マーケティングホライズン2023年1号

もう一度マーケターになろう!

社会人となり最初に総合食品企業に入社して間もない頃、マーケティングは憧れの仕事でした。本社にいるマーケターは光り輝いて見えていました。自分の裁量で商品を作れる「・・・戦略」なんて恰好良い会話ができること、すべてが魅力的に映ったのです。

すでにマーケティングに関わって40年も経ちました。残念ですが、最近ではリスクの高いマーケティング部署は異動先として避けられることもあると聞きます。私が感じたマーケターの輝きは、もはや魅力的に映らなくなってしまったとしたら大問題です。そして自分自身もデジタル化によってどんどん変わる環境に、少々食傷気味になっていたことに気づきました。もう一度自分を振り返り、今号の特集テーマである「ココからはじめる」にちなんで、「もう一度マーケターをはじめよう」としました。

今年からは、これまでの経験の上に、新しいこともどん欲に吸収し挑戦する決意です。そう思うと逆に自分の経験の長さというのは、ある種の希少資源として活用できるのではないかと奮い立ちました。新人の頃、「マーケティングは社会科学」と先輩ⅰから教えてもらいました。完全な再現性もなければ、すべてが数式で解けるわけでもなく、科学的姿勢は基本ですが、経験や感性も有効ということになります。上原征彦先生ⅱも、マーケティングが「規範科学」であることを見失いがちなことに警鐘を鳴らされているように感じます。ベテランマーケターもどんどん前を向いて経験を活用していきたいところです。

一方で経済成長が高い水準を維持していた時期に構築された欧米発のマーケティング理論は、再検討が必要な時期を迎えています。マーケティング活動の前提となる社会が変わってしまっていますから、これも当然といえます。「デジタル化」と「社会のスローダウン」ⅲⅳという2つのトレンドは、どちらも人類が初めて経験する状況ですから、これまでの延長線上では答えが得られないのです。この2つの環境変化によるマーケティングへの最も大きな影響は、2つ挙げることができると考えています。

一つ目の影響は、真のロイヤルティⅴを中心としたマーケティングへの変換であります。市場拡大の最中には、新しい需要がどんどん湧出してきますから、この需要をいかに早くとらえるかということが至上命題でした。すでに人口自体は減少に転じていますので、今後はひとたびいただいたご縁を、真のロイヤルティを育み徹底的に大切にすることが重要となります。いわば「狩猟型マーケティング」から「農耕型マーケティング」への転換です。そこにデジタル・メディアとくにSNSという個客のロイヤルティ育成にピッタリのツールが生まれてきたわけです。かつて製造業やサービス業は、製品開発がその競争力の根幹で、個客との接点は小売業の範疇でしたが、これからは価値を産み出した当事者が、自らが直接お客様と対話し繋がっていくことが大切になります。

一昔前だと製造業等では、「お客様のリストは社内に持たない」などのポリシーが見受けられました。リスク管理の観点もありましたが、わが国独特の流通システムへの配慮も強かったと感じていました。これからは価値提供の主体者である製造業やサービス業が、直接個客に関わっていかなくてはならないと考えます。なんと素晴らしい時代が来ているのでしょうか。自分の産み出した価値(ベネフィット)を楽しんでいただいているお客様に、直接つながって会話できるのです。

すでにこのような取り組みは、世界中の先進企業で始まっており成功しています。個客が企業に接点を持つときが、個客と繋がれる大きなチャンスです。店頭や広告だけでなくコールセンターや問い合わせページなど、あらゆる個客接点をマーケティング・ミックスに取り込んで、統合的に機能を図るべきでしょう。2022年10月に開催されたWorld Marketing Forum2ⅵの中でコトラー教授は、「マーケティングとは、カスタマー・エクスペリエンスを具現化することだ」と述べていました。

もう一つの大きな影響は、「市場創造の重要性」ということです。ディヴィッド・アーカー教授は、「(ごくわずかの例外を除き)成長を続けるたった一つの方法は、サブカテゴリ(市場創造)によってゲームチェンジすることだ」ⅶと言っています。先ほどのWMF2ではコトラー教授も「起業家的マーケティング」の重要性について同様な示唆を示されました。一方で多くの実務家においては、市場創造の難易度の高さを理由に、低成長経済に移行してからは忌避すらしているのが実態です。日本では梅澤博士ⅷが長年市場創造の研究を継続され、実は市場創造型商品の方が、既存市場への参入に比べて成功率が100倍程も高いⅸという重要な研究結果を発表されており、事実は一般的な認識と大きくかけ離れていると言えましょう。
 市場創造のためには、かつては多額の広告費や営業活動などが必要でしたが、現在においてはデジタル・メディアが情報の拡散を手伝ってくれます。なによりもサステナブルな社会を構築していくためには、コモディティ領域での熾烈な競争は好ましいものでなく、新しい価値提案である市場創造だけが、資源や環境を保全しながら豊かな社会を作るただ一つの方法となることは自明です。まさに市場創造が求められ、また、それが可能な環境が整ってきたと言えましょう。

マーケティングに求められる対応は、この10年くらいの間にとてつもなく進化しています。この進化に気づけば、マーケティングは再び本当にエキサイティングな、誰もが憧れる仕事になるのではないでしょうか。かつて自分が初めて「私の仕事はマーケティングです」と言えたときの誇らしさや高揚感を、もう一度味わってみてはいかがでしょうか。好都合なことに、マーケティングは高速に変化していて、誰もが明日のマーケティングでは同じスタートラインに立っているのですから。


《注釈》
ⅰ 山中正彦氏、当時の上司。現在は株式会社KSP-SP社代表取締役ファウンダー兼CTO
ⅱ 上原征彦氏(公益財団法人流通経済研究所 理事・名誉会長)、 「規範科学としてのマーケティング論~需要創造を標榜する実学~」、日本マーケティング学会 ワーキングペーパーVol.7No.10
ⅲ 福島常浩、越尾、本宮、 「ビッグデータによる新商品と成功率の研究」, 市場創造研究第4巻、 一般社団法人市場創造研究会, 2015 以降当会では2022年まで継続して研究対象としている。
ⅳ Danny Dorling, “Slowdown:The End of the Great Acceleration”, Yale University Press, 2020
ⅴ ロイヤルティの定義は数多く存在するが、反復購入率や購買中のシェアなどは行動レベルの指標であり、生活者の忠誠度という心理的な指標とは乖離がある。コトラー教授のAdvocationは真のロイヤルティ測定の一つの試みと考える。
ⅵ Asia Marketing Federationの総会を兼ねた招待制のフォーラム(2回目)。本年はインドネシアのウブドにて、10月6~8日に開催された。
ⅶ David Aaker, World Marketing Summit 2019講演にて。
 ⅷ 梅澤伸嘉、経営学博士・経営コンサルタント。
 ⅸ 梅澤伸嘉、「長期ナンバーワン商品の法則」、ダイヤモンド社、2001年

 

福島 常浩

トランスコスモス株式会社 上席常務執行役員

味の素で20年近くマーケティング関連業務とIT関連業務を担当、その後GEにて生保のネット販売事業の立上げ、三菱商事にてID-POSビッグデータ事業の立上げ、ぐるなびにて事業拡大と東証1部上場、メディカル・データ・ビジョン株式会社にて医療情報の活用事業の立上げを行い東証1部上場。その後現職。
新規事業・新商品の立上げを多く経験。
日本マーケティング協会理事およびマーケティングマイスター。

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