マーケティングホライズン2022年6号

アジアの生活習慣に根ざしたサービス拡張

 

宮部 裕介(みやべ・ゆうすけ)
株式会社博報堂 グローバルマーケティングDX推進局 局長代理 兼 第一グローバルDXグループ グループマネージャー

2004年より自動車・通信・食品・飲料など様々な業種のブランド戦略からコミュニケーション戦略構築業務を担当。
2012~2019年までASEANのリージョナルストラテジックプランニングダイレクターとして、様々な企業のマーケティングDXの推進を担当。
顧客接点のデジタル化、顧客データ基盤構築やマーケティング活動へのデータ活用や分析などの業務を担当。
同時に生活者総合研究所アセアンの立ち上げを行いアセアンの生活者研究を推進。

2019年より、グローバルにおいてデータマーケティングの基盤構築やデータマーケティング業務をアセアン、中華圏で推進体制を統括。2022年より現職。

 

プラットフォーマーとも協業しながら東南アジア、中国における企業のデジタルマーケティングを推進している宮部裕介さんに、アジアにおけるプラットフォーマーの概要、その成り立ちから生活への根付き方について、お話を伺いました。

───まずプラットフォーマーの定義と、東南アジア、中国でのプラットフォーマーについて教えてください。

宮部 定義については本当にシンプルに捉えていて、インターネット上でサービス提供者とユーザーがつながるための基盤を提供している企業をプラットフォーマーと捉えています。

わかりやすいのがECモールを提供するプラットフォーマーです。サービス提供者はブランドを提供するメーカーで、それを買う生活者がユーザーとして存在していて、その両者をつなげています。Facebookでいえばソーシャルネットワークサービスを提供すると同時に、SNS上での広告メディアとして企業とユーザーをつなげていくという意味でプラットフォーマーでもあります。プラットフォーマー自体がサービス提供者になるケースもありますが、サービス提供者である企業とユーザーである生活者をつなげるのがプラットフォーマーだと考えています。

───中国発、東南アジア発のプラットフォーマーとしては具体的にどのような企業があるのでしょうか。

宮部 中国では次々と新しいプラットフォーマーが台頭しています。BATと呼ばれている、Baidu、Alibaba、Tencentというサーチ系、EC系、チャット系のプラットフォーマーが有名です。最近ではByteDance(TikTokの運営会社)がBaiduの代わりに新しいBと呼ばれることもあります。また最近では、TMDといわれる企業たちにも注目が集まってきています。Tがトウティアオ、これはByteDanceの子会社でAIを駆使したニュースアプリを提供しているメディアの会社です。Mがメイツァンで、フードデリバリー系のナンバーワン企業です。Dはソフトバンク・ビジョン・ファンドも出資している配車アプリのDiDiです。中国ではこうした新しいプラットフォーマーが次々に出てきています。

一方、東南アジアでは全体で人口7億、またタイ以外は2040年代まで人口ボーナスが続くといわれる大きな市場にBATのような中国系と北米系のGAFAに加え、ローカル系がひしめきあっている状態です。東南アジアはどの国も携帯電話加入率が100%を超えて普及し、インターネットの利用時間は一日8時間といわれています。日本の一日平均利用時間は4時間くらいですので、東南アジアの生活者は倍の時間インターネットを利用していることになります。こうしたことを背景に、東南アジアの地域それぞれに密着したプラットフォーマーも生まれてきています。有名なのはタクシーをベースにしたライドシェア事業を展開するGrabです。マレーシアから始まりシンガポールに展開、今は東南アジアの地域全体に展開しています。

また、インドネシアのGojekという企業は、もともとOjekといいわれるバイクタクシーのライドシェアから始まっています。東南アジアでは大通り脇の路地にバイクタクシーの人たちがいて、それを日常的に生活者が使っていくという、ある意味、都市インフラ化されたバイクタクシーという交通サービスが存在しています。それをプラットフォームにしてサービス展開していこうという発想です。北米のGAFAや中国のBATに代表されるようなインターネット上のサービスというよりも、日常生活の中のインフラをより使いやすいサービスに発展させてきたのがGGと総称されるGrabとGojekです。GojekはGrabと同じようにフードデリバリー事業にも参入しているのですが、さらにその後食べ物を届けるのではなく、専門性を持った人をサービスとして届けるという方向にも​事業を広げています。例えば、マッサージ師やネイリストを届ける、車の修理をする人を届けるといったような、人を送り込むサービスまで展開しています。

また、eコマース系ではLazadaとShopeeがそれぞれ事業を伸ばしています。これはコロナ禍の状況もあり、各国EC化率が伸びてきていることが背景にあります。タイでのEC化率は8%程度ですが、インドネシアでは20%近くまで伸びています。一方、ベトナムではまだ4%未満、フィリピンで6%、マレーシアでは7%という感じです。中国のEC化率50%には及びませんが、マレーシアやタイが10%近く、インドネシアで20%近くまでEC化率が伸びてきている中、Lazada、Shopeeという2大eコマースがかなり伸びてきています(注1)。

