Something New

第3回

ChatGPTとエドガ-・アラン・ポー

中島 純一
公益社団法人日本マーケティング協会 客員研究員

 

〇新しさと基準
新しさとは何かについて、前回は身近な例をもとにスキーマが基準の一つになっていることを見てきました。新しいモノとは、イメージの中に何かしら基準となっているモノがあり、それとの対比で相対的に認知されます。

この春から急速に広がり頻繁に目にするようになったChatGPT*、対話型AIとも呼ばれるこの人工知能チャットボットは、問いかけに対してあたかも隣に人がいるかのように素早く回答してくれます。その間わずか数秒から数十秒で、まるで人との自然な会話並みの速さと自然言語的な文章に驚かされます。さて、現在最も旬で私たちを惹きつけるこの話題のChatGPTを例に、「新しさとその基準とは何か」について考えてみましょう。

〇新しさとChatGPT
対話型AIは以前から存在していましたが、ChatGPTはその中でも最先端のAI技術を駆使して、その処理能力の高さや速さと相まって、現在最も進化したモノと言えます。ただ時々見当違いの回答が出たり、ちくはぐな内容の提示など、マイナス面も指摘されています。それでも、そのスピードや利便性により、あっという間に人々の間に拡がり、個人のみならず社会全体にも大きな影響を及ぼすようになりました。

その話題性、注目度に加えて秀でたキャパシティ、影響力という意味では、従来型にはなかった“新しいモノ”のように見えます。“新しいモノ”には、一見そう見えて本物ではないモノ、一過性や短期のモノ、長く支持され定着するモノ、発明・発見にも繋がるモノなどさまざまあります。ここでChatGPTが本物の新しいモノかどうか考えるときに一つの疑問が出てきます。それはChatGPTは、「人間のように思考しているのか?」ということです。私たちは長い間、「機械は思考しない」という共通した認識としての常識を持っており、この常識を超えるモノになるかどうかということです。

〇エドガー・アラン・ポーとメルツェルの将棋差し
この問題を考えるときに思い起こされるのが、19世紀半ばに発表された推理作家エドガー・アラン・ポーの『メルツェルの将棋差し』です。興行師メルツェルの将棋差しの自動人形は、将棋盤の奥に人の形をした自動人形が陣取り、人間相手に対戦して連戦連勝し、当時大ブームとなったものです。エドガー・アラン・ポーは実際にこの対戦模様を観戦し、そのときの出来事について詳細な観察と推理をもとにこの作品を発表しました。


©J.Nakajima

対戦を見ていた観客は、まさか機械仕掛けの自動人形が人間に勝てるはずがない、と当然思います。ところが実際には自動人形は次々と人間に勝ってしまうのです。無論初めに将棋盤の下や細部が開けられて、びっしりと歯車などの機械仕立てになっているのを見せられて、人が隠れるようなスペースも見当たらない、どう見ても精密な機械仕立ての装置のように見えます。


©J.Nakajima

このメルツェルの将棋差しの自動人形が登場した19世紀半ばは、産業用の大がかりな機械装置が作られたことは言うまでもなく、自動演奏機やオートマタと呼ばれる精密な機械仕掛けの自動人形が盛んに作られた時代でした。このような人々の機械化への憧れや熱気といった時代性の中で、エドガー・アラン・ポーは、「機械は思考しない」という人々に共通の常識を命題として、推理作家らしい冷静な目で観察し、正確な推理と論証で最終的にはこの自動人形のからくりを見破ったのです。

 

〇考えるヒントと常識
この将棋差しの自動人形の登場とChatGPTの出現は、その目新しさや驚きから人々を夢中にさせる熱量が共通しています。また人々の共通の認識である「機械は思考しない」という常識を打ち破る 「新しいモノ」 としての期待や夢を持たせてくれます。

批評家で思想家でもある小林秀雄の思考法の名著 『考えるヒント』の中にある“常識”というエッセイに、この『メルツェルの将棋差し』が取り上げられています。小林はその中で、エドガー・アラン・ポーが当時の時代性やこの自動人形に対する人々の熱気に惑わされることなく、「機械は思考しない」という常識を前提とした視点を貫き、冷静に推理してそのからりを見破ったことを評価しています。将棋差し自動人形は、エドガー・アラン・ポーが見抜いたように、自動ではなく、中にいる人間が操作するものでした。「機械は思考する」という、それまでの常識を打ち破る本物の“新しさ”にはほど遠いものだったのです。

〇揺らぐ常識
いま私たちは、ChatGPTがあたかも人間と同じように思考したり創造したりして回答しているのでは、と思うことがあります。これはちょうどエドガー・アラン・ポー時代の自動人形を見る人々のまなざしや熱気と同じです。『考えるヒント』の中で、著者の小林秀雄は、「人工頭脳 (書かれた1959年当時の表現)」という言葉を聞くと、うっかりと常識が揺らいでしまうと書いています。つまりは機械が頭脳を持ち、人間並みに思考するのではと思わず揺らぐというのです。

同じような揺らぎを、今日のようなChatGPTブームの中で感じる人も多いかもしれません。私たちが物事を見るときや考えるときの常識という根本的な基準も、時代性や技術革新などにより変動することもあります。果たしてこの話題のChatGPTが、私たちの常識を超えるシンギュラリティ(技術的特異点)に達する本物の新しいモノなのかどうかを、これから見守っていきたいと思います。

*ChatGPT:2022年11月にアメリカの非営利団体Open AIがリリースしたAIチャットサービスであり、自然言語処理モデルの一つ。

 

〇筆者略歴

中島 純一(なかじま じゅんいち)

東京大学大学院社会学研究科・教育学研究科 両後期博士課程単位取得満期退学
学校法人同志社・同志社女子大学教授、中央学院大学教授、日本ダイレクトマーケティング学会第5代会長、公益財団法人流通経済研究所研究顧問等を歴任

主な関連著作
『増補改訂版コミュニケーションと日常社会の心理』金子書房
『コミュニケーション理論の東西比較(単独訳・訳者解題論文)』日本評論社
『メディア変容と流行』『叢書現代のメディアとジャーナリズム2』ミネルヴァ書房
『増補改訂版メディアと流行の心理』Kindle版など

日本社会心理学会会員、日本マーケティング学会会員、日本ダイレクトマーケティング学会会員他
公益社団法人日本写真協会会員、一般社団法人日本ペンクラブ会員