“お一人様”の実像と企業戦略:彼らは何を求めているのか

(こちらの記事は、マーケティングホライズン2021年12月号『中国のお一人様経済圏』に記載された内容です。)

 

企業人として上海や北京に駐在した際に、とても魅力的な“お一人様”たち(男性、女性)と出会った。容姿端麗、社交性もあり学歴・社会的ステータスも伴った彼ら・彼女らが何故結婚しないのだろうと、不思議で仕方が無かった。そんな筆者自身の疑問を解き明かすために、本稿執筆を機会に、12名の“お一人様”に率直な質問をぶつけてみた(※ 対象者および調査方法を本稿末尾に記す)。

 

[質問項目]
(Q1)何故、独身経済が広がっていると思いますか?あなた自身と友人の状況に基づき率直に教えてください。
(Q2)何にお金を使いたいですか?どんなサービスがあれば嬉しいですか?
(Q3) 独身でいることの困りごとや不安はありますか?どのように解消をしていますか?
(Q4)独身者向けにサービスを行う企業へのアドバイスをお願いします。

※調査対象者と方法については、本記事文末参照。

 

本稿は、ヒアリング結果に基づいて、中国の“お一人様”の実像を浮き彫りにし、日本企業に示唆を提示することを目的とする。協力してくれた12人は大都市に居住する高学歴者に偏っており、必ずしも中国“お一人様”を一般化しているとはいえないが、このセグメントの特徴としてお読みいただきたい。

 


“お一人様”の実像:サマリ



12名の“お一人様”は、中国の経済社会の発展についていくことに必死で、高プレッシャーの中で忙しく働いている。だから、時間効率を大切にし、お金をかけてでも「便利で快適」を得たい。生活の質や「自分らしさ」にこだわり、「ちょっと贅沢して楽しもう!」という感覚に合ったサービスや、経営理念に共感を持てるサービスを求めている。

結婚願望がないわけではなく、「理想の相手が見つからない、けれども妥協はしたくない」ために今に至っている。孤独や将来に向けた不安を感じることも多く、ペットによる癒しや、一人でも生きていけるよう自己投資(学び、健康)にお金をかけている。

1.「お一人様経済」の顧客像:何故結婚しないのか?

※主な回答を日本語訳して列挙する。類似の内容は筆者の判断でまとめた。以下同じ。

(1)共通した特徴

「996(毎朝9時から夜9時まで、週6日勤務)」という言葉があるように仕事で忙しい。高プレッシャー。中国経済の成長や変化から落伍することが不安で、スピードについていくために必死。

(2)何故結婚しないのか?

・理想の相手と出会えない、結婚相手は妥協したくない。<8名が同趣旨の回答>

友人同士で「私達なぜ結婚しないのかな?」とよく会話する。父や母の時代は、出会いの機会も限られていて、親の紹介や仲人の仲介による結婚も少なくなかった。お互いの社会的身分や家庭が釣り合えば結婚に至ることが多かった。結婚してから愛情をはぐくんだとも聞く。今の私たちは親の代よりも結婚相手の選択に自由を与えられており、理想の相手も思い描いている。しかし、実際には良い出会いの機会は限られているので、理想の相手を探して時間が経過してしまう。

・仕事へのプレッシャーで余裕がない。

・第一線で働くために大都市で暮らしているが、物価が高騰しており、家庭を持って経済的にやっていけるか自信がない。

・家族や同級生など慣れ親しんだ人以外との会話が苦手。

・結婚のような重要事項は、男性主導で進行するという暗黙の観念があり、女性は受け身になりやすい。しかし、身近な男性は幼く見える。

 

2.どんなサービスにならお金を払うか?

「仕事に追われる毎日の中でお金をかけてでも『便利で快適』を得たい、時間を大切にしたい」、「ちょっと贅沢して楽しめる、自分なりの『こだわり』を持てるサービス」、「将来に向けた自己投資(学び、健康)」の3点に集約される。

(1)便利で快適、時間効率

[食生活編]

  • 一人で行動していることを周囲に注目されたくない。一人でも気にせず食事できる空間が欲しい。
  • 外食するならかしこまる必要が無くて品質も良い店を探す。結局、ブランドイメージの良いチェーン店に行くことが多い。
  • フードデリバリーは、配達時間の早さ、正確さが大事。注文した際に配達時間が曖昧だとキャンセルする。


[住居編]

  • 大学時代は学生寮、卒業当初は友達と相部屋だった。今の自分の部屋は広くはないけど、こだわりある空間にしたい。
  • 自分の家を持ちたい。でも、不動産価格が高騰していて、家族で住めるスペースの部屋は買えない。
  • 一人用の小さな電化製品。



