ラグビーとともに、酒とともに

(こちらの記事は、マーケティングホライズン2021年6月号『アルコール・ダイバーシティ』に記載された内容です。)

名門ラグビーチーム「東芝ブレイブルーパス」で長年活躍し、日本代表としても歴代トップの98試合もの出場を誇る、日本ラグビー界を代表する大野均さん(2020年に選手生活にピリオドを打ち、引退)。屈強な肉体を持ち、酒好きや酒豪が多いラガーマンの中でも、大野さんの飲みっぷりは有名だったようだ。他のスポーツ以上にお酒との縁の深いラグビー。大野均さんにラグビーについて、酒について、お話をうかがった。

 


ラグビーとの出会い、お酒との出会い


 

─ ラグビー選手にお話をうかがうのにメインとなるテーマが「お酒」というのも、少し変わった企画かもしれません。ただ、大野さんと言えばお酒好き、そして酒豪としてもよく知られています。これまでに、こうした取材を受けたことはありますか。

大野 有名なスポーツ雑誌に『Number』というものがあります。以前ラグビー特集で自分のことも取り上げていただいたのですが、その記事のタイトルが「大野均の酒と人」だったんですよね。「スポーツ誌なのに、キーワードがお酒でいいのかな?」とは思いましたけれども、記者の人がお酒好きだったせいもあって、飲みに行った話ばかりしていました(笑)。

─ そもそも大野さんはラグビーを始めたのが大学生からと、比較的遅めだったんですね。

大野 小学校から高校までずっと野球をやっていました。大学でも野球部に入るつもりだったのですが、入学直後にラグビー部の屈強な先輩に両脇をつかまれて、そのまま部室に連れて行かれたんです。毎日熱心に誘ってくださったので、まあ一回くらいはと思って練習を見に行きました。

─ 初めてラグビーの練習をご覧になっていかがでしたか。

大野 日大の工学部のチームでしたが、理系ということで研究やら実習やらを終えた先輩がグランド脇でさっと着替えて、練習に参加するんです。バシバシとタックルをしている様子を見たら、かっこいいなと感じました。グランド外でのチームの雰囲気も良くて、ラグビー部の先輩や仲間と飲んだ時間も大学時代の良い思い出です。そういう意味では、自分にとってはラグビーとの出会い、イコール、酒との出会いと言えるかもしれません。

─ お酒を飲むようになって、自分がお酒に強いということは実感しましたか。

大野 飲み会のときには、周りのみんながどんどん酔いつぶれていって、最後は自分が残っているというようなことが多かったです。それで、自分の酒の強さを徐々に認識するようになりましたね。

─ 大学を卒業後、ラグビーの名門である東芝のチームに入団されます。

大野 大学のキャンパスは福島県にありましたが、4年生のときに国体の福島県選抜に選ばれました。そのときのコーチが、繋がりのあった東芝に推薦してくれたのです。そして東京で行われている東芝の練習に参加できることになりました。ものすごく厳しい練習でしたし、実は練習の最中に肩を亜脱臼してしまったんですが、何とか最後まで必死で食らいついていきました。練習後には東芝の薫田(くんだ)コーチが「じゃあ、焼肉でも食べに行こう」と誘ってくださって、そこでもたくさん飲みましたね。そしてそのまま東芝にお世話になることになりました。

─ 入団後ですが、やはりお酒は結構飲んでいましたか。

大野 東芝はラグビーでも日本代表級の選手がたくさんいましたけれど、お酒も代表級がゴロゴロいましたね(笑)。ラグビー界では今でも、東芝のチームはお酒が強いことで有名です。よくお酒の強い人のことを「ザル」と言いますよね。ラグビー部のある先輩はザルどころか、「ワク」と呼ばれていました。ザルの網の目すらないという意味です。

─ 酒豪としても有名な大野さんですから、量も相当飲めるのではないかと思いますが、実際にどれくらい飲まれますか。

大野 何と言っても、お酒がそもそも好きですからね。ウイスキーやジンだと気付いたらボトル1本が空いてしまいますね。それでまだ飲み足りないから、日本酒やワインをさらに飲むなんていうこともあります。

─ それだけ飲んで酔っぱらいませんか。

大野 たまには記憶がないこともあります(笑)。でも、しっかり睡眠を取れば二日酔いにはなりませんね。

 


チームの結束を強めるお酒の力


 

─ チームのみんなでお酒を飲む機会というのは多かったのでしょうか。

大野 シーズンが始まると毎週試合がありますから、そういうときはみんなで飲むのは試合の後くらいですね。チームの地元に戻って、連絡を取り合って店に集まり、試合の反省をしながら飲むという感じです。

