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身の丈商売が幸せと効率を共存させる

一日100食限定の飲食店

京都の「佰食屋(ひゃくしょくや)」を紹介してくれたのは、2017年当時、京都市の廃棄物処理事業を担当している職員の方だった。食品ロスをテーマに取材記事を書いている筆者に、「ふさわしい取材対象」として紹介してくれたのだ。


その名の通り、一日100食限定。売り切れたら閉店の飲食店だ。京都市内で最初に開店したのがステーキ丼の店。現在は、その他、すき焼きの店と肉寿司の店、合わせて3店舗ある。


佰食屋には、これまでの飲食業界の常識とは一線を画している驚きの対象がたくさんある。多くの人が目を丸くするのは「冷凍庫がない」こと。食材を使い切る気概がなければ、飲食店でこんな思い切ったことはできまい。


佰食屋は、牛肉を塊ごと仕入れ、ステーキ丼、すき焼き、肉寿司の3店舗で使っている。すき焼きの店では、バラ肉をさばく過程で出た肉をサイコロステーキに使用する。


たとえ端肉に相当する部分でも捨てずに煮込んで、軍艦巻きの具にする。挽き肉の状態で仕入れるより、お店でミンチにした方が歩留まりがいい(捨てる部分が少ない)し、原価を抑えられる。そうして生まれたハンバーグは、ステーキ丼の店の人気商品になった。


食品ロスは、ほぼゼロ
飲食店の厨房の話でよく聞くのが「野菜の切り方を間違えたから捨てる」など、食べられるにもかかわらず、お客様に提供できないから捨てるという話だ。


佰食屋は捨てない。卵にヒビが入ったものは、いったんラップで包んで冷蔵庫に入れておいて従業員がまかないで食べる。野菜の切り方を間違えたものも同じだ。


飲食店で余りがちなものの筆頭が、炭水化物だろう。米飯は釜ごと捨てるという店もあるし、パンは乾いてくるので捨てる。麺は茹でて時間が経つとコシがなくなるから捨てる、など。


佰食屋は、一人のお客様に提供するご飯の量も紆余曲折ありながら、現在の量に落ち着いた。当初、ご飯を残すお客が複数いた。そこでちょっと減らしたが、この量が絶妙だ。少な過ぎてもダメ、多過ぎてもダメ。ほどよい加減のグラム数を見出した。


メニューが増えると、それだけ、準備しておかなければならない食材も増える。佰食屋のメニューは、3店舗とも3つだけ。食材は、必要量だけを仕入れ、徹底的に使い切る。食品ロスは、ほぼゼロに近い。


予約ではなく整理券
佰食屋で他の飲食店と違う点は、挙げればいくつもある。よくある電話予約は受け付けない。京都市は国内だけでなく外国からも観光客が多い。


そんな外国からのお客様にとって、異国の地で、特に英語の日常会話力が普及していない日本で電話をかけて予約を取るというのはハードルが高い。日本のお客様と差がついてしまう。だから電話予約は無し。


じゃあ、どうやって予約するの? というと、当日、店頭で午前中に整理券を配布する。その時点で100食売り切れることもあるし、売り切れなかった分はあとで開店してから来たお客様に提供する。


以前、テレビで取り上げられた時、ものすごい行列ができて、近隣までその列が伸びてしまったことがあるそうだ。ご近所さんに迷惑をかけられない。その時から整理券を配るようになった。


業界では類を見ない短時間労働
1日100食。日によって、売り切れる時刻に差はあるが、14時から15時ぐらいには売り切れ店を閉める。従業員は自分たちの食事(まかない)を食べ、18時までには店を出る。


飲食業界は「ブラック」と評されることが多い。朝から晩まで拘束される。アルバイトがふざけて食品を不適切に扱う動画をアップするのも、そんなストレスや不満が背景にあるかもしれない。


ある飲食業界で働いていた男性が、佰食屋に転職した。以前は夜遅かった夫の帰りがあまりに早いので、妻は「あなた、本当に働いてるの?」と聞いたそうだ。


子どもがいても、お風呂に入れるのは妻任せ。子どもの運動会も行ったことがない、という飲食業界の人は多いかもしれない。でも、佰食屋で働いてからは、そんなことはなくなった。子どもと触れ合う時間もしっかり取れるようになった。