Lazadaはどちらかというと電化製品など高価格帯のものに強く、Shopeeはどちらかというとファッションや美容などに強く、女性ユーザーが多いので、それぞれ強い領域は異なりつつ、LazadaとShopeeが各国でユーザー数を争って覇権争いをしている状況です。

 
───東南アジアで都市インフラ的に使われていたバイクタクシーが、ライドシェアへとどう共存していったのでしょうか。

宮部 東南アジア各国では、渋滞しやすい都市構造になっていることが多く、さらに、車が通行できない、入り組んだ細い道も多い状態です。

このような道路事情において車での移動が非効率という側面と、まだ所得格差が大きく車を持てない層が多い中で、短い距離を移動するのであれば数十円という経済的な側面から、バイクタクシーは庶民の生活インフラとなっていると考えられます。そのようなインフラに GG がどうやって入り込めたかというと、バイクタクシーは労働者層にとっての生活インフラであると同時に労働者の労働する場所でもあります。創業当時のGojekは彼らの仕事を助ける、つまり彼らの仕事を奪うのではなく、付加価値を付け、仕事を広げてあげることで、バイクタクシーという業態自体を支えるというメッセージを積極的に出していました。Gojekはバイクタクシー労働者の味方であるというポジションを築くことでバイクタクシーの労働者に受け入れられたと考えられます。

さらに、東南アジアの生活者に受け入れられた大きな要素は、サービスの均一化だと思います。金額を含めたサービスが均一化されていくことで、ある程度サービスクオリティが担保されると、ユーザーが安心して使えるようになり、市場が拡大していったということが大きいと思います。

───ライドシェアのサービスは、どんな生活シーンで使われているのでしょうか。

宮部 ライドシェアなので、日常の移動に使われているのですが、自分が街中で見かけて驚いたのは、小学生低学年ぐらいの子どもが親とともに通学するときに使っている様子をよく街中で見かけたことです。小学生などの子たちが普通に乗っているところを見ると、移動手段として当たり前に存在している都市交通という認識なのだと思います。日本で自分たちが仕事でタクシーを使うのとは違う感覚で使われているように思います。

また、GojekもGrabもドライバーは緑色のジャンパーを着ているですが、その人たちが買い物代行をしている光景もよく見かけます。買い物代行はサービスの一つなのですが、日用品を雑貨屋やスーパーなどで買ってもらい、それを自宅まで届けてもらうという使い方です。デリバリーという概念が、日本人がフードデリバリーのように捉えているものよりもっと身近な、日用品のお遣いという感覚で使われているようです。

タイの路地で客待ちするバイクタクシー
タイの路上で待機するGrabバイクドライバー

───サービスを広げる視点に東南アジアらしい生活習慣の影響はありますか。

宮部 Gojekのサービスで紹介しましたが、ネイリストが来るといったように、専門スキルを宅配するというサービスは、他の地域ではあまりないのではないかと思います。手に職をつけてお金を稼ぐような人たちが多いですし、副業としてさまざまなことを手掛けている人が多いので、手に職を持っている人たちが、その専門性を生かした副業をやろうとしたときのプラットフォームになっているというのは東南アジアらしいサービスだと思います。

───発想としては、食べ物を届けるなら人も届けられるということなのでしょうか。

宮部 普通はサービス提供者が一定数集まらないとサービスにならないはずなのですが、サービス提供者が集まる土壌があるということなのではないかと思います。以前、東南アジアの中間層を研究したことがあり、こういうケースがありました。ある若い女性が、ネイルに行くのはお金がかかるので自分でネイルの手入れができるキットを買います。ネイリストにわざわざお金を払って外でやってもらうより自分でやったほうが安上がりということです。この女性はせっかくキットを持っているので、近所の人にネイルの手入れをしてあげてお小遣いを稼ぐ副業を始めたようです。せっかくキットがあるなら自分のために使うだけではなく、副業的に使えないだろうかという発想です。また、別の女性はパンを焼くのが好きなので、パン焼き器を買うのですが、それを使って作ったパンを近所で売ってみる、そういう手軽に副業をする人が増えているということがリサーチの中でみえてきました。そういう人たちが今GojekやGrabのサービスと結びついて、副業での稼ぎを増やしてきているのではないかと思います。

