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松風 里栄子

マーケティングホライズン2022年6号

インクルージョンとアクセシビリティのためのスーパーアプリ

トニー・フェルナンデス
Capital A CEO

アジアで最も認知度の高い起業家の一人であるトニー・フェルナンデス氏は、カマルディン・メラヌン氏と格安航空会社AirAsiaを共同設立し、地域の航空旅行を民主化したことで知られています。

2018年以降、フェルナンデスは事業のデジタル化を率先して進め、2020年10月にはAirAsiaのスーパーアプリを立ち上げ、フライト、ホテル、食品、食料品、健康サービスを提供する総合的な旅行・ライフスタイルプラットフォームとした。

現在は、フィンテックや物流など、相乗効果の高い多様な事業ポートフォリオを持つ投資持株会社Capital AのCEOを務めている。

 

多様な業種を入り口に、プラットフォーマー(海外ではスーパーアプリという)へと進化しているプレイヤーの中で、AirAsiaの取り組みはインクルージョンという哲学が貫かれている事例である。起業家として尊敬するTony Fernandes 氏のインタビューから彼の情熱と冷静さ、そして限りない将来への思いを感じていただきたい。

───冒頭に、トニーさんの簡単な自己紹介をお願いしてもよろしいでしょうか。

Tony 私は大きな賭けに出ました。私たちがグループ会社をAirAsiaグループからキャピタルAに変えたのは、松風さんがこの特集テーマとして挙げたように、航空会社からそれ以上のものに変貌を遂げたからです。世界のベスト・ローコストエアラインに10年以上輝いているからこそ、AirAsiaと言っている限り、人々にAirAsiaグループを単なる航空会社以上と見てもらうことは困難でした。しかし、Capital Aは、航空、エンジニアリング、スーパーアプリ、テレポート、フィンテックの5つの主要な会社から構成されています。Capital Aは航空から生まれた会社ですが、今は航空ビジネスで得られた膨大なデータを使って、価値に基づいた旅行とライフスタイルのエコシステムを作っています。

───AirAsiaをより幅広い事業グループにするきっかけは何だったのですか。

Tony 20年前に起業したときから、こうしたビジョンは常にありました。Virginのリチャード・ブランソン氏(Virginグループの創設者)の影響もあります。彼は多くの会社からなるグループを創り出しました。彼はVirginブランドを各社に適用したわけで、私は、ブランドは本来の目的よりもはるかに多くのことに使えると感じたのです。

しかし、私は、ブランドというものが、広い意味で横断的に構築されるものだとはあまり信じていませんでした。AirAsia以上のビジネスを創りたいとずっと思っていて、プライベートではTune Talk(マレーシアのMVNO)や保険会社をやっていました。しかし、これらのビジネスカテゴリーに、既に知名度のあるAirAsiaのブランドを使うことができるのではないかと思うようになり、COVID-19の直前に実行し始めました。航空会社の貴重な資産の一つは実はKYCデータ(注1)であり、私たちはGrab、JD.com、Gojekなど他のブランドよりもはるかに豊富なデータを持っていると考えています。さらに、AirAsiaのブランドはより高い取引単価のもとにできています。

ですから、Amazonがやったように、Virginがある程度やったように、AirAsiaブランドのもとに、これらのビジネスを構築することは理にかなっていると思います。彼らのビジネスカテゴリーは、すべて私たちのエコシステムの中にあります。

旅行に行くなら金融サービスが必要です。両替も決済手段も必要です。私たちは人を運んでいます。だから、ロジスティクス事業を拡大しました。最終的に、私たちのAirAsiaのチケットを販売するアプリはアジアで最も大きなアプリの一つとなり、これは大きな資産だと思いました。でもなぜ、AirAsiaのチケットだけを売らなければならないのか?

古典的な例はデパートです。高島屋に行けば、高島屋の商品だけが売られているわけではない。他の商品も売っているのです。そこで、「人々の役に立つと証明できるライフスタイルアプリをつくり、他のものを売ることができないか」ということでスーパーアプリに進化したのです。

これ以前にも、Tune Talk、Tune Protect(保険)、Tune Moneyがありました。これは時代の最先端でした。Tune ...

マーケティングホライズン2022年6号

パパママショップをデジタル化する

B2Bプラットフォーマーの台頭
多くのプラットフォーマーがB2Cを対象にする中、アセアンではこの地に特有のGeneral Trade(パパママショップ)のためのB2Bプラットフォーマーが次々と誕生している。家族経営の細々とした小規模店舗でデジタル化が遅れるパパママショップに、ワンストップで卸機能を提供し、かつデータを活用したサービスを提供するサービスである。スーパー/ハイパーマーケットやコンビニ等のModern Tradeが増加しているものの、小売店舗の60%以上、インドネシアに至っては75%以上がパパママショップといわれ、生活における存在はいまだ非常に大きい。筆者が先月まで住んでいたシンガポールでもパパママショップをどうデジタル化するかは、政府の課題の一つであり、民間と組んだ複数の施策が準備されている。

一方、これらのショップに商品を提供するメーカー/サプライヤーの視点では、いくつもの卸や仲介ディストリビュタ―を通すためにモノの動きや売上が見えないという課題を持つ流通チャネルでもある。それでも多額の販売費用を取られるModern Tradeよりは利益率が高く、小売りに占める割合も大きいことから、“取組まざるを得ないチャネル”といえるだろう。