─ チーム全体ではなく、メンバーと個別に飲む機会も多かったのでしょうか。

大野 ラグビーではポジションごとの情報の共有がとても大切です。なので、例えば「プロップ」とか「バックスリー」というポジションごとに、「プロップ会」「バックスリー会」というものがあって、そのメンバーで飲みに行くということがちょこちょことあります。自分は「ロック」というポジションでしたが、ロック会では190センチ以上の男が6人とかで連れ立って飲みに行っていました。さすがに街中では目立ってしまいますから、下手な飲み方もできませんね。

─ では店に飲みに行くのではなく、家で飲む機会も多かったですか。

大野 自分の場合、練習をしていて夕方くらいになると、「今日の夜は何を飲もうかな」と考え始めていました。「日本酒とか焼酎の気分だから、帰りにスーパーで刺身を買って帰ろう」なんていう感じです。お酒を飲むという行為が、毎日のきつい練習を乗り越えるうえでの息抜きとか楽しみになっていました。試合の前の日以外は、大体飲んでいましたね。

─ 大野さんは日本代表でも98試合出場するなど、長らく活躍されました。代表チームとお酒の関係はいかがでしょう。

大野 代表チームは、最初は「個々の寄せ集め」ですから、なかなかスムーズな意思疎通がはかれません。昼間の練習でもできるだけコミュニケーションを取るようにしていましたが、夜に一緒に酒を飲むことで結束が固まっていくというようなことは確かにありましたね。

─ 代表選手との酒の席で、印象に残っている出来事はありますか。

大野 日本代表の遠征で、フランスの田舎に訪れたことがあります。宿舎に着いたときには、日本を出発してからすでに24時間ほど経っていました。移動でヘロヘロに疲れていましたし、時刻も真夜中の12時でしたから、さすがにその日はみんなそのまま寝るだろうと思っていました。ところが同じ部屋になった伊藤剛臣(たけおみ)さんから、「よし、今から飲み行くぞ」と言われたんです。そのときは、こういうタフな選手が長くプレーできるのだなと感心したのを覚えています。

─ 当然、中にはお酒を飲まない・飲めない選手もいますよね。

大野 もちろんいます。自分より体が大きいけれども、ビールをほんのちょっと飲んだだけで気持ち悪くなってしまう人もいました。そういう選手はもちろん酒ではない楽しみを見つけていましたね。ラグビー選手が全員酒好きとか強いというわけではありませんから。

 


「アフターマッチファンクション」という伝統



─ 他のスポーツに比べて、ラグビーはお酒と深い関係があるようです。具体的にはどのようなことがありますか。

大野 イギリスやニュージーランドなどラグビーが文化として定着している国のクラブハウスには、必ずバーが併設されています。そして、ラグビーでは「ノーサイド」といって、試合が終わればそこには敵も味方もないという考えがあります。試合後には軽食が用意されていて、そこで両チームがお酒を楽しみながら交流を深めるんです。これを「アフターマッチファンクション」と呼びます。ラグビーの世界では昔から、「アフターマッチファンクションまでがラグビー」という考えがあります。

─ アフターマッチファンクションで何か思い出に残っていることはありますか。

大野 オールブラックス(強豪国ニュージーランドの代表チーム)は、みな面白くて気配りもできるので、アフターマッチファンクションでも一緒に飲んでいて楽しいですね。今、サントリーでプレーしているボーデン・バレットという世界的な名プレイヤーがいます。彼もオールブラックスの一員として以前来日したことがありますが、そのとき試合では日本は完敗しました。けれども試合後のアフターマッチファンクションで、とても気さくに話しかけてくれたことを覚えていますね。

─ ラグビーの伝統国や強豪国以外でも、こうしたアフターマッチファンクションは存在するのでしょうか。

大野 かつてスリランカ代表と対戦したことがあります。試合では日本が80点くらい取って大差で勝利しました。ただ、アフターマッチファンクションでは「試合では負けたけれど、こっちでは負けないぞ」と言って、彼らはお酒をたくさん飲みながら盛り上げてくれましたね。最終的には日本は4、5人しかその場に残っていませんでしたが、スリランカは20人くらいいました。アフターマッチファンクションでは完敗でしたね(笑)。

─ お酒との付き合い方で、国民性の違いのようなものもあるのでしょうか。

大野 トンガ、フィジー、サモアなどのポリネシアやオセアニアの国々もラグビーの強豪です。トンガ人選手は日本のチームにもたくさん在籍しています。彼らは普段はシャイで無口な選手が多いんですが、お酒を飲むと人格が変わって饒舌になったりしますね。