家族を大切にする女性経営者
これまでの飲食業界の常識や前例を打ち破るような佰食屋を経営しているのは、いったい、どんな強面(こわもて)なのだろう? その名は、株式会社minitts(ミニッツ)の代表取締役、中村朱美(あけみ)さんだ。


中村さんの夫の剛之さんの得意料理はステーキ丼。美味し過ぎるその味に、ステーキ丼のお店を開店することを夫に強引に持ちかけた。2012年11月29日の「いい肉の日」に開店(2015年3月15日付京都新聞「MyウェイMyライフ」より)。


当初は20~30食しか売れず、貯金も減る一方だったが、2012年末にある客がブログで紹介し、テレビで取り上げられると知名度が上がった。


中村さんは、2018年10月末、あるテレビ番組に出演した。インタビュアーは「(15時で店を閉めるんじゃなくて)もっと営業時間を増やせば、もっと売り上げが伸びるんじゃないですか?」と質問した。


中村さんは、「それはもちろんそうでしょうけど、それは私の働き方ではない」と明言した。多くの飲食店のみならず、毎年右肩上がりの目標を達成しようと苦慮する、ある意味「強欲な」企業にとっては、耳の痛い言葉ではないだろうか。


中村さんは、独身時代、夜遅くまで働く日々を送っていた。「こんな働き方で、将来、家族を持って、やっていけるのだろうか」という不安はあった。


縁あって夫と結婚し、娘と息子の2児の母となった。長男を出産後、脳性麻痺で右手右足が動きにくいことがわかった。筆者が取材をした時も、後日、親子で検査入院されていた。


今でも、中村さん自身が手をかけてのリハビリを毎日欠かさない。だから、18時以降の仕事は基本的に「断ります」。一家4人、家族での食事と団欒を何より大切にしている。


こんな風に、経営者自ら、家族との時間を大切にできる働き方をしている佰食屋。この働き方は、従業員も一緒だ。他の飲食店では面接に落ちてしまうような高齢者やひとり親、家族の介護をしている人なども、佰食屋では積極的に採用する。採用のポイントは真面目さと人間の温かみだ。


佰食屋スタイルに時代も注目
中村さんや佰食屋の従業員が実践している働き方は、何かを犠牲にするものではない。仕事も家庭も楽しみながら暮らしていける。


24時間営業に固執するあまり、店長や従業員の暮らしが破綻しているという報道があった。自社で働く大切な労働者の命や健康を害してまで長時間労働にこだわって、何を達成したいのだろう。人間の欲望というのにはキリがない。だからこそ謙虚に、「足るを知る」ことが大切なのではないか。


中村さんは、これまでも第三回京信・地域の起業家大賞最優秀賞や、第四回京都女性起業家賞最優秀賞などを受賞してきた。2018年12月には、株式会社日経BPの月刊誌「日経WOMAN」が主催する「ウーマン・オブ・ザ・イヤー2019」大賞に選ばれた。その年に最も活躍した女性の顕彰制度でトップに立ったのだ。


商売とは、本来、自分がお客に勧めたい、と思うものを提供し、それと引き換えにお金をいただく、というものではなかったか。疲弊することや命を削ることではない。食べ物は、捨てるために作るものでもない。


中村さんは「食べ物を捨てると目が痛い、心が痛む」と言った。そんな気持ちを飲食店を営む人みんなが持てたら、どんな社会になるだろう。






井出  留美  (いで  るみ)
奈良女子大学食物学科卒、博士(栄養学)(女子栄養大学大学院)修士(農学)(東京大学大学院農学生命科学研究科)。ライオン㈱、青年海外協力隊を経て日本ケロッグ広報室長等歴任。
311食料支援で食料廃棄に憤りを覚え、誕生日を冠した(株)office3.11設立。日本初のフードバンクの広報を委託され、PRアワードグランプリソーシャルコミュニケーション部門最優秀賞へと導いた。『賞味期限のウソ食品ロスはなぜ生まれるのか』(幻冬舎新書4刷)。食品ロス問題を全国的に注目されるレベルまで引き上げたとして2018年、第二回食生活ジャーナリスト大賞食文化部門受賞。Yahoo!ニュース個人オーサーアワード2018受賞

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