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私のマーケティング論:Do-ingとBe-ing

(こちらの記事は、マーケティングホライズン2022年1月号『わたし的マーケティング論』に記載された内容です。)

マーケティングは企業活動にとってどのようにエッセンシャルなのか?2020年からスタートしたパンデミックは、企業の業態をエッセンシャルとノンエッセンシャルに分けた。国際往来もエッセンシャルトラベルか、ノンエッセンシャルかで区別された。労働者も同様である。筆者が住むシンガポールや隣国のマレーシアではこの区分が日本よりはるかに明確にされ、ロックダウン下ではエッセンシャルと分類された企業だけが現場での操業、オフィスや工場への通勤を認められた。

医療、小売り、公共サービス等の現場で働く人たちはライフラインを支えるという意味でエッセンシャルワーカーと呼ばれ、注目が集まり、待遇の改善も図られた。まさに、事業やビジネスの存在必要性が、“生存するための、生活をしていくための”という非常にベーシックでシンプルな観点、マズローの欲求5段階説でいうところの第一・第二階層、生理的欲求と安全欲求という視点のみから、浮き彫りになったことを実感した。

生活に無くてはならないものと、そうで(も)ないもの、が区分される中、私は以下の問いを自分自身に投げかけた。“マーケティングは企業活動にとって、どのようにエッセンシャルなのか?”

 


Do-ingに注力する企業


 

多くの企業に当たり前のようにマーケティング部門があり、マーケティング担当者がいる。CMOを置いている企業もある。そして、“市場をつくる”こと、“生活者が求めるものを創って届ける”こと、その戦略作りも含めて何をするか、つまり“Do-ing”に焦点があたっている。

また、マーケティング関連の書籍や研究も、売り方や戦略論、データドリブンマーケティングへの移行など、Do-ingを取り扱ったものがほとんどだと言っていいだろう。企業で実践される調査分析手法、商品/サービス開発、コンテンツマーケティング、デジタルマーケティング、マーケティングオートメーション等々、Do-ing はマーケティング活動そのものであり、同時に企業にとっては未来に向けた投資でもある。

そして投資はしばしば削減対象にもなる。また、パンデミックで、Do-ingの制限を余儀なくされた企業も多く、例えば店頭マーケティングが出来ない、サプライチェーンの分断により商品開発が中断する、など様々な影響が出た。これではエッセンシャルとは言い難い。

 


忘れ去られるBe-ing



さて、Do-ingのためには、活動をする我々自身が何者であるか、つまりBe-ingが明らかでなくてはいけないが、近年マーケティング活動のテクニカルな部分に関心が寄せられる一方、企業、ブランド、商品にとって、Be-ingへの焦点が忘れられることが多いように感じている。

例えば事業ポートフォリオのスクラップ&ビルド、商品ポートフォリオの入替、新規事業開発。これらの検討過程では市場性や利益性、社内経験値やリソースの有無などが議論されるが、企業自身が何者であり、何者になっていきたいのか、という観点からの議論がされることは比較的少ないのではないか。ほとんどのケースで、せいぜい企業/ブランドのビジョン、ミッションがお題目として確認される程度なのではないだろうか。

ここに、企業におけるエッセンシャルとしてのマーケティングがあると考えている。我々は何者で、何者になっていくのか?というBe-ing は企業の存在そのものであり、簡単に削られるようなものではない。

Be-ing を突き詰めていくときには、企業/ブランドの長所短所をすべて受容し、存在そのものを真に信頼することが必要で、これは意外に難易度が高い。例えばSWOTを眺めて、弱みを克服し、機会をとらえて強みを伸ばすこと。これはDo-ingの領域でである。Be-ing は弱みも含めて全てを受け止め、企業自身の素の姿を見つめて信じていくことに他ならない。自己を愛すること、と言っても良いかもしれない。

また、大事なことは、Be-ing のingの部分であり、自分が何者になっていきたいのか?という意思の進行形である。人も企業も変化に適応しながら生きていくという意味では自己認識も進行形で、現在の自己を受止めて愛しつつ、ありたい姿を描き続けなければならない。ビジョンやミッションのように一度作って5年、10年使うということではなく、変容する自己を確認しつつ、将来の自己を定めていくという継続的自己探索がBe-ing にはある。

 


Do-ing とBe-ingはマーケティングの両輪



言い換えれば、Do-ingは顧客起点、Be-ingは自分起点であり、これらが常にバランスを取りながら先に進んでいく、その推進力がマーケティングであり、企業活動のエッセンスであると考えている。マーケティングは顧客起点が基本であると言われているが、マーケティング主体である企業、事業、ブランドへの自己認識と自己受容なくして、顧客とは向き合えない。

自己不在のマーケティングは企業にとってエッセンシャルではなく、市場づくりの表面で小さな戦いを繰り広げているに過ぎない。夢いっぱい、理想に満ち溢れた企業ビジョンやブランドビジョンも良いが、不完全な自己、傷つきやすい自己も含めて、それでも前に向かって顧客に価値を届けようとする、そんな本当の自己と向き合える時、また違った顧客との対話が開けてくるのではないだろうか。自己を受入れて信じること、Be-ingへ改めて目を向け、マーケティングを見つめなおしたいものである。


松風 里栄子(しょうふう りえこ)
株式会社センシングアジア 代表取締役
博報堂コーポレートデザイン部部長、その後博報堂コンサルティング 執行役員、エグゼクティブマネジャーを経て、2014 年、アジアへの海外進出支援を行う、センシングアジア創業。海外市場参入時の事業戦略・事業計画・マーケティング戦略と実行支援、コーポレートブランド戦略、CMO、マーケティング組織改革、M&A、ターンアラウンドにおけるブランド・事業戦略構築、新規事業開発で多くのコンサルティング実績を持つ。2016年、ポッカサッポロフード&ビバレッジ参画、2018年よりPokka Pte LtdのグループCEO兼務となり、現在、シンガポール在住。

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