dancyuが 「捨てられない雑誌」になるために

(こちらの記事は、マーケティングホライズン2018年5月号『緩やかな成長』に記載された内容です。)

「実体験主義」がdancyuのベース
dancyu(ダンチュウ)は1990年12月に創刊した。

この不思議な誌名は「男子厨房に入らず」を転じて、「男子も厨房に入ろう!」という意味から名付けられた(「男子厨房に入らず」も孟子の「君子厨房に近づかず」からの転用だが)。この誌名からもわかるように、当時は男性が料理をつくることはまだまだ一般的ではなかったし、80年代に始まった“グルメブーム”的現象が世に広まり始めた頃であった。


そのような状況でスタートしたdancyuは「クッキング」「店紹介」「蘊蓄(知識)」を三本柱とした。それまでも、レストランガイドブックやレシピ本は存在したが、これらを集約した雑誌はほぼなかった。


特に、レストランのシェフにレシピを教わるという、プロ向け専門誌的手法は、一般雑誌としては珍しかった。何より、これらを男性誌として打ち出したのは画期的であったと思う。このコンセプト、そして誌面づくりの基本的手法は創刊以来約28年間、変わっていない。


具体的には、毎月、その時季の旬の食材、あるいは“食いしん坊”が食べたくなるものを考え、特集テーマを決定する。そのテーマに合わせて、掲載候補の店や料理を習う料理人のリストを作成する。


このリストは、食に詳しい外部の方からの情報などを基にするが、必ず編集部のスタッフが実際にその店に食べに行って確かめて、掲載店や料理指導者を決定する。


「リサーチするときは名乗らないのですか?」と聞かれることも多いが、「dancyuですけど試食に行きますのでよろしくお願いします」などと言うわけがない。覆面取材をウリにしている媒体もあるが、それは基本中の基本で、あえてうたう必要はないと思う。


「掲載する店は味で決めるのですか?」とも聞かれるが、我々編集部は決してグルメ評論家ではない。読者の代表として実際に体験してくるだけ。普通に予約をして、飲み食いしてお金を払って帰って来る。


もちろん、味も判断要素のひとつではあるが、雰囲気やサービスなども含め、客として楽しめる店かどうか、が掲載基準。だから、どんなに信頼のおける人からの情報であっても、スタッフが実際に行ってみる。


クッキング記事についても、料理人に教わったレシピをそのまま掲載することはない。スタッフが実際につくってみて、疑問や不備があれば調整してレシピの精度、再現性を高める。これも食の雑誌としては当然のことだが。


こうした実体験主義がdancyuのベースであり、今でも読者の信頼を得るための唯一の手法であると信じている。これが約28年続けてこられた大きな理由であると思う。さらに、流行やトレンド、ブームにのらなかったこともある。


ブームにのるのではなく、「面白いか」が決め手
雑誌である以上、新しい情報を追うのは当然で、dancyuでも新しい店を紹介する。ただ、世間一般的なブームにそのままのることはしない。そのブームに対して、世の中の“食いしん坊”がどのように楽しめるか、面白がれるかを考えて、そのためにどのような企画がふさわしいかを練る。


その結果、敢えてそのテーマの記事は掲載しなかったり、世の中の動きとは乖離したテーマで特集を組むことがある。逆に、“食いしん坊”にとって面白い企画であれば、ブームや世間の動向に関係なく掲載する。


これは雑誌としてはリスキーな部分もあり、実際、売れ行きが伸びない号もある。ただ、こうした積み重ねが、読者の信頼を得る面もある。たとえば、2004年に「日本ワイン」特集を組んだが、正直、当時の反応は薄かった(ワインの造り手たちの反響は大きかったが)。

しかし、ここ数年の“日本ワインブーム”にあって、dancyuはいち早く紹介した先駆的存在として、読者からも造り手からも再認知された。雑誌は単独号の売れ行きが注目されがちだが(実際、我々も一喜一憂するが)、こうした取り組みが長期的な部数の向上につながる可能性が高い。


部数の増減を経てはいるが、dancyuがこれだけ長く続き、マーケットが年間1割近く縮小している今の雑誌業界にあって、部数を伸ばせているのは、こうした姿勢の結果ではないだろうか。


もちろん、出版社としては、当然ながら販売部数は多い方がいいに決まっているし、予算数値もある。ただ、次の号が売れることもさることながら、今後長年にわたってdancyuを買い続けてくれる“ファン”を少しでも増やすこと、そして「捨てられない雑誌」になることを常に考えている。


ターゲットは「食いしん坊」
そのために、より一層“食いしん坊”が面白がってくれる企画を掲載することを目指す。繰り返しになるが、dancyuの既存読者、そして我々がターゲットとしているのは、グルメでもグルマンでなく“食いしん坊”だ。


ちなみに、“食いしん坊”とは、300円の立ち食い蕎麦も3万円のフレンチも同じように楽しめる人、面白がれる人のことだと考えている。通常、雑誌は年代や性別でターゲットを決める。ただ、dancyuはそうした設定の仕方はしない方がいいと思う(一応は男性誌だが、実は女性の読者も多いという実態もある)。


年代や性別よりも「食のアクティブ層」を狙うべきだと。テーマにもよるが、年代性別に関係なく、食に関心を持つ、食を楽しみたいと思っている層がある(ここに“食いしん坊”がいる)。その層にいかに満足してもらえるかが、食の雑誌としての生命線だ。


2017年4月に編集長に就任した際に、こうした点をより強く打ち出すことにした。店紹介にしてもクッキング記事にしても、「情報の提供」ではなく、「食を楽しむための提案」を目指している。それまで、表紙にうたっているキャッチも「食こそエンターテインメント」から「『知る』はおいしい。」に変えた。


食がエンターテインメントであることは変わりないが、それはもう当然のベースになった。これからは、さらにちょっと「知る」ことで、より美味しく、より楽しくなることが食の喜びであることを提案していきたい。


dancyuプロジェクトとしては、これを実現していくために紙媒体に限らず、多角的なファンづくりが必要で、そのためにデジタルコンテンツも含めた具体的な展開を計画している。


紙媒体の限界を意識してデジタルにシフトしている出版社も多いが、dancyuに関して言えば、30年近くかけて築き上げた食雑誌としての信頼が基本になるはずだ。だから、デジタルへの展開を成功させるためには、紙媒体がより強くなければいけない。そのために、さらに“食いしん坊”を喜ばせる雑誌にならなければならないし、まだまだそのネタは尽きないと思っている。



植野  広生  (うえの  こうせい)
「dancyu」編集長
1962年、栃木県生まれ。法政大学法学部卒業後、新聞記者を経て、出版社で経済誌の編集を担当。その傍ら、「dancyu」「週刊文春」などで食の記事を手掛ける。2001年、プレジデント社に入社。以来「dancyu」の編集を担当、2017年4月に編集長に就任。

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