低成長時代のマーケティング:自己満足消費について

(こちらの記事は、マーケティングホライズン2022年1月号『わたし的マーケティング論』に記載された内容です。)


カテゴリーの変更


 

毎回恐縮だが、私の推しのことを書こうと思う。2019年9月末に彼はジャニーズ事務所をやめた。15周年のツアーのラストの日、関ジャニ∞のメンバーとしての最後の日、東京ドームでアリーナ席に座れたのは、自分自身のあらゆる努力とそれを超えた運に感謝している。

彼はやめてからあっという間にファンの前に現れた。半年は公にはでてこないだろうと思っていただけに、大きな喜びとなった。アルバム発売、ライブハウスツアー等々、止まることなく、彼は私たちに会う機会を提供してくれた。

ただし、デジタルチケットなど、これまでとは違うシステムも導入され、戸惑うことも多かった。ライブでは、サポートバンドメンバーから、ミュージシャンのライブの楽しみ方などをご教示いただくなど、「うちわとペンライトのジャニオタって、違和感のある存在なんだ」とあらためて実感した。

その一方で、バカにしないでと思ったりもした。あくまでも、サポートメンバーに対しての感情である(ごめんなさい)。サービス提供側から、アイドルではなくミュージシャンのファンに所属カテゴリーの変更を言い渡されたともいえる。

 


推しとの生活


 

私の推しは、新型コロナウイルス感染が拡大しても、万全の対策を行って、ライブやファンの集いを行い続けた。テレビにはでないものの、毎週のようにYouTubeの番組にも登場した。

彼がファンと交流することに、こんなにも熱心だとは、かつてグループに所属していた頃に感じたことは正直あまりなかった。顧客の満足度向上の取り組みは続く。本物に会えるのは楽しい。グッズも様々なものが登場した。

会場でも、通販でも販売される。特に欲しくなくても、多少高くても、本人が勧めれば過保護に買ってしまうファンたち。ライブに行くことや、グッズを買って応援することは、「推しへの愛」を示すための自己満足消費である。時に無駄遣いと呼ばれ、家が片付かない原因にもなる。

 


低成長時代を支える自己満足消費



マーケティングでは、顧客のニーズを発掘しそれを満たす商品やサービスを適切な接点と適切な価格で提供することが重要とされる。ファンが喜ぶものを考えてグッズは作られているようだが、ファンは推しが喜ぶと思っても買う。自己満足消費は、提供側と購買側の立場が通常の消費とは異なっている。≒に近い。

低成長時代の自己満足消費どう維持されるのか。維持にあたって重要なのは、買わなくてはならない、買うべきであるという気持ちにさせることである。そのためには継続的な刺激が重要となる。刺激の種類を変えたり、緩急を持たせたりすることが重要だ。

私の推しがいたグループは、彼が去った後はグループとしての団結感を強くPRをする。何人かのメンバーは抜けちゃったけど、負けずにファンもいっしょに頑張ろうと鼓舞する。「方向性の共有」と「具体的な行動(ファンの意見を活動に取り入れる)」は、応援を加速させ、推しのための消費、つまり、自己満足消費を生み出す。お金に糸目はつけない。たとえば、「次はドーム公演という目標」を共有すれば、いっしょに一喜一憂ができる。

ファンは神であるが、推しもまたファンにとっては神である。神のためになんとかしようという刺激をどう与えるかが、自己満足消費の鍵である。プロ野球の日本ハムの監督・新庄(剛志)監督は、スポーツマーケティングの観点からいうと、新商品の投入ではあるが、プロ野球の全ファンの大きな刺激となったのではないか。

彼への注目は野球ファンのすそ野さえ拡大しそうである。野球のルールがわからない、興味がないと発言する人でさえも、新庄監督には注目する。「風の時代になったからこそ、ああいう人が受け入れられるようになった」と話す。監督になって、彼の本来の考えが見えてきたように思えるが、いずれにせよ、新庄監督を見に行くことから、日本ハムファイターズに対する自己満足消費も登場しそうだ。

 


私が考えるマーケティング



自己満足消費は、いわゆる「まれな消費」である。一般的な消費とは言い難い。低成長時代に消費者が自らすすんでお財布を開くマーケターからみた場合には貴重な消費である。

本誌のなかで、沼消費を扱ったときには、「推し」という言葉が一般的になるとは思ってもいなかった。若者には推しがいることは珍しくなく、「推しがいてうらやましい」とさえ言われるようにもなっている。

推しの対象は「人」とは限らない。今後も、マズローの欲求5段階説のなかの自己表現欲求を超えた、承認を多く求めない自己満足消費は生活者の心を揺さぶるものとして増えていく。多様性が重視される時代だからこそ、それぞれの個性と受容され、自己満足消費は拡大する。

商品やサービスは「コモディティ」と「そうでないもの」により極端にわかれていくだろう。コモディティ以外の商品やサービスは、刺激をもとに自らお財布を開く、自己満足的な消費をしてもらうことが重要となる。求められるのはやはり刺激だ。生活者に刺激を与えるためには、生活と生活者を知るしかない。

昔から実施することは大きくはかわらない。丁寧に生活者を知り、戦略を磨くことこそが、企業としての目的である消費の拡大につながるのではないか。昨日、推しのために大阪に行った。1年に何度も会えるのは間違いなく良いことであるが、ルーティンにもなっている気がする。会えなくても、心を揺さぶるような刺激が欲しいと感じる贅沢な感覚がいまある。次の戦略と刺激を期待したい。

 

中塚 千恵(なかつか ちえ)
日本女子大学文学部卒業、東京ガス株式会社入社。同社都市生活研究所で、約20年間、食、住まい、入浴、単身者、富裕層などのライフスタイル研究を行う。並行して、法政大学経営学大学院でマーケティングを学び、法政大学スポーツ健康学部では、スポーツマーケティング論を担当した。現在は、CSR、環境、コンプライアンス部門を経て、東京ガス広報部広告GM。著作に「できる人の書斎術」(新潮社)など。

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