示唆したコンサルタントの言をやり過ごしたとか。つまり、事業者の都合のよいように顧客を利用/コントロール/マニピュレートしたい、そのためのマーケティングと考えているのが一部の実態かもしれない。

また、目前の業績のためには、長期的なブランドの発展とはやや異なる路線の活動をしている例も見受けられる。一部の選挙は分かりやすい実例だが、企業もそう思われる例は少なくない。

そもそも、パーパスやSDGsが企業の重要テーマとなっているいま、このようなマーケティングのままでよいわけがない。社会を地球をよくすることを掲げるなら、単に業績のためのマーケティングでは違和感が生じる。世のため人のためにと言っておいて、それとはズレた活動では、周りからも見透かされる。

そんなマーケティングは、長期的に顧客・市場の共感を得られないだろう。すると、ファン層を育むことは難しく、ブランドは育たず、本来の意味での企業価値の実現が叶わなくなる。

また、世界で、特に日本で、人材の重要性が増す。エゴイスティックなマーケティングに染まっていては、優れた人材がその企業に入りたいと思い、入ってからヤル気を出す、そんな企業にはなれないだろう。

一方で、すでにパーパスを持ち、顧客のため、そして世のため人のために努力している企業もあり、ファンがいる。もっとも、そういう企業がマーケティングに長けているとは限らない。そうしたオーセンティックな企業にマーケティングの力が相まったとき、未来が開ける。そんな時代になりつつある。

ピーター・ドラッカー氏の『経営者に贈る5つの質問』、つまり「われわれのミッションは何か」「われわれの顧客は誰か」「顧客にとっての価値は何か」「われわれにとっての成果は何か」「われわれの計画は何か」は、マーケティング的な考えとも言われているが、いま一度、基本に立ち返って、企業とその活動のあり方を問い直してはいかがだろう。すると、何のためのマーケティングか、自ずと明らかになるだろう。

 


マーケティングで何をするのか?



“Marketing is Everything”、つまり「マーケティングがすべての仕事であり、マーケティングがすべてであり、すべてがマーケティングである」と唱えたのは、アップルなどの支援で知られるハイテク・マーケティングの先駆者レジス・マッケンナ氏だが、マーケティングは企業全体の活動であるのは論を待たない。

また、ブランドやパーパスについて「360度」がますます大切になっている。つまり、様々なメディアや接点を通してその企業に触れる顧客や外部からどう認識されるかが問われ、ともするとバラバラのメッセージとなり、歪んだ企業像となりかねない。

さて、今の日本企業はマーケティングで何をしているのか?マッケンナ氏の論とは逆の、fragmentation=バラバラに陥っている企業は多い。一つの社内でブランドが個別独立し、組織横断的な活動が不十分なのはよくある話だが、もっとバラバラに、個別の商品ごとの施策、さらに個別の施策ごとの、狭い視野に閉じてはいないか。

それどころか、いまや個別の企業ごとの視点では不十分となっている。例えば、大転換に直面する自動車産業は、fragmentationから脱却し、大きな、そして新しい視野がなければ生き残れないことを示している。こうした激変が、様々な分野で起こることは容易に想像できよう。

また、技術革新などの革命的な変化を背景に、新たな事業・産業の創造が期待されている。筆者は、それを目指すスタートアップ企業のアドバイスをすることが多いが、必ずしもオンリーワンはお勧めしない。顧客・市場の創造を一社で担うのは荷が重いことが多い。競合する企業があってこそ、マーケット・エデュケーションなどを含む市場の創造と育成が進展するからだ。明太子のふくやの創業者が他社に製法を教え、市場が形成されたのは、古いが分かりやすい例だろう。

そして、一社単独でなく他社とのつながりにより、できること、そしてポテンシャルは飛躍的に向上できる。特にスタートアップでは重要なことだが、いまや大企業でもその上手下手で将来の姿は大きく変わるだろう。

つまり、ミクロな視点でなく、ビッグピクチャーを描き、個別の商品や自社を超えたエコシステム(生態系)で発想するマーケティングが求められる。

これは容易ではなく、これまでのマーケティングからの転換と言ってもいいが、実はすでに人々が感じていることでもある。例えば、風情ある京都の街並み。経済合理性や各オーナーの事情・都合により、趣ある建物やお寺が減ることが避けられないという。既に、マンションなどに姿を変えた古民家に、寂しいな、このままでいいのか、と感じている人々は少なくない。こうした課題には、ビッグピクチャーを描いたエコシステム・マーケティングが不可欠だと、直感的に人々は思っているのではなかろうか。

顧客を、市場を、社会を、理解し、考えて、行動する。つながり、関係をつくり、互いに育む。未来をつくっていくために、こうした基本を培い、行動していきたいものだ。

 

本荘 修二(ほんじょう しゅうじ)
本荘事務所 代表/多摩大学大学院経営情報学研究科(MBA) 客員教授
新事業を中心に、イノベーションやマーケティングなどの経営コンサルティングを手掛ける。日米の大企業、ベンチャー企業、投資会社などのアドバイザーや社外役員を務める。500 Global、始動ネクストイノベーター、福岡県他のメンターを務め、起業家育成、 コミュニティづくりに取り組む。監訳書に「ザッポス伝説」「ザッポス伝説2.0」がある。

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