マーケティングホライズン2022年11号

内側から変化を創り、「地域と伝統産業を変えられるか」

田舎出身の都会好き
私は30代までは、都内の人材系企業で人事部門や事業開発、グループ営業などに従事していました。2020年10月に移住した鳥取県智頭町との縁は、人材系企業勤務時代に、グループ統合・再編におけるグループ内交流や組織・人材開発のため、地方を舞台にした研修の企画を行ったことがきっかけでした。

当時は、新規事業の起案や課題解決が楽しく、仕事に没頭した日々を送っており、群馬県の田舎から都会へ出てきた私にとっては、都会の便利で合理的な暮らしや、やや希薄で気軽な人間関係の方が楽だと感じていたこともあり、地方への移住は全く考えもしませんでした。

移住するまで

そんな中、前述のご縁もあり、智頭町から「特定地域づくり事業協同組合」の設立支援の支援依頼を受けました。当初は、当時事業開発をしていたクライアント企業の「コンサル案件」として受託し進めるつもりでいました。もちろん、その時点でも、自ら移住するつもりは全くありませんでした。しかし、提携予定のクライアント企業の事情もあり、智頭町での取り組みそのものが解消になり、町に多大な準備をいただいていたことに対する申し訳なさもあり、あれよあれよという間に、自分がそのプロジェクトに携わり、移住することになってしまったのです。実はちょうどコロナ禍初期で、東京の自宅でのオンライン会議ばかりだった時に、こっそり田舎に2週間滞在したのですが、一度も同僚に気づかれませんでした。そうした体験もあり、地方でのんびり暮らしながら、東京の仕事をやるのもいいな、と感じていたことが、私の移住の決断を後押しするものになったと思います。

智頭町の仕事を受ける前に「人を移住させるのは良いが、ただ時間稼ぎするだけの取り組みにするな」と信頼する前職の役員から言われました。そもそも地方は深刻な人手不足であるからこそ、「特定地域づくり事業」が法案化されたわけですが、人手不足の背景には魅力的な雇用がないから、という側面もあります。雇用がないということは商売がうまく回っていないという意味であり、儲かっていないので賃金が低く若者に魅力がないため、町外へ出ていくという負のサイクルが回っていました。私自身が産業がない地域に、税金を使って衰退のスピードを緩やかにするだけという仕事は嫌だったので、地域に新たな経済のエンジンをもたらせる取り組みをすべき、と行政や事業者に話して回りました。

中に入らなければ変えていけない

町の中にある新しい事業を生み出したいベクトルと、これまでの仕事を維持・継続したいベクトルの間には、微妙にギャップがあり、中には後者を美徳とし変化をタブーとする雰囲気があることもしばしばでした。しかし、変化をタブー視しても移住者は来ませんし、変わっていかなければならないと思いました。温故知新の難しさを感じる中で、外からあれこれ言っていても話にならないと思い、私自身が事業主体の役員になり、事業のアドバイザーでありながら、主体者になる覚悟を決めました。そして、2021年4月に「智頭町複業協同組合」を設立しました。しかし、やっと設立には漕ぎつけたものの、運悪くコロナ禍の緊急事態宣言下で、観光入客は大幅に減り、町外からの出入りは厳禁という空気でした。やっと人材を供給できる状態になったにも関わらず、人は要らないという、組織の存在意義を問われるスタートとなってしまったのです。

林業の町で1周回って林業に出会う

そんな中、林業家の若手グループと出会いました。智頭町は杉・ひのきを主な樹種とする歴史ある林業の町ですが、林業家の親方たちと話をすると、経営不安から雇用には慎重になっているという話でした。コロナ禍や世界情勢の影響を受けウッドショックという木材価格の高騰が起こる一方、林業界自体が補助金で成り立つ斜陽産業という事実もありました。林業人口が最盛時の10分の1に減っている智頭林業においても、森を守る人が減り続ければ、美しい景観をつくり、きれいな湧水を生み、海も含めた豊かな自然環境を育む智頭の森の維持はできなくなります。それを防ぐためには人材が必要ですが、林業は労災率トップの危険な職場環境の中、低賃金な上に天候に左右される、とても不安定な産業です。しかし、そんな中でも、林業家という暮らしにプライドを持つ素敵な人たちがこの地域には暮らしています。そうした方々の姿を見て、林業従事者の暮らしをいかに成立させていくかという課題に、私自身が向き合おうと決めました。

智頭町の人事部として、林業を変えたい

林業には、担い手不足の課題(林業人口は約5万名しかおらず、毎年3,000名しか入職してない)と、林業従事者(特に川上の事業者)の低収入という課題があります。この、担い手・経済の成立という両面の課題に対し、特定地域づくり事業という立場から、地域の人事部として、担い手を増やすことから入り、その後に経済を回していく方法を模索し始めました。担い手を増やすため、国や町にかけあい、町オリジナルの制度を設計し、まずは林業家になりたい人を増やす状況を作りました。その結果、林業にチャレンジしたい若者が集まり始め、現在は林業人材の登竜門・輩出地域を目指そうと、地域からも期待をいただき始めました。

