捨てているあるものを宝の山に!?

本号のテーマである「Do more with less〜あるもので工夫する〜」は、まさに日本のお家芸であり、最も日本文化的な要素にあふれている林業やその周辺にこそ、この最先端のイノベーションの考え方に十分に答えられる事例が豊富だ。

まず始めは、まさに「あるもので工夫する」の真骨頂で、捨てているあるものを宝の山に変えて見せた発想の転換力を示すNPO法人矢部川流域プロジェクトの事例である。


九州の有明海にそそぐ矢部川という川の流域は、様々な日本の建築用資材の生産拠点の宝庫として有名だった。


それは、八女杉材、手漉き和紙、立花町の竹炭、大木町の合鴨稲藁、柳川の有機イ草、柳川の貝殻漆喰、城島町のいぶし銀瓦などであり、昔は盛んに製造が行われていたが、新建材の導入により需要が落ち込みはじめ、現在では風前の灯となっている産業群である。


そんな中、柳川の田島貝灰工業所が生産している貝殻漆喰「生しっくい」は、有明海の赤貝・むき殻の廃棄物が原材料だが、時代の要請もあり元気だ。


赤貝が豊富なこの一帯には、当然その貝殻が廃棄物として残り、膨大な量のボタ山ができていた。有明海沿岸には、昔それらを利用してたくさんの漆喰工場があったが、合板やビニールクロスなどの出現で工場閉鎖が相次ぎ今では只一軒のみとなっている。


しかし、その一軒が製造している貝殻漆喰に現在注目が集まっている。セシウムの吸着性能だ。千葉県柏市自治会による放射能の一斉調査で外の家よりも格段に低い数値を記録した千葉県柏市放射能ホットスポットに建つ貝殻漆喰の家の数値(調査責任者の自治会長宅は高濃度のため家族全員が町田市に転居)のことが広まり、セシウムを99%吸着する建築用漆喰ボードを近畿大学が開発したニュースなどが重なり、漆喰が持つ空気清浄の可能性(有害物質を閉じ込める機能)が見直されてきたからだ。

 

しかも、この貝殻漆喰は製品化にあたり、接着剤などの化学物質は一切使用しておらず、銀杏草の海藻やスサに麻袋を使用しているようにそのツナギも完全に自然素材。化学物質からの有害物は全く出ない。そんなことが噂を呼びニーズが拡大し、平成27年10月には120袋、11月には160袋の出荷とその生産量を徐々に増やしている。


本来ならば捨て去られて文字通りのゴミの山であった赤貝の殻を、漆喰の材料として再生する工夫が新たな時代のニーズとマッチして需要を生んだ。


天然素材の家づくりというコンセプトの元でニーズを掘り起こし販売に結びつけたNPO法人矢部川流域プロジェクトでは、この貝殻漆喰とともに、合鴨農法で作った天然藁床などを使った「合鴨有機本畳」とこれも空気中の有害物質を吸着する杉のスリットパネル「できすぎくん」を天然素材の部屋づくり三種の神器として売り込んでいる。


もう一つの事例は、㈱夢木香が取り組んでいる木曽ヒノキを原材料とした消臭・芳香剤「檜水(ひすい)」である。


ヒノキにはこれまでも防虫効果や空気清浄効果があるといわれてきたが、科学的な検証が不十分であった。その不十分であった科学的検証(分子挙動の解析、除菌・消臭効果試験)を同社が徹底的に行ったことで、商品価値を高め、現在の課題を解決する新商品となり売上を伸ばしている。


 樹齢300年の天然の木曽ヒノキには多くの芳香成分を含み(αピネン、αテルピネオール、ガジノールなど)、それに天然水を用いた水蒸気蒸留法により精油と蒸留水を分離抽出し、天然100%の消臭・除菌・芳香剤として売り出したところ、海外からもオファーが来るように話題となった。


しかも、通常では建材として利用されず山で廃棄される枝を使用しているため、これまで捨て去られていたものに対しての新たな価値創出ともいえる。


木の精油成分は、香りのよい「くろもじ」等、天然の高級精油(アロマオイル)として重宝されていた。さらには、天然であることから人間にやさしいものとして最近需要が増えている。そのため、それを抽出する際に出る蒸留水も当然増えていくわけで、それ自体を商品にするために(株)夢木香では、名古屋大学工学部ナノテクノロジープラットフォームと組んで成分のエビディンスを十分に検証し、天然由来の消臭・除菌・芳香剤「檜水」としてのブランディングにも努めてきた。


その結果が本来メイン商品である精油を抽出する際に出た副産物利活用の成功なのである。


これら2つの商品に共通しているのは、効率化によって脇に追いやられてしまった昔ながらの天然素材が、増えつつある健康志向やオーガニック志向の世の中のニーズに合致しており、そのニーズが拡大していることと、日本の文化の象徴である肉や骨、皮などすべてが利用可能だった鯨や住宅建材、家具材料、小物材料、バイオマス発電とすべて活用できる樹木など、天然物には捨てるところがないという天からのありがたさである。


この日本文化的なもったいない精神は、まさにJugaad Innovation的であり、そのイノベーションを起こすヒントは、案外見落としがちなこれまでの日本文化の知恵の中に隠れているのかもしれないのである。

 

吉田 就彦(よしだなりひこ)
デジタルハリウッド大学大学院教授。
㈱ヒットコンテンツ研究所代表取締役社長。自ら「チェッカーズ」「だんご3兄弟」などのヒット作りに関わり、ネットベンチャー経営者を経て現職。「ヒット学」を提唱しヒットの研究を行っている。木の文化がこれからの日本の再生には必要との観点から、「一般社団法人木暮人倶楽部」の理事長にも就任。著書に「ヒット学~コンテンツ・ビジネスに学ぶ6つのヒット法則」、共著で「大ヒットの方程式~ソーシャルメディアのクチコミ効果を数式化する」などがある。

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