学びの主導権を取り戻す大人たち:大人の学びのいま・未来

(こちらの記事は、マーケティングホライズン2022年7月号『時間と距離を越える学びの未来』に記載された内容です。)


「学ばない日本人」のその後


 

パンデミック前の2018年、リクルートワークス研究所では『どうすれば人は学ぶのか』というレポートをリリースした。約5万人に対する調査(全国就業実態パネル調査)の結果からは、雇用者のうち半数以上に上る51.1%がOJT、Off-JT、自己啓発そのいずれも「行なっていない」と回答したことが示されている。

国外に目を向けると、コロナ下でリモートワークが増え、アメリカではパンデミックと同時にオンライン講座のアクセス数は急激に増加した。我が国でも近年ワークライフバランスに対する意識の高まりが見られるようになってきているが、個人の学習行動はどのように変化しているのだろうか。

OJT、Off-JT、自己啓発の別に6年間の学び行動の変化をみたものが図表1だ。

 

図表1:OJT、Off-JT、自己啓発の6年間の変化

出典:全国約5万人の同一個人の就業などの実態を毎年追跡した調査
https://www.works-i.com/surveys/panel_surveys.html
注:ウエイトバック集計を行っている。

 

これによると、コロナ下の2020年にはOJT、Off-JT、自己啓発のすべての学習行動が減少している。2021年にやや回復が見られるものの、パンデミック前の2019年ほどには回復していない。つまり、平均値を見る限り、「学ばない日本人」の状況はその後も変わっていない。

このように学習行動をしていない個人が一定数存在していることを示すデータがある一方で、一部のオンライン学習コンテンツプロバイダや社会人大学院では、「社会人の学びなおし行動が増加している」との報告も見られている。

オンライン学習サービスを運営するSchooが公開しているデータでは、2019年時点には約43万人だった会員が、2021年には約70万人に増加していること、特にコロナ下においてはビジネススキルとしてのコミュニケーションに焦点をあてた講座の人気が高まっていることを示している。

こうした状況からは、図表1から見える「平均値」では伺い知ることができない、学び行動をしている人と学び行動をしていない人の差が広がっていると見ることもできるのではないだろうか。例えば、コロナ下では仕事以外の場面でもオンラインミーティングが普及し、以前は接点を持ちづらかった他者との出会いの機会が増加した人がいる。

その一方でテクノロジーの活用が進まない人たちについては、コロナ下では社会との断絶が起きていた可能性もあり、さらなる情報格差による成長機会の獲得格差が広がったと考えることもできるのではないだろうか。「学び」に取り残されたのは誰なのか、今後、丁寧に確認する必要があるだろう。

 


自主的な学習行動のカギは「アウトプット」と「共にやる」こと


 

大人の自主的な学習行動の鍵は何か。学んでいない大人に学校時代の「勉強」の記憶を尋ねると、楽しい記憶よりも「辛い」「大変」といった勉強嫌いに直結しそうな言葉が聞かれる。勉強は学校でやるものだ、という認識もまだまだ根強く、職種にもよるが、仕事と学びが直接的につながらないケースも多い。

さらに前述のレポートによると、将来のキャリアイメージが明確であること、仕事におけるスキルアップの必要性や方法が明確な場合には、仕事に関連する学習行動が起こりやすい。一方で、今のキャリアに必要な学びや将来のスキルアップのための道筋が見えない場合には、そもそも「何を学べばよいのか」わからず、学習行動は起こりにくい。

仕事と学びのつながりの歴史を見てみると、1990年代前半までは、仕事に必要なスキルは企業が考え、そのスキルを一斉に伝達できるよう組織内集合研修が開催されていた。1990年代後半から2000年代にかけては、e-learningが盛んになり、共通の内容について隙間時間を使って個人のペースで学ぶようになった。

その後、仕事がより複雑化し、一人ひとり異なる仕事の経験や専門性が重視される中、「全員参加の集合研修」は減少している。そうした中、2018年頃から強調されるようになってきたのが、パーソナライズドラーニングと言われる、個別化された学習経験だ。

パーソナライズドラーニングとは、個人が個人にあったタイミングで、個人のスキルや必要性にあわせて学習しやすい方法を選択できる、オーダーメイドの学習経験のことを意味する。

近年は、学習テクノロジーの進化に伴って、よりパーソナライズドラーニングを進めやすい環境が整ってきた。学習の目的や個人の学びやすさに応じて学び方は日々、多様化している。

一例をあげると、解説動画の視聴による個人学習やディスカッションが組み込まれた研修、プログラミングのように学んだことが使えるかどうか試しながらの学習の場、オンラインゲームを使って共同しながら進める学びなど、多様な学びの場が生まれている。

「ディスカッションがなく講義形式の学びであれば録画を倍速で視聴したい」というように自分の理解のペースにあわせて効率的に学びたいという個人のニーズも高まっているようだ。

そして、これら多様な学習経験は、学習行動とも関係する。図表2は、自主的な学習行動をしている人としていない人との間での「学習経験」の違いを分析したものだ。いずれの項目も学んでいる人のほうが、学んでいない人に比べてスコアが高い。