智頭の森の林業コンソーシアム

今、智頭町の林業事業体では、ゆるやかなコンソーシアム(共同体)を組み、林業事業者全体で人材の採用、育成、異動・配置を共有し、育成の早期化や事業者の労務効率のアップを目指しています。主役はどこまでいっても、事業者であり、働く人だと考えているため、環境をつくり、仕組みをうまく活用していただくことを何より大切にしています。
地域におけるプレイヤー不足の話はよく聞きますが、そもそもスーパースターなんて不要だと考えていますし、誰か一人が主人公ではなく、全員を主人公にする(そして、やらなくてはという空気をつくる)ことが大事だと思います。普通の人たちでつくる、そんな場づくりと暮らしを、この智頭町でつくっていきたいと考えています。

地域の皆とつくるから意味がある

地域の林業事業者は、前向きに人材育成や、現場の確保(営業)に取り組んでくださっています。宿場町であったためか、智頭は受容力の高い方が多く、よそ者の空想に付き合ってくださり、よく笑いよく飲み、本当にありがたいと思います。現在、複業協同組合は地域の人事部として機能し始め、林業事業者横断での取り組みが始まっています。例えば毎月、地域全体で林業人材を育成、現場を確保していく方針のもと、人材育成会議(通称ドラフト会議)という、フラットに集まる場が設けられています。ここでは従業員のコンディションの共有や、育成方針の協議、配属のプランなど、闊達な議論が関係者同士で行われます。嬉しいのは林業の親方たちが聞き慣れなかったであろう、コンピテンシー分析(competency:「能力」「技能」「力量」「適性」などの行動能力)の結果や育成方針について、我が事のように意見を言い、真剣に従業員の将来のキャリアを議論し、仕事の確保について相談していることです。この場を構成する仲間たちがいて、そして私も一員として地域の方々に受け入れてもらえているからこそ、私自身が地域の課題に向き合っていけるのだと感じています。

林業を持続可能な産業へ変えたい

人材が集まる環境は準備できました。ただし、林業が儲からない産業であること、地方は緩やかに滅んでいることに変わりはありません。スローな暮らしを否定するものではありませんが、経済がしっかりと成り立つ地域になっていかなければ持続可能にはなりません。また、林業をはじめ一次産業が持続可能でなければ、自然環境の保全も持続可能ではないのです。大きな課題として林業家の雨天や冬季における仕事の確保と、移住者の住居(空き家)の問題があります。これらを解決するためには、複業協同組合の人材を供給する仕組みだけでは不十分です。地域にそうしたリテラシーがある人材は多くはないのです。こうした課題に対処するため、今年の8月に新たに地域での事業開発を専門とする法人(SHINRA COMPANY株式会社)を設立しました。今後は、地域内外の企業、地域住民、副業人材などとも連携し、新たな生業をいかにつくるかというテーマにも、楽しみながら取り組んで行こうと考えています。

智頭町は人口6,500名の小さな林業の町ですが、日本の約7割は中山間地域であり、人口減少と地域経済の低迷は他の地域においても共通の課題であると考えています。智頭町で実証実験した課題解決策は横展開できるかもしれませんし、他地域と連携することで課題解決に寄与できるかもしれません。私自身、さらなる繋がりを求め、今後もこの智頭町から活動していきたいと考えています。

*特定地域づくり事業協同組合制度とは
人口急減地域において、中小企業等協同組合法に基づく事業協同組合が、特定地域づくり事業を行う場合について、都道府県知事が一定の要件を満たすものとして認定したときは、労働者派遣事業(無期雇用職員に限る。)を許可ではなく、届出で実施することを可能とするとともに、組合運営費について財政支援を受けることができるようにするというものです。本制度を活用することで、安定的な雇用環境と一定の給与水準を確保した職場を作り出し、地域内外の若者等を呼び込むことができるようになるとともに、地域事業者の事業の維持・拡大を推進することができます。(総務省HPより抜粋)

 

星野 大輔(ほしの だいすけ)

智頭町複業協同組合 専務理事 事務局長
SHINRA COMPANY株式会社 代表取締役
学生起業を経て、2005年に人材系企業へ入社。求人広告部門、シンクタンクに従事したのち、ホールディングスへ転籍し、人事(組織・人材開発)部門、グループ営業部門など幅広く経験。スタートアップを経て、2020年4月より独立、事業・組織開発支援、地方創生、自社事業の開発など、複数の事業経営に携わる。2020年10月より、鳥取県智頭町へ移住。2021年4月、智頭町複業協同組合(特定地域づくり事業協同組合)を設立。2022年8月、智頭町にて、地域での事業開発や町づくり等を行うSHINRA COMPANY株式会社を設立。

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