(2)ちょっと贅沢して楽しめる、自分なりの「こだわり」を持てるサービス。

・スポーツジムの選択肢が増えてきた。清潔さやインストラクターの対応など、時間を快適に過ごせるジムを選んでいる。サービスへの理念に共感できることがポイント。

・独身者向けの交流の場に入っているが、メンバーの質を保ちお互いに啓発し合える場をつくろうとする主催企業の努力に共感する。

・映画館が綺麗になったのは嬉しい。旅行も楽しみ。友人は一人カラオケに行く人が多い。

・美肌と美貌を追求する。

・年に一度、自分のお金で両親を連れて旅行に行く。両親が楽しんでくれればお金は惜しまない。親孝行をサポートしてくれるサービスは嬉しい。

3.「お一人様」でいることの困りごとや不安、解消策


この質問項目(Q3)への回答が最も多かった。孤独や不安を抱えていることが窺える。

・孤独を感じることは少なくないし、特に病気になると気弱になる。

・社会や周囲の人がプレッシャーをかけてくることもある。独身のままでいることは、主流の家庭観とは合っていないために、家族からの口煩さに耐えなければならない。

・大学の同級生が家族を持ち、恵まれた生活を送っていると、一人の人間として居心地の悪さを感じてしまう。

・仕事が上手くいかないときや、体の調子が良くない時でも、生活のために休みを取ることができない。独身者はリスク対応力が低い。

・安定した収入が無くなった時のことを考えると不安。

・このまま年齢が高くなると、良い結婚相手と出会う可能性は少なくなり、また、出産も難しくなる。

[解消策]
●ペットが精神的な支え。
●孤独を解消するために交流の場に行くのは、時間も精神的なエネルギーも必要なので、ペットと暮らすのが一番楽。
●歴史や文化の勉強会で脱日常しながら交流。
●結婚相手探しで「AIによるお見合い」を利用している。
●恋愛相談。

4.独身者向けにサービスを行う企業へのアドバイス


・共感できる理念や技術・サービスを探している。サービスの細部で顧客のことを考えていると感じる・・これこそが理念への共感だと思う。

・独身者はソーシャルネットワークのヘビーユーザー。友人のコミュニティ(朋友圈)で自分の生活スタイルを共有することも多い。従って、口コミに乗りやすい価値観を示して共感を得ることが重要だと思う。

・仕事のプレッシャーは高く、残業時間は長く、自由に使える時間は少ないので、時間の節約をお金で買うことは厭わない。だから、購入が煩わしくなく、時間が正確なサービスにこだわる。

・独身の若者の消費支出の大部分は、実際には、社交の場、学習、ペットなど精神的な安定と、結婚相手探しに費やしていると思う。

・私たち独身の若者は未来を買うためにお金を使うという意識が強い。フィットネス、今の仕事以外の専門性を身に付けるための学習や研究の場。

・パーソナル化、ニッチ化した消費がさらに増加するのではないか。

・日本こそが「一人食事空間」のルーツですよね!日本に何度か旅行に行ったが、日本の飲食店は一人でも食べやすいと思った。

 


日本企業への示唆



中国の“お一人様”は今の生活を楽しむ「独身貴族」なのではと先入観を持って調査に臨んだが、彼らの実像は、プレッシャー中で忙しく働き、孤独や将来への不安を抱える“普通の人”だった。そんな彼らが求めるサービス・商品に共有しているのは「本物志向」であり、その背後にある企業の経営理念への共感である。また、「日本こそが独身者向けサービスの先進国でしょ!」という回答も複数見られた。

調査に先立ち、中国の大手プラットフォーマーにも相談したが、特に“お一人様”向けを意識してはおらず、顧客のニーズを細かいセグメントで正確に把握して、これに合ったサービスをスピーディに開発・提供することに徹しているとのことだった。日本企業は、その経営理念を口コミなど中国市場に合った方法で伝えて共感を得ること、そして、サービス品質へのこだわりの強い“お一人様”が「本物だ」と感じるサービス・商品を提供し続けるという経営の基本を、中国でも実行することが重要だと考える。

 

◆◆◆ 調査手法 ◆◆◆


[対象者]
筆者の知人6名および友人の紹介6名

いずれも80後と呼ばれる1980年代生まれ。IT、金融機関、外資系製造・サービス企業で勤務、または語学教師などの高学歴者。

[方法]
Q1~Q4に対して回答を受領し、回答内容に基づきWeChatでさらに質問(回答率7/12)。友人の紹介者は友人経由でコミュニケーションを取った。なお、当初協力を依頼した複数の知人(特に女性)から、「何で私にそんなこと聞くの?!」とお怒りを買い、難航するなかで、既存の知人以外にもヒアリング対象を拡げ、回答してもらいやすい質問項目に試行錯誤しながら進めた。

 

岡野 寿彦  (おかの・としひこ)
株式会社NTTデータ経営研究所 シニアスペシャリスト
上智大学法学部卒。同社で1995年から中国郵便貯金システム構築にプロジェクトマネジャーとして参画。1998年に北京現地法人トップ。その後、インド・東南アジアのITサービス事業責任者を経験。2016年から現職。早稲田大学ビジネス・ファイナンス研究センター「日中ビジネス推進フォーラム」研究員、中央大学国際経営学部『中国企業論』(非常勤講師)。
[主な著作]日本経済新聞出版『中国デジタル・イノベーション:ネット飽和時代の競争地図』(2020年)

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