 

図表2:学習経験と自主的な学習行動の関係

《調査概要》
「キャリアと学びに関する調査」2022年3月大卒雇用者を対象としたインターネットモニター調査1,771s
《参照》
創造する大人の学びモデル~アウトプットからはじまる、学びのサイクル~
https://www.works-i.com/research/works-report/item/190329_learningvol2.pdf

 

学んでいる人は、①学んでよかったと思ったことがあり、②ディスカッションを通じて新たな考えを生む場や学んだことを役立てる機会などのアウトプットの場があり、③思考が途切れることがない研修に参加した経験があり、④継続して学び続ける仲間がいる。以下に詳しくみていこう。

 


アウトプットから始める学びのプロセス


 

旧来型のインプット中心の学びにとどまらない、アウトプットをはじめとする多様な学び方は個人の学習観を変えている。大学生や若手社会人、経営者に「あなたならではの学び方を教えてください」と聞いてみたところ、実に多様な回答が挙げられた。

・他の人に教える。それで自分の理解も深まる
・自分の考えやアイディアをプログラム化して実際に動かしてみる
・ワークショップで仲間と実験しながら学ぶ
・ライバルチームのデータを読み込み、自分たちと比較して、違いを知る
・新たなことを学ぶときは先にそれを使う場を想定する
・自分の体験をたまに整理し、行動を振り返って改善点を考える
・多国籍、他分野、幅広い年齢層の人たちと話す
・実際の体験を重視する。五感を使う 

これらの中には、以前なら学習とは呼ばなかったものも含まれており、学習そのものがかなり柔軟にとらえられていることがわかる。(1)アウトプットの機会をうまく使っている、(2)多様な他者からのフィードバックを重視する、(3)たまに立ち止まって自分に足りないことを考える「内観・俯瞰」をしている、(4)他者との相互作用を重視している、という4つの傾向・特徴が見られる。このプロセスを図にすると図表3のようになる。

 

図表3 アウトプットから始まる大人の学びモデル

 

アウトプット型の学びのプロセスでは、自分起点で何らかのアウトプットをすることで、他者からの多様なフィードバックが得られる。その後、そのフィードバックを既存の知識体系を編みなおしながら取り入れつつ問いを立て(アンラーニング)、新たなものを創り出していく。

こうしたアウトプットから始まる大人の学びモデルは、個人の興味や行動をベースに成立した、真に「パーソナライズド」な学びプロセスだ。いわゆるインプット型の勉強では、何をいつ教えるか、どう教えるか、といった主体は教える側にあるがアウトプット型の学びでは学びの主導権は常に個人が握っている。

 


省力化されるインプット型の学びの問題、消費される知識


 

アウトプットから始まる学びでは、学びは新たな知識を創り出すプロセスである。新たな知識を創り出すためには、先人たちがどのように考えてきたのか、インプットも学びのプロセスに埋め込まれる。ところが近年、このインプットにおける効率化や省力化が進むことの問題点も見えてきた。

一言でいうなら、「ググって調べて終わり」という状態のことだ。自分が思った疑問について効率よく「答え」を調べることは学習の入り口に過ぎず、学習ではない。にもかかわらず、情報を効率よくインプットし、構造化されたり深まったりすることがないまま、「答え」が得られたかのような錯覚をしてしまっているケースも見られる。

ネットで調べてわかる単純な解では、複雑化する社会の問題に対峙することは難しい。学習者もそのことに自覚的でないために「わかったつもり」になって、考えを深める必要もなく、新たなものを生み出すことも難しい。
自分なりの問いをアウトプットし、フィードバックを得ながら、道具としての情報を構造化したり、深めたりする。そうすることで新たな考えを生み出す、「知識の生産者」になることが新たな時代の学びとなるだろう。

 


学びの主導権を取り戻そう


 

元来人は学ぶ生き物だ。子どもの成長を見ていても、お母さんの近くに行きたいから歩くようになるし、友達と海を見に行きたいから自転車に乗れるようになる。ところが、いつどこで何をどう学ぶか、学習時間の枠組みや形式、評価の仕組みまでを用意されることによって、本来個人が持っていたはずの学びの主導権を他者に渡してきた。

大人の学びにおけるパーソナライズドラーニングの潮流は、個人の手に学びの主導権を取り戻す過程でもある。学びの主導権を取り戻せるかどうかは個人のアウトプットにかかっている。アウトプットと言っても、疑問を口に出してみる、自分の考えを書いてみたり、人に話してみるなど、最初は簡単でいい。他者からのフィードバックをもらいながら新たな知恵にしていけばよいのだから。

 

 

辰巳 哲子(たつみ さとこ)
株式会社リクルート
リクルートワークス研究所主任研究員
働くことと学ぶことのつながりをテーマに、キャリア教育や大人の学びを中心とした調査・研究をおこなう。研究レポートとして『分断されたキャリア教育をつなぐ。』『社会人の学習意欲を高める』『創造する大人の学びモデル』『働く×生き生きを科学する』を発行。2022年7月に『人が集まる意味を問いなおす』をリリース予定。博士(社会科学)。

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