マーケティングホライズン2023年5号

IR活動で注目される企業目線 5教科80点より、1教科突き抜けたコーポレート・ブランディングを

HOYAという会社はJTC(Japanese Traditional Company)の皮をかぶったグローバル企業だ ― これが私が5年前にHOYAに入社した際の第一印象だ。その印象は今も変わっていない。創業の地の保谷市(現在は西東京市)から社名を付けているあたり、一見すると日本的な会社と思いきや、売上比率・従業員比率の9割が海外というグローバルな企業である。しかしながら、海外での売上や従業員の比率が高い日本企業自体は特段珍しくもないだろう。私が真にグローバルだと感じるのは、わが国の旧来的な価値観にとらわれず、世界で標準とされている/良いと考えられている仕組みや取り組みを貪欲なまでに取り入れている、そのマインドセットにある。例えば、東証が定めるコーポレートガバナンス・コードのもと、今でこそ社外取締役が上場企業に義務化されているが、HOYAは遡ること28年前の1995年に社外取締役制度を導入し、2003年には取締役会の過半数を社外取締役とする定款を定めている。当然のことながら、当時は制度でも義務でもなかったのであるが、「社内の論理だけで重要な判断をしないため」に導入されたという。また、早くから資本コストに着目した経営を実践している点など、先進的な取り組み事例は少なくないが、これらは単純に仕組みを取り入れても“画竜点睛を欠く”わけで、変化をいとわないマインドセットが会社の強みの源泉だと思う。

序盤から手前味噌な話となり、また順番が前後したが、私はHOYAでコーポレート・コミュニケーション部の責任者として、自身を含む4名のメンバーでIR・広報の業務に当たっている。HOYAに入社する以前は、音楽・映像事業を展開するエイベックスにて販促宣伝、映像配信プラットフォームの事業戦略、そしてIRを担当してきた。経理などの管理畑からIRに異動するケースと異なり、クリエイティブ系を出自とするIR担当は異色かもしれない。HOYAは、主にメガネレンズやコンタクトレンズ、半導体の製造に使われるフォトマスク・ブランクスやHDD(ハードディスク・ドライブ)用のガラスサブストレートといった光学製品を展開する会社で、事業規模としては売上高が約7,000億円、時価総額が5兆円ほどである。
 
はじめに、今回のテーマである「コーポレート・ブランディング」の観点から当社の活動を紐解いていきたい。HOYAの顧客は半導体メーカーやメガネ小売店などであり、BtoBの売上が大部分を占めることからも、おそらく一般的な認知度は高くはないだろう。一部の事業でしか新卒採用を行っていないこともあり、学生の就職人気企業ランキングにも入ってこない。このように一見、コーポレート・ブランディングとは無縁にさえ見える当社であるが、他方、資本市場におけるHOYAの知名度や信頼性は非常に高く、当社が日本における時価総額ランキング上位に位置していることもその証左であろう。このように国内のエンドコンシューマに対するブランディングと、投資家に対するブランディングとでギャップがある当社であるが、換言すれば「やらない事」を非常に明確にしている会社と言えよう。BtoBでありながら、テレビコマーシャルを放映する企業は少なくないが、HOYAはそのようなことはしないし、今後もおそらく行わないだろう。前述の通り、売上や従業員の9割が海外で、新卒採用もしない当社にとって、日本国内のオーディエンスに対して社名をブランディングすることは費用対効果が高くないからである。

以上のような背景から、本稿では当社のコーポレート・ブランディング全般ではなく、IR(Investor Relations)の視点から考察していきたい。
 
一般論としてブランディングやマーケティングにおいて大事なことは、訴求したい相手を絞り、そのターゲットに着実にアプローチすることである。会社を取り巻くステークホルダーは、従業員/株主/顧客/サプライヤー/行政/地域社会など多岐に渡り、それぞれが重要であることは間違いないが、総花的なコミュニケーションは焦点がボケがちだ。HOYAは独立採算の事業部体制を取っており、製品やサービスに関する販促宣伝活動は各事業部で行っているため、私が在籍するコーポレート・コミュニケーション部は機関投資家向けの情報発信に比重を置くという割り切りが可能である。当社の株主構成を見ると、6割が海外機関投資家、3割が国内機関投資家となっており、機関投資家だけで9割を占めている。東証上場企業の平均値としては、海外/国内の機関投資家がそれぞれ3割の計6割であることから、かなり異質な株主構成であることがわかる。ニワトリと卵の関係になるが、このような株主構成ゆえに、当社は株主/機関投資家向けのコミュニケーション活動を重視しているし、こうした活動の結果、このような構成となっているとも言える。例えば報道機関との関わり方においても、機関投資家への訴求に資するか否か?という観点が柱となっている。
 