こうしたパパママショップの経営モダナイゼーション、あるいはメーカー/サプライヤーのチャネル課題解決に商機を見出しているのが、本記事で紹介するB2Bプラットフォーマーである。食品、日用品メーカーとプラットフォームに加盟するパパママショップを繋いで、卸機能と小売り向けプラットフォーム、マーケティングプラットフォーム、さらには資金繰りのためのつなぎ融資サービス等を提供している。

筆者が認識しているだけでも、ベトナムのVin Shop、Telio、インドネシアのgotoko、Grab Kios、Mitra Bukalapak、フィリピンのGrowSari、マレーシアのdropeeなどが2016年以降次々にサービスインし、かつ多額の資金調達に成功している。
Vin ShopはベトナムのコングロマリットであるVin グループの新規事業である。Mitra Bukalapakは本特集の他の記事でも紹介があったインドネシアの大手eコマースBukalapak傘下、GrowSariはP&Gやユニリーバ、経営コンサルティングの経験者が設立したスタートアップで、最近トータルでUSD110millionのファンドを集めて話題になった。

先駆者は中国で攻勢をかける
こうしたプラットフォームの先駆けが、中国でアリババが展開する零售通Ling Shou Tong(LST)である。2016年末にサービスインし、先に紹介したアセアン各社と同様の機能をいち早く提供しはじめた。
パパママショップは1店舗から多くても数店舗程度の家族経営であり、店舗は小規模だが日用品を揃えているため仕入れ先は数十社に及び、仕入れ管理は少量多品種で非効率になる。また、品揃えも経験と勘に頼っている上、販売管理もSKU単位での管理ができていない。また、現金仕入れが基本のため資金繰りに苦労するケースも多い。
そんな共通の悩みに応えるべくLSTは、アプリ上で仕入れを可能にし、蓄積されたデータに基づく品揃え提案や、クラウドPOSでの販売管理を提供している。さらに蓄積された取引データで信用管理も可能になることから、条件が合えば無担保融資の機能も揃えている。

これらの多くはアセアン各国の同様のプラットフォーマーも同様に備えているが、LSTのアドバンテッジは、アリババグループ傘下のEコマース、Tmallで培ったビッグデータを活用したアナリティクスの提供である。自店だけでなく商圏のデータや、Eコマースで人気の商品データも取り込みながら、マーチャンダイズをAIが実施して最適な品揃えが提案できるとのことだ。また、クラウドPOS端末を驚くほどの低価格で店舗に提供し、大型店並みの管理機能が実現できるようにしている。同様に、アリババグループの物流ネットワークCainiaoのスマート物流ネットワークもLSTに寄与している。地域レベル、都市レベル、街区レベルでAIによる在庫分配最適化が行われ、パパママショップへのミクロの物流も効率化ができているという。

現在、LSTは巨大経済圏である中国の150万を超えるパパママショップが登録していると聞く。データを活用した経営サポート、陳列の改善等は、GTをコンビニ化していく取組そのものである。

しかし、LSTでの仕入れをメインにしている店は、そのわずか1/10程度らしい。多くの店が、店舗獲得の一環として提供されるアリババのクーポン目当てであり、LSTでのワンストップ仕入れをどう実現するかが今後の課題といえる。そのために、LSTでは競争力のある価格や独占販売商品の品ぞろえを検討しているとのことだが、これはまさにコンビニの戦略といえるだろう。メーカー/サプライヤーにとっては、LSTを利用したリーチの広さと、厳しい販売条件や独占商品に対する交渉のバランスが難しくなるように思う。

インドネシアのGeneral Trade(筆者撮影)

 

労働集約が残るビジネスモデル
さて、これらパパママショップのプラットフォーマーと他のスーパーアプリといわれるようなプラットフォーマーとの違いの一つは、多数の営業人員兼店舗サポート人員を抱えていることだと考えている。そもそもデジタルリテラシーの低いユーザーを相手にしているので、店舗獲得にも説明と時間がかかり、また獲得後もアプリの使い方等で対面のサポートが必要になる。筆者が話をしたインドネシアのプラットフォーマーも、最初は人海戦術で広げるしかなく、まずはジャカルタ周辺から取組み、広大なインドネシアをカバーするには時間がかかると話していた。また、ユーザーは対面でのリレーションシップを大事にする人たちなので、全てのオペレーションをオンライン上で完結するには、世代交代が進まないと難しいだろう。 他のプラットフォーマーもそうであるが、資金調達ができたとしても、本質的に利益を生むビジネスモデルにするにはユーザー規模とユーザーの利用範囲(ワンストッププラットフォームとなれるか)のハードルを越える必要があり、さらにワンストッププラットフォームになるには、幅広いメーカー/サプライヤーの商品を載せていくことは不可欠となる。ラスト・ワン・マイルの物流や倉庫の持ちようもビジネス構造に影響する。

それでも、パパママショップおよびメーカー/サプライヤー双方にニーズがあるこのプラットフォームが業界からも資本市場からも注目され始めていることは間違いない。大きな流れとしてパパママショップのデジタル化は確かにあり、各社の取組にこれからも注目していきたい。

 

松風 里栄子
サッポロホールディングス株式会社 取締役、株式会社センシングアジア 代表取締役
㈱博報堂、㈱博報堂コンサルティングを経て㈱センシングアジア創業、2016 年ポッカサッポロフード&ビバレッジ㈱、2018年からPokka Pte. Ltd のグループCEOとしてシンガポールに在住、経営再建しつつ60か国以上をマネージ。2022年日本に帰国し現職。