───アジアのプラットフォーマーと企業はどう付き合っていくべきでしょうか

宮部 各プラットフォーマーが企業に提供するマーケティングサービスが広がってきていると感じています。あらゆる生活のインフラ自体がデジタル化していくと、生活者が、さまざまな接点でデジタルサービスを使うようになります。こういった新たな体験やサービス、社会の仕組みによって生まれる市場。これを博報堂では、「生活者インターフェース市場」と呼んでいますが、生活がオールデジタル化していく中、生活者インターフェースのほとんどにプラットフォーマーが入り込んでいる状況になっています。企業がマーケティングを考えていく上で、このプラットフォーマーといかに付き合っていくかが重要課題だと考えています。

プラットフォーマーが提供するマーケティングサービスはいくつか種類があります。販売チャネル自体を提供する、物を運ぶロジスティクスを提供するデリバリーサービス、プラットフォーム自体に集まるユーザーにコミュニーケーションできる広告メディアサービス。これら、チャネル、流通、広告を支援するマーケティングサービスは従来からありますが、さらに最近では、商品開発のためのサービス提供、統合マーケティング全体を支援していくマーケティングサービスを提供する動きも起きています。

広告で得られた顧客データを統計化してマーケティングプランニングに使えるようにしていくというようなことは各社一般的に始めています。

Alibabaのケースでいうと、企業が新商品をどんどん開発してもらわないと全体の取引総額が上がらないということから、企業各社に新商品を出してもらうため商品開発基盤を提供し始めていたりします。商品企画の段階で使えるプラットフォームのサービスとして注目されているのが、TMIC(Tモール・イノベーション・センター)といわれるサービスです。これはクライアント企業が契約すると使えるようになるサービスで、商品開発に使えるデータベース、ダッシュボート、商品開発のための調査ができるような仕組みを提供しています。TMICはISVという企業のサービス活用支援を行うベンダーの認定制度があり、弊社は中国で6番目ぐらいのISV認定サービスベンダーとなっています。Alibabaの提供するようなバリューチェーン全体を支援するサービス基盤はMarketing as a service(マーケティング・アズ・ア・サービス)と呼べると思いますが、これをプラットフォーマーが提供していく動きがこれから更に加速すると考えています。

このようにプラットフォーマーがマーケティングサービスを提供する環境において企業にとって重要になるのがオンラインとオフラインをいかに融合していくかというOMOマーケティングの視点であったり、ECモール内のマーケティングとモール外のマーケティング活動をいかに統合していくのか、また様々なプラットフォーマーが出てきている中でマルチプラットフォームに対応・統合しマーケティングするのか、こうした視点が今後のマーケティングテーマになると思います。そのときに生活者との接点と体験をしっかりと設計し、オフラインとオンライン、モールの中と外、各プラットフォーマー横断をプランニングできるようにしていくことが大事だと思います。

───今後マーケティングはさらに難しくなるのでしょうか。

宮部 市場の変化やテクノロジーの進化に対応していくのは常に課題になりますが、そこに対応できた企業が市場でのプレゼンスを上げていける可能性があるのではないでしょうか。例えば、中国では、EC化率が50%を超えるとモールの中でいかにマーケティングしていくかが重要になる。ECモールの中でも特にユーザー数の多かったAlibabaに集中すればよかったのが、Alibabaに続いてさまざまなECモールが成長したり、ソーシャルメディアの中でそのまま買えるソーシャルコマースが出てきたり、チャットの機能の中で顧客を抱えている中、そこで物が売れるようになっていくといったように、コマースという概念が広がってくると、Alibaba 1社だけに集中するマーケティングではカバーしきれないという状況が生まれてきました。そうすると、プラットフォーマーを横断したマーケティングをどう考えるのか、自分たちでコントロールしやすい自社ECやオウンドのユーザーをどのように増やすのか、そこでどのようなサービスを展開していくのかなど、新たなマーケティングが必要になってきています。このようにアジアではマルチプラットフォーマー対応の戦略が求められる時代に入ってきていると思います。

───こうしたアジアの状況は日本の先行事例になるのでしょうか。

宮部 大事なのはEC化率がどれぐらいまで高まるかだと思います。日本はリテールがしっかりとしているので、中国ほどはEC化率が高まらないのではないかという意見もあります。そのときに大事なのは、オンラインとオフラインをどうやって統合しながらマーケティングするのかというOMOの視点、また認知獲得といったアッパーファネルにおけるマルチプラットフォーマーの戦略の視点、これらのほうが主要なテーマになるかもしれません。そうはいっても、COVID-19をきっかけにしてEC化率はかなり高まっていくとは思いますので、中国のような環境になるということはシナリオのひとつとして考え、先行事例を学び、準備する必要はあるかと思います。

───本日はありがとうございました。

(Interviewer:帆刈 吾郎 本誌編集委員)

 

帆刈 吾郎
株式会社博報堂 第二ブランドトランスフォーメーション局 局長
1995年に博報堂入社、以来マーケティング職に従事。
2013年タイバンコクに駐在、生活総合研究所アセアンを設立。2020年日本に帰任し現職。

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