さて、コーポレート・ブランディングにおいては「ストーリーが大事」ということが頻繁に言われている。ストーリーとは、企業が身を置く市場環境の前提、当該事業を行う目的や志、タイムラインや財務的インパクト、究極的には「何のために事業を行うのか」を明確にしたものである。ターゲット設定と同様、ストーリーについても全方位的でジェネリックなものではなく、しっかりとターゲットの関心に絞った内容であることが重要である。株主/機関投資家を意識したメッセージ発信をしてきたHOYAの場合、資本市場の目から見て魅力を感じられ、また資本市場の共通言語に合わせたストーリーテリングが肝となる。文字数の関係もあり、本稿では内容には踏み込まないが、当社のエクイティ・ストーリーは機関投資家に支持され、過去5年間で時価総額は約2兆円から約5兆円と、2倍強に拡大した。

ストーリーを明確にすることが重要であることに誰も異論はないと思うが、これを伝えるための手段・方法についても、細部にわたって検討が必要である。私は前職で音楽アーティストのプロモーションに関わっていたこともあり、ビジュアルなどの付帯的な情報の影響力を理解しているつもりだ。メッセージを受け取る側も人間である以上、「ストーリーさえ良ければ自ずと伝わる」ものではないだろう。五感のうち、目から得られる情報は80%程度と言われることからも、視覚的要素にも注意を払っている。例えば、パワーポイント・プレゼンテーションや統合報告書等で使用する色や文字フォントは適切か?グラフの目盛り線など不要な情報は削ぎ落した方が見やすいのではないか?Zoom会議の背景は問題ないか?・・・等々、挙げればキリがないほど検討項目がある。重要なことは、こうした判断を「好み」で行うのではなく、会社のストーリーとの整合性の観点で行うことである。

また、少し切り口が変わるが、当社は海外売上比率/海外機関投資家比率が大きく、日本人以外とのコミュニケーション機会が多いため、意識的に「日本的な立ち振る舞い」を抑えるように心掛けている。例えば、「謙遜さ」はわが国において美徳とされてきたし、国内におけるコミュニケーションでは依然として大切であるが、欧米をはじめとした海外の相手先に対しては必ずしも好意的に捉われないし、むしろ「自信がなくて頼りない」などとマイナスのイメージを持たれるケースがあるように思う。「日本の常識はグローバルでは異質」は何ら新しい話ではないが、行動に移すとなると案外難しいものであるがゆえ、意識的に実践することが肝要である。海外渡航を伴うIR活動(いわゆるロードショー)において、社長以下、CFO/IR部長/IR課長/IR部員が大名行列のような所帯で投資家オフィスを訪問する日本企業が散見されるが、これも外国人から見て「自信のなさの表れ」「非効率」と映ることがあるようだ。当社では1名で訪問することを基本としているが、たったそれだけのことで投資家からポジティブな反応をもらえるものである。

冒頭で述べたとおり、当社には良いものは積極的に取り入れようというマインドセットが脈々と流れており、一度決めたことは突き詰める傾向がある。国数理英社の5科目満遍なく良い点を取るというよりは、得意な科目を徹底的に伸ばすタイプであり、これが結果的に会社のストーリーを際立たせることにもつながっているのだろう。

広報・IRの業務は多岐に渡り、日々忙殺されている担当者も多いと想像するが、コミュニケーションの方向性に迷われた際は、最優先事項と「やらない事」を決めることから始めてみてはいかがだろうか。

 

嵐田 大志(あらしだ たいし)

HOYA株式会社
Global Head of Corporate Communications
ヘルスケア製品/医療機器からハイテク部材まで幅広い光学製品をグローバルに展開するHOYA株式会社のIR、広報を担当。年間700本以上のIR面談を実施。
2021年Institutional Investor誌の精密機器部門Best IR Professional。前職のエイベックス株式会社では広報・IRをはじめ、楽曲のプロモーションや著作権管理、映像配信サービス等に従事。同志社大学法学部法律学科卒。

IR活動を第三者的に監視している専門家の目線からとらえる 「攻めのIR 次はIRマーケティング活動」

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