マーケティングホライズン2023年1号

本来の自分になる

コロナによるロックダウンをきっかけに、コーチングの本格的なトレーニングを受け、今年CPCC(Certified Professional Co-Active Coach)となりました。そもそもコーチングに興味を持ったきっかけは2013年、起業しようと決めてアムステルダムのスクールに参加していた時のことです。そのスクールは1.5年の間、月に1回のコーチングが組み込まれていたのです。当時は自分のビジネスプロポジション、ビジネスモデル、事業計画で思考がいっぱいだった私に、コーチは“Who you are, Who you are becoming?”と何度も問いかけてくれ、自分の内面に向かう試みへとガイドをしてくれました。その仕事、その事業をすることが自分の人生にどのような意味を持つのか?その仕事を通して、あなたはどんな人になっていこうとしているのか、という問いの答えに確信が持てないまま、ともすればそこから人は目をそむけ、目に見える事象や頭でわかるデータにだけ注意を向けてしまいがちです。

2020年にロックダウンを単身赴任先のシンガポールで経験し、先が見えない孤独を感じた中、2013年当時、自分がクライアントとして受けたコーチングの感覚が蘇り、このように人と向き合ってサポートできるようになりたいと考えました。200時間以上のトレーニングと150時間以上に及ぶ実際のコーチングは、プロとしてのスキルを磨く以上に、自分の中に隠されていた不安や恐れ、それまで気づかなかった強さや意志が表面に浮かび上がるような時間で、身震いをすることが何度もありました。同時に多国籍の参加者が、国や文化は違えど同じ不安と希望の中で揺れていること、外的環境が激変する中で内的な確かさを求めている人が増えていることを実感しました。

適応とレジリエンス
エンデミック、これまでにない不安定な政情と経済環境、進むAIの波の中で、我々は適応しようともがいています。ただ適応を続けているうちに、自分を見失ってしまうことはないでしょうか?自分の中に無いモノに、人はなれない、と思うのです。
さてコロナ以降、レジリエンスという言葉が政府のメッセージで、識者のオピニオンで、様々なトピックで頻出するようになりました。困難な状況からの回復力、復活する力という意味で、先ごろ開催されたCOP27でもレジリエンスがキーワードの一つになっていたのは不思議ではありません。回復する力は持続可能性の大きな要素でもあるからなのです。ハーバード・メディカル・スクールによると、レジリエンスの源とは、1)目的を持つこと、2)強い信念があること、3)人生で支えてくれる人々がいること、4)変わっていこうという意識などだそうです。

また、2022年にワールドエコノミックフォーラム(WEF)は、レジリエンス共同体を立ち上げると発表しました。WEFはその声明の中で、レジリエンスは長期的で持続可能かつ包括的な成長を達成するための一連の戦略的能力で構成されると説明しました。また、レジリエンスに対する国をまたいだ協調的かつ体系的なアプローチには、共通のフレームワークが必須であるとも述べています。このフレームワークは、各組織に共通の構造や目標を提供し、危機や混乱がより頻繁に起こる環境下で、持続可能性と包括性をどのように保護し、強化するか、というものだそうです。“レジリエンスを鍛えなければ、今後の社会経済は持続しない”とWEFのCEOであるブロンデ氏は述べています。

レジリエンスは本来の力を取り戻すこと、レジリエンスを鍛えることで、我々が本来持っている力やリソースで今後の困難に立ち向かっていく事です。その時適応力はレジリエンスのひとつのパーツと言えるでしょう。自分は本来何者で、どのような信念を持ち、どのような目的に向かって生きていくのか、という認識が重要になるのだと思います。

持続的な企業が持つ力
企業は環境に応じて事業ポートフォリオを組換えていく必要があります。かつてのコンピュータ機器メーカーがソリューションプロバイダに変わり、フィルムメーカーは化粧品、医薬品、再生医療の分野を中心に構造変換しました。エレキが得意であった電機メーカーはコンテンツ事業を中心に据え、モビリティの進化は自動車製造業をソフトウエア開発業に変えていこうとしています。事業を再編し、新しいニーズを取り込み、変わっていくからこそ持続力が生まれるわけですが、その時こそ、“自社の軸足は何か”を見つめなおしたいと考えます。かつて勤務していた博報堂という会社の元社長であった東海林氏が、当時よく「企業星座」という言葉を使っていました。星の組み合わせ(事業の組み合わせ)が変わると、それを線でつないだ星座の形は全く違って見える。ただ星座(企業)がある天空の座標は変わるわけではない、という意味だったように私は解釈していました。
本来の自分軸、自社の軸を忘れてしまうと、アンカーが切れた船のように変化の波の中をゆらゆらさまよいがちです。新しい経営方針や経営計画を発表した時に、ステークホルダーから、この企業は一体どこへ向かっていくのか、というような声が上がることがありますね。そんな時、レジリエンスを思い出したいものです。企業理念や創業の魂が本来の力、つまりアンカーだとして、それを現在あるいは今後の環境の中で解釈しなおすこと。この内なる確かさを軸として環境変化に立ち向かっていくこと、適応していくこと、これが持続的な企業のエッセンスではないかと考えています。

 

松風 里栄子

サッポロホールディングス株式会社 取締役
株式会社センシングアジア 代表取締役

㈱博報堂、㈱博報堂コンサルティングを経て㈱センシングアジア創業、2016 年ポッカサッポロフード&ビバレッジ㈱、2018年からPokka Pte. Ltd のグループCEOとしてシンガポールに在住、経営再建しつつ60か国以上をマネージ。2022年日本に帰国し現職。ターンアラウンド、M&A、グローバルマーケティング分野で豊富な経験を持つ。 

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