─ ラガーマンならではのお酒の飲み方などあるものでしょうか。

大野 実はラグビー選手は必ずグラスを左手に持って飲むんです。右手で飲むことを「バッファロー」と言って、それはマナー違反とされています。

─ 初めて知りました。それはなぜですか。

大野 アフターマッチファンクションでは互いに握手をする機会も多いのですが、握手はたいてい右手同士で行います。もしも右手でグラスを持っていると、すぐに握手もできませんし、手が冷たかったり水滴が付いていたりもしかねません。それは失礼にあたるわけです。ですから左手にグラスを持ち、右手で握手をするというのが、ラグビーでは世界共通です。

─ それは面白いですね。ラグビー独特のアフターマッチファンクションというカルチャーですが、時代による変化はありますか。

大野 以前は日本のリーグでもアフターマッチファンクションはありましたが、今では行われていません。世界的にも減少傾向です。理由としては、選手の「アスリート化」が要因の一つにあると思います。トレーニング理論に基づけば、試合後はアルコールを飲むのではなく、体のリカバリーに努めるというのがセオリーでしょうから、それもやむを得ないことですね。個人的にはアフターマッチファンクションはとても好きですが、それがないことで選手のパフォーマンスが上がるのであれば、当然一理あることです。

 


ラグビーファンとお酒の深い関係



─ 選手に限らず、ラグビーファンにとっても、お酒はとても大切なものですよね。

大野 そうですね。ラグビーのワールドカップの開催期間には、サッカーと比べて6倍もビールが消費されると言われています。それくらい、ファンにとってもお酒は大切なものです。試合の前後には、みなさんパブで盛り上がっています。

─ 海外のラグビーファンとのエピソードなどありますか。

大野 自分は遠征などで海外に行った際に、一人で地元のパブに入ることもありました。そんなときに、地元のファンと一緒に飲んで仲良くなったこともありますね。その場で自分の着ていたジャージをプレゼントしたんですが、そうしたら後日、その人が日本代表の試合を応援に来てくれたなんていうこともありました。サッカーを悪く言うつもりはまったくないのですが、ラグビーの世界には、暴動を引き起こす「フーリガン」というのは存在しないんです。たとえライバルチームのファン同士であっても、試合後にはお互いの健闘を称え合います。

─ 2015年にイングランドで開催されたワールドカップでは大野さんも活躍されましたが、日本は強豪の南アフリカを破る歴史的な快挙を成し遂げました。試合後の雰囲気もすごかったのではないでしょうか。

大野 南ア戦の後には、すぐに正念場のスコットランド戦が控えていたので、チームで飲みには行ったりはしませんでした。そのスコットランド戦には敗れてしまいましたが、試合後にちょっと一杯引っ掛けるつもりでパブに飲みに行ったんです。日本代表のウェアを着ていたせいか、店の中のみんなが寄ってきて、「お前たちはあの日本代表だろ。南アとの試合はすごかった!おれがおごってやる!」のような感じで、結局20杯くらい飲まされましたね。中には南アのファンもいて、南アの国旗にサインを書くなんていう珍しい経験もしましたよ(笑)。

─ イングランドや南アのファンからも、日本のラグビーが認められたということですね。

大野 南ア戦の後に、日本人のファンがイングランドのパブに行ったら、日本人だというだけでお酒をおごってもらったという話を聞きました。それまでの大会では結果を出せていなくて、ファンの肩身も狭かったでしょうから、そんな話を聞くと選手としてはうれしくて誇らしい気持ちになりますね。

─ 最後に、大野さんにとってお酒とは何かを教えてください。

大野 自分のラグビー人生を送っていくにあたって、お酒をともに飲むということで、国内はもちろんですが、海外の選手とも強い繋がりができました。ですから、今の自分を形づくるうえで、お酒は欠かせないものだったと思っています。そしてこれから先も、同じように新たに世界を広げていくうえで、自分にとってお酒は必要なものだと感じています。

─ 本日はありがとうございました。


(インタビュアー : 片平 秀貴 本誌編集委員長、子安 大輔  本誌編集委員)

写真1・2(クリックして拡大)

大野 均(おおの ひとし)
東芝ブレイブルーパス 普及担当
1978年生まれ 福島県郡山市出身。高校までは野球部に所属。進学した日本大学工学部でラグビーを始める。卒業後、東芝ブレイブルーパス入団。2004年日本代表初選出。2007年、2011年、2015年と3大会のワールドカップに出場。国際試合98試合出場は歴代最多。ジャパンラグビートップリーグでは170試合に出場し、ベストフィフティーンに9度選出。2009-2010シーズントップリーグMVP受賞。座右の銘は「灰になってもまだ燃える」。

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