マーケティングホライズン2022年10号

スタートアップ戦略を問う

巻頭論考

よく知らないことに、理解が浅いまま、あるいは知らないことを気がつかずに取り組んでいることはありませんか? 大企業の新事業やスタートアップ連携は、その最たる例かもしれません。では、その問題の構図、チャンスのありか、について考えてみましょう。

スタートアップ台頭とオープンイノベーション

技術革新など大きな変化の荒波が迫っています。世界に千社以上のユニコーン(企業価値10億ドル以上)と呼ばれる急成長のスタートアップが台頭し、既存企業を脅かしています。いわば(盛者必衰の)平家物語とゴールドラッシュが同時に起こっているような状況です。

これに対応するには、イノベーションと起業家精神が求められます。しかし、自社内だけでは限りがあり、オープンイノベーション、特にスタートアップとの連携が注目されています。
世界では大企業によるスタートアップとの連携が続々と行われており、規模の大きな投資や買収も珍しくありません。例えばウォルマートは、デジタル事業の中核として買収したスタートアップのチームに新戦略の推進を担わせています。

まだまだの日本大企業

大半の日本大企業の取り組みはまだまだです。いまだNIH(Not Invented Here)症候群、つまり自前主義から脱却できない組織は珍しくありません。これを乗り越えた企業でも、視野が限られている、戦略が不在/あいまい、の二点は問題です。
なぜ新事業に取り組むのか、目的、どういう山に登りたいのか、ビジョンやゴール、そしてどうやって山に登るのか、戦略が明らかな大企業はわずかです。変化が激しく、不確実で仮説メインゆえ、やりながら軌道修正することになりますが、ベースがなければ手の打ち様がありません。

こうした戦略を立てるには、情報・知識やそれに触発された世界観が肝要です。ところが、国内志向でグローバル視点が薄い企業が多く、既存事業の慣性に(無意識に)縛られている人だらけです。
近年、大企業によるスタートアップ・アクセラレーターやCVC(コーポレート・ベンチャー・キャピタル)が続々と生まれていますが、戦略性をあまり感じないものが大半です。大きな新事業をねらうと掲げていても、既存事業の感覚で理解できる範囲の活動にとどまっていたり、コンサルタントなど外部に頼りすぎている例もあります。

そもそも新事業は難しい

新事業はなかなかうまくいきません、というか失敗だらけです。しかも、歴史が長く確立した大企業の既存事業とは、何もかもが異なります。ところが、日本の大企業でこの難しさを理解している方は多くありません。
経験を積み、人のネットワークも培ったところで、異動する新事業担当の方々には、もったいないと感じます。既存事業の文化・論理に染まった、新事業/スタートアップの知識・経験が乏しい人ばかりでは、結果は期待できません。ちなみに、筆者の友人は米国シスコシステムズ社で10年以上スタートアップのM&A、それを含むコーポレート・デベロップメントを担っていました。

なぜスタートアップか?

なぜスタートアップに大企業は注目するのでしょう?
メガ・ファーマと呼ばれる製薬系大企業は、技術が進化し、製品開発コストが高騰する中、自社内だけでなく、スタートアップ群を研究開発リソースとして積極的に活用しています。
そして、近年は金融や小売など様々な分野で革新の荒波が押し寄せています。そこでは新たな技術による新製品開発にとどまらず、ビジネスモデルや業態の転換が起こりつつあります。
例えばトヨタは、ウーバーやグラブに大きな投資をし、シリコンバレーのイノベーションとつながるWoven Planet Groupを発足させました。世界の主要自動車メーカーもスタートアップ連携を進めています。自社だけで乗り切れるほど甘くはないとの危機感がそうさせています。

なぜグローバルか?

かつては日本発が海外市場に通用しましたが、むしろ日本市場に過剰適応した製品・サービスは海外市場に対応できないことが増えています。
またスタートアップは、量・質ともに海外が上回っています。量・・もちろん数は海外の方が圧倒的ですし、ユニコーンの数も桁違いで日本はお隣の韓国よりも少ない。質・・国内にも革新的なスタートアップはありますが、例えば米国は日本よりエッジが利いたテーマを追求する比率が高いとみられます。
言い換えれば、日本国内に囚われていては、チャンスを逃すことになりかねません。戦略を立てるには、グローバルな視点が欠かせません。

スタートアップ・エコシステム

スタートアップには、市場、資金、人、知などを有機的につないだエコシステム(生態系)が大きく作用し、規制や商慣習、社会構造なども影響します。ならばエコシステムが優れている市場で起業する、あるいは有望なスタートアップを探すのが得策でしょう。では、エコシステムによりどんな違いがあるのでしょう?

