マーケティングホライズン2022年11号

あの日を忘れずともに未来へ ~東松島一心~

「Build Back Better」の復興まちづくり
日本三景「松島」の一角を形成し、風光明媚な環境が広がる宮城県東松島市。海苔や牡蠣の生産が盛んで、「ブルーインパルス」の訓練拠点である航空自衛隊松島基地があることでも知られています。

2011年3月11日、震度6強の地震と10メートルを超える大津波が人口4万3千人ほどのまちを襲いました。市街地全体の65パーセントが津波により浸水し、1,110名もの尊い命が失われました。また、今なお23名の方の行方がわかっていません。未曾有の災禍に見舞われた東松島市では、延べ2,000名以上の市民がワークショップに参加し、2011年12月に復興まちづくり計画を策定しました。沿岸部の道路の復旧や、防災集団移転団地の造成、災害公営住宅の建設を中心に、ハード面の整備が急ピッチで進められたほか、被災者の心のケアや地域コミュニティの再構築などのソフト面の課題解決にも取り組むと同時に、震災前からの地域課題である少子高齢化対策や地元雇用の創出に力を入れ、「震災前のまちの姿に戻すだけでなく、震災前よりも良いまちにすること」(Build Back Better)を目指しました。これらのビジョンは内閣府から選定を受けた「環境未来都市」構想の計画に基づくものであり、行政単体ではなく、民間企業、大学、NPO、市民団体などのあらゆるステークホルダーの知見を取り入れ、創造的復興を進めるための推進母体を設置し、復興のモデルとなるまちづくりを進めていくことを定めました。

中間支援組織「HOPE」の役割

東松島市、東松島市商工会、東松島市社会福祉協議会の3者によって設立された一般社団法人東松島みらいとし機構【=英文名Higashimatsushima Organization for Progress and “E”(economy,education,energy)略称HOPE】は、東松島市復興まちづくり計画に基づくリーディングプロジェクトの事業化を促進するとともに、持続可能な「環境未来都市」構想を推進し、産学官民が一体となった地域の社会的課題解決に向けた取り組みと地元雇用の拡大に寄与することを目的とする中間支援組織です。70を超える民間企業、NPO法人などが会員として東松島市の復興まちづくり事業に参画し、2012年10月に発足しました。

HOPEが果たす役割は行政や地域現場が抱える様々な課題を認識し、それらを解決するための手段として、民間活力を導入する支援を行うことです。また、行政が不得手であるとされる「スピーディーな意思決定」と「収益を上げるスキームづくり」を担うことも求められました。産学官民をつなぐハブの機能を最大限に発揮するためには、企業・大学と地域社会の双方と信頼関係を積み重ねていかなければならず、複雑かつ高度な調整力を必要とします。スピード感を持ちつつも、しかし一方では、地域社会とのコミュニケーションを丁寧に重ねていく絶妙なバランス感覚が欠かせません。

「どうありたいか?」すべては対話から

HOPEでは「くらし」「産業」「コミュニティ・健康」「エネルギー」の4つの部会を組成し、それぞれの部会において企業から様々な事業提案を受けました。HOPEが関わり、実際に事業化に至ったものは、移転元地を活用した大麦の栽培とクラフトビールの企画開発、IoTを取り入れた漁業のスマート化、津波防災システムや自立分散型再生可能エネルギー設備の導入支援、民間資本による農産物栽培拠点施設や地産地消型直売所の整備のほか、インドネシア共和国バンダ・アチェ市との相互復興事業など極めて多岐にわたります。いずれのプロジェクトにおいても、HOPEにとっての事業化を進める際の判断基準は「市民がメリットを享受できるのか?」という1点に絞っています。言い換えれば、企業や研究機関にとっての都合ではなく、市民にとって良いことかどうかが最優先事項であり、そのためには、常に潜在的な市民ニーズを正しく理解しておく必要があります。地域社会との対話を通じて、未来思考で、かつ自分ゴトとして、ありたい姿のビジョンを共有することこそ、まちづくりの第一歩と言えるのかもしれません。

「防災」+「脱炭素」+「地域経済活性化」
地域新電力事業で強固な組織基盤を確立

2016年6月に竣工した「東松島市スマート防災エコタウン」は、新たに整備された災害公営住宅の敷地内に太陽光発電設備、バイオディーゼル非常用発電機、大型蓄電池を整備し、市が独自に敷設した自営線によってマイクログリッドを構築した国内初のモデルで、85戸の災害公営住宅および隣接する公共施設と4か所の医療機関に地産地消の電力を供給しています。また、災害等により一般送配電事業者の系統で停電が発生した場合には、マイクログリッド内のバイオディーゼル非常用発電機が自動的に起動し、災害公営住宅と周辺の公共施設・医療機関に独自の電力を供給することができる構造になっています。この取り組みは、東日本大震災の直後に停電が長期化したことによって生じた様々な課題の検証から生まれており、災害に強い安心・安全のレジリエンスなまちづくりの成果として内外から高い評価を受けています。

また、地域新電力事業に取り組むことで、需給管理業務などに必要な人員として新たな地元雇用を創出しており、防災・環境に加えて、地域経済にさらなる波及効果をもたらしています。地方都市における中間支援組織については、公益性を重視する一方で、十分な収益を見込むことができず、法人の運営継続が困難になる事例も散見されます。地産地消型の地域新電力事業は一定の収益を生み出すことが可能なビジネスモデルです。この収益を上手に活用しながら、組織の財政基盤を確立し、自治体と中間支援組織が一体となって行政サービスを提供していくことが、今後のまちづくりの手段の一つになるのではないかと考えます。中間支援組織が自ら収益事業を持ち、安定的な収益源を確保することこそが、持続可能なまちづくりの実現に繋がります。

「まちづくりは人づくり」

東松島市に限らず、地方都市共通の課題として、雇用の受け皿が少ないため、若い世代の転出超過が続き、まちづくりの担い手不足が深刻化していることが挙げられます。その一方で、ライフスタイルや働き方の多様化により、改めて地方の良さが見直され、少しずつではあるものの、UIJターンの事例が見られるようになってきたこともまた事実です。

東日本大震災からの復興需要が一段落した今、東松島市を取り巻く情勢は厳しさを増していますが、震災前には存在しなかったいくつものプロジェクトが花を咲かせ始め、そこに新しい人の流れが生まれています。人口減少・少子高齢化がますます進行する現状にあって、安易に楽観視することはできませんが、けっして悲観し過ぎる必要もなく、むしろ地方にはいくつものヒントやチャンスが潜んでいると捉えることもできます。地方に生きる私たちが今できることは、まちと人との接点を創造し、地域社会が一丸となって未来の担い手づくりへの投資を行うことではないでしょうか。

行政も民間もそして地域社会も、それぞれの立場でできることを積み重ね、「若者たちに選ばれるまち」になれるよう、日々取り組んでいきたいと考えています。

 

渥美 裕介(あつみ ゆうすけ)

一般社団法人東松島みらいとし機構 代表理事
宮城県東松島市出身。2012年10月「一般社団法人東松島みらいとし機構」の設立と同時に同法人へ入社。産官学民連携の中間支援組織の事務局担当者として、東松島市の復興まちづくり計画や「環境未来都市」構想に関連する復興事業に携わる。「東松島市スマート防災エコタウン」事業ではプロジェクトマネージャーとして行政や企業との調整役を務めた。2018年5月より常務理事、2019年10月より現職。

内側から変化を創り、「地域と伝統産業を変えられるか」

Previous article

公益財団法人による、栄養改善 ソーシャルビジネスモデル構築への挑戦

Next article