【暗黙知的要素が大きな鍵】ビッグデータの先には何があるのか

認知科学による開発
6年前からトヨタの販社で「WorldVision」という認知科学に基づいた、システムの運用とデータ解析の社会実験を行っている。

WorldVisionを導入した販社は過去最高益を出し続けている。解析量からするとビッグデータといってもいいが、要因も相関の意味性もはっきりしているから、それはビッグデータではないという方もいる。開発コンセプトは、社会から多くの暗黙知を呼び出し、暗黙知の本質を探ることなのでビッグデータ的ではない。


具体的には、車両やバリューチェーンなどの商品情報を、多画面映像を使った高度な認知科学的な情報に作り変え、顧客自身が簡単に記憶出来る営業支援ツールを開発し、その情報をKPI(経営重要指標)と連動させ、リアルタイムに解析し、組織単位、営業マン単位で、評価し経営予測できるシステムをつくった。


顧客は商品を認知しているのか
WorldVisionは、顧客は商品を認知したのか、それを記憶したのか、選択をしたのか、購買の意思決定をしたのか、といった営業プロセス情報を管理し、顧客が情報画面をいつ何回触ったのか、プレゼンの満足度は、といった構造化データを経営指標と連動させ、営業にフィードバックし、学習し、共有化するシステムだ。


このシステムの目的は3つある。1つ目は、顧客自身が商品情報を正確に記憶し、選択し、納得して購買できる環境を整備し、CSを向上すること。2つ目は、営業が成功した情報を構造化データに変え、解析し未来予測すること。3つ目は、営業の成功事例を組織全体で共有化する、非構造化データを解析し構築すること。


顧客は心から楽しんで購買しているか
プロ意識の強い営業に、説明は記憶ツールに任せて、あえて営業による商品説明を止めてもらい、逆に、顧客の質問や要望に丁寧に答えられるよう、傾聴態度を徹底して上げる、五感を研ぎ澄ます訓練をお願いした。


そんなバカなと思われるかもしれない。トヨタ販社の営業マンは雄弁さも強引さも、緩急持ち合わせた高度な説得力も身につけている。そんな最強の営業マンに商品説明をしないでほしいというオーダーを出した。


これには理由がある。瞬間的な販売力がいくら強くてもCSやEQには繋がらない。顧客の脳が喜んで購買する状況をサポートしたかどうかが、その後の本質的な信頼関係を生む。販売会社の多くは、継続的な信頼関係の醸成という問題点をまだ解決していないからだ。


商品を購買する時、人はなぜ迷うのか
WorldVisionの導入にあたり、本当に顧客が商品情報を記憶しているのかどうか、選択や意思決定ができるかどうかを、山口大学の脳外科の鈴木教授のチームに実験と検証をお願いした。


良質な記憶が形成されていないと、脳は迷い選択をすることができない。記憶し選択をするために集中している時の脳は、脳内では血流が活発になり、急激な糖代謝とヘモグロビン代謝が起きる。脳外では前頭連合野で30ヘルツのガンマ波が出る。光トポグラフィーでリアルタイムに実験検証した結果、WorldVisionを使うと集中力が高まることが確認された。


カタログの7倍の記憶力
さらに、記憶されている質と量と速さの比較実験を行った。紙カタログとWorldVisionがどの程度差異があるのかを調べた。結果は人により差があったが最低でも7倍の違いがでた。


つまりWorldVisionを使うと7分の1のコストで脳は記憶していることになる。記憶の質も量も高く、再現スピードも速い。一方、カタログはほとんど記憶されていなかった。文字は記憶の反復をしないと正確に記憶されない。大好きな本の最初の1ページすら正確に思い出せない理由がここにある。


アソシエイティブ・マトリクスという記憶メソッド
WorldVisionのコンテンツはアソシエイティブ・マトリクスというメソッドで構成している。全体観、詳細、客観性、先進性という4つのコンテンツが120秒づつ350シーンの多画面映像になっている。WorldVisionを見た顧客の脳には、全体が統合された正確な情報が記憶される。


営業マンは、顧客がどの情報に興味を持ち、どの情報に感動したかを観察し発見する。顧客の質問に懇切丁寧に答える。ただこれだけで、顧客の脳は、目の前に営業マンがいるにもかかわらず、あたかも素晴らしい情報を自分で発見したように感じる。


組織のイノベーションとはなにか
上位20%の強い営業マンほど独自の成功ノウハウを持ち、安定した売り上げが約束される。しかし、組織全体からみれば、残りの80%を少し向上させた方がイノベーションが簡単に起こせる。WorldVisionは80%の人が使うことをイメージしている。


では、なぜ上位20%成功事例の共有化ができないのか。「成功の秘訣を教えたくない」という理由を除けば、それが暗黙知に満ちていて複雑すぎるからだ。強い営業マンは心理学のメカニズムを心憎いまでに活用して、顧客を自在に動かしてしまう。


顧客もだまされた、というのでもなく引き込まれ、同調し、抵抗する気もなく見事に説得されてしまう。その細やかなエレメントは、鞄持ちをしながら時間をかけて技術を磨かないかぎり、座学で簡単に共有できるものではない。


暗黙知のデータ化と学習する組織
WorldVisionによる販売に成功した営業は、どのタイミングでWorldVisionというツールを使い、どういう言葉をかければ、顧客が選択をしたり、意思決定をしたかという顧客対応の暗黙知を持っている。


これらの膨大な情報を、解析し出来るだけ細かく形式知に変え、組織全体で共有する。さらに定期的なコンソーシアムで、これらの情報を全国の販社で共有している。このすべての成功事例を営業マンは時と場所を選ばず自己学習できる。


このデータ解析により、営業マンは顧客の「商品を認知する喜び」の意味がわかり、多くの人が自信を取り戻すことができた。さらに成功の暗黙知を暗黙知のまま学ぶ、互学互習システムによる「学習する組織」を構築した。学び合う組織は人の信頼感を成長させる。


信頼関係が未来予測の鍵
少子化成熟化社会は、形ある商品より形がない商品に向かっている。保険金融商品や残価設定型ローンなど、バリューチェーンは可視化できない商品が多い。


これらの特徴は単純な安価や利便性だけでは差別化できないので、顧客と信頼関係のあるコミュニケーションが出来ないと販売が難しい。


情報化社会が進み、相対するダイレクトなコミュニケーションが減り、孤独な人が増えるほど、未来は真の信頼関係を求め、サプライズな感動を求め、正義やモラルを求める。


これからの情報解析や未来予測の進化には、かなりウエットで心理学的な暗黙知的要素が大きな鍵になるはずだ。それこそがビッグデータの先を紐解く道しるべである。

 





尾中  謙文  (おなか  あきふみ)
認知科学者
国内外の政府機関、大手企業の戦略立案、コンサルティングを行う。IOCモスクワ総会で2008北京オリンピック招致に成功。ダライラマ法王と「地球の未来への対話」のモデレーターを行う。WorldVisionを開発。
コロンビア大学客員教授、社団法人青山総合科學研究所  代表理事

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