○市場 日本は大きな国内市場規模がありますが、革新的な製品やサービスがなかなか売れず、スタートアップとの取引をしたがらない企業が大半です。その上、市場の特殊性もあり他国への横展開にはつながり難い。
○経営資源 日本では人の流動性が低く、人材の獲得は容易ではありません。お金もかつてより改善したとはいえ、米国と比べ、エンジェル投資がごくわずかで、ベンチャーキャピタル投資も桁違いに少ない。
○ノウハウ スタートアップをやる側も、支援する側も、日本は層が薄く、学習や経験をシェアする機会が限られます。例えば米国には、舌を巻くようなノウハウや仕組みを持つベンチャーキャピタルもあります。
○つながり 筆者は米国500 Globalのアドバイザーを経験しましたが、つながり豊なエコシステムはうらやむばかりでした。また、日本では透明性が欠けており、経験の共有が乏しく、同じ様な過ちをスタートアップが繰り返しています。
○スケーラビリティ 日本は米国よりスタートアップの価値創造が小さい。米国はユニコーン600社を超え、上場後にもスケールを拡大し、成長企業の経験者が増え、ストックオプションを持つ社員や関係者を含む株主はより大きなキャピタルゲインを得ています。そこから、次なるスタートアップに人材とお金が回っていく好循環が形成されています。

多くの日本の大企業は蚊帳の外

ある日本の教授が、米国の方と話すと、なぜ日本の大企業は国内スタートアップを買収しないのかと不思議がられる、と言っていました。
米国では上場せずに買収されるスタートアップが圧倒的に多く、その累積経験と経験者数は相当なものです。前出のシスコシステムズで買収を担当した筆者の友人は、マイクロソフトなど他社の買収チームと交流し学び合っていました。こうして大企業もスタートアップ関連のエコシステムを形成していますが、日本企業のほとんどは蚊帳の外です。
その上、日本は大企業社会でありスタートアップの捉え方がズレていることがままあり、上手な付き合い方ができていないのが普通です。エコシステムと距離のある大企業が大多数ではないでしょうか。

先を走る日本大企業の存在

激変の時代に、大胆に挑んで未来をつくる、そのためにスタートアップとつながる、というのが本来の文脈でしょう。ところが、この文脈とズレている、それも無意識にそうなっていることもあります。
しかし決して日本企業ができないわけではありません。例えば、MS&ADインシュアランスグループホールディングスは、保険会社によるインシュアテックベンチャー企業への投資件数ランキング(2012年〜2021年計、アクセンチュア分析)で世界トップです。成果が分かるのはまだ先ですが、このように戦略的にグローバルに取り組むことは可能です。
また、CVC特化のメディア「Global Corporate Venturing」が世界の CVCトップ100人を表彰する「GCV Powerlist Award」で2021年は、ソフトバンク、ソニー、デンソー、ホンダ、MS&AD、楽天、TDK、トヨタ、Zホールディングスの日系グループから選ばれています。
そして大切なことは、未来をつくろうという姿勢であり、現状にとどまらない世界観でしょう。他社がやるからウチもでなく、自らの展望と戦略を持って新事業に挑み、スタートアップ連携を活かせば、突破口は開けるのではないでしょうか。

 

日本から海外に出る起業家たち

日本からシンガポールに移住してスタートアップに取り組む知人と話すと、日本というコミュニティの限界を感じます。
日本の大多数のスタートアップは日本国内を向いて日本語で仕事をしています。スタートアップのメジャーなイベントも、国際色が乏しく、日本語で行われているものが大半です。しかし、日本語圏に閉じているか、英語圏つまり国際的コミュニティにいるかの差異が、広がっています。
例えばWeb3について、日本語コミュニティでは日本の法規制・税制などについての議論が先に来がちで、もどかしい思いをすることが多く、日本で注目のテーマに偏りますが、英語コミュニティでは世界各地でホットな各種テーマについて前へ前へと議論されます。そして、国際的な人とエコシステムとのつながりにより、日本国内では得難いベネフィットや成長の可能性も広がります。法規制の問題だけでなく、起業家が海外に出るのは自然な流れでしょう。

 

本荘 修二(本條 修二)
本荘事務所 代表
多摩大学大学院客員教授

海外に出ることから始めよう

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