有機農業という冒険

私はいわゆる脱サラ農家です。年間50種類の野菜を有機栽培し、個人の消費者や飲食店に直接販売しています。

5ヘクタール(5万平方メートル)ある畑は露地栽培が中心で、ビニールハウスを使わずに屋外で野菜を育てています。気温や雨風のコントロールができないため、季節の気象条件に合った栽培しかできません。夏はきゅうり、トマト、ナスなどの高温に適した野菜のみ、冬はキャベツ、白菜、大根など低温に適した野菜のみになり、結果的に旬のものだけを順繰り栽培することなります。


自分自身が食べたいものをたくさんつくってお客さんにも食べてもらいたい、という発想から出発しているので、常に10~20種類の野菜が収穫できるような栽培体系を取っています。そのため私の畑は、ほうれん草、小松菜、かぶ・・・と言った具合に、一畝ごとに品目が変わるパッチワークのようになっています。
また、顧客に直接販売しているため、一度にたくさん出荷するのではなく、少しずつ切らさず出荷する必要があります。市場に出荷する一般的な農業では、数種類の品目に絞り、一枚の畑に一つの作物を一気に育てることができます。対して私たちの畑では、たくさんの種類を何回かに分けて作付する必要があります。空間軸でも、時間軸でも効率の悪いやり方であることがお分かり頂けると思います。


農薬を使わないことも、生産効率を落とすやり方です。たとえば秋冬のアブラナ科の野菜は虫に喰われやすいので、何らかの方法で防虫しなければ収穫までたどり着きません。一般には農薬を散布することで虫を防除しますが、私の農場では畝全体を防虫ネットという網で作物ごと覆うことで、虫を作物に近づけない方法を取っています。ネットの費用や、それを設置する人件費は、農薬のコストとは比較にならないほど大きいものです。野菜づくりのもう一つの大敵の雑草に関しても、除草剤を使わないので、対策にかなり手を取られます。
自分が食べたいものを、片っ端からつくりたい方法でつくる、というのは趣味の家庭菜園の考え方です。そう考えると、久松農園は巨大な家庭菜園とも言えます。事業性から出発して全体を組み立てるのではなく、好きなこと、やりたいことが先にあって、それを成り立たせるにはどうしたらいいかを、実際に走りながら考えているイメージです。


ではなぜそんな非効率な農業が成り立っているのか、といえば、徹底したプロセスの合理化・効率化と、スタッフの高いモチベーションがあるからです。既存の農家が経験や勘に頼ってなんとなくやってきた栽培の工程を、誰にでも再現出来るように言語化・数値化する。ITを使って、栽培から販売までのノウハウの蓄積・情報の共有を行う。そんな仕組みの下に、農業が大好きな人が集まり、喜びを持って仕事に取り組んでいます。皆が常に改善を考え、アイデアを出し合うので、生産性は年々向上します。しかし、コアにあるのは全く非効率な多品目直販型有機農業。極めて非効率なものを、とことん効率的にやっているというおかしな構図です。


生産性は年々向上、などと言ってしまいましたが、その歩みは農業全体の中では決して早いものではありません。近年は農業の世界でも、生産工程の構成要素を規格化・標準化して全体設計を行う「モジュール化」が進んでいます。植物工場がその最たる例です。植物工場の生産性の高さは、工程管理が複雑で温度や水分が制御できない有機露地栽培とは、比較になりません。
そんな有機農業の何が面白いのか。逆説的ですが、うまくいかないことそのものが面白い、と私は思っています。制約が多くて、簡単に解決できないと、否応なしに知恵を絞ります。人がコントロールできる要素が少ない中で勝機を見つけるその工夫こそが、私にとっての農業の最大の魅力なのです。電池を使った現代のおもちゃと江戸時代のぜんまい仕掛けの人形を比べた時、私は圧倒的に後者が好きです。考え抜かれた「からくり」に美しさを感じるからです。有機農業の「機」は英語で言うシステム、すなわちからくりのことです。そもそも「有機農業」という言葉は、生き物のからくりを生かす農業、という意味なのです。


この原稿のお題は、「最速最短ではないところにある価値」でした。速く、短く行きたいのは、向かいたいゴールがあるからです。今回あらためてマジメに考えましたが、恥ずかしながら、私には到達したいゴールというものがありません。もちろん、お客さんにおいしい野菜を届けたいという思いは常にあります。でもそれはゴールではなく、仮の道しるべです。農業をしていると、必ず困難にぶつかります。悪天候で作物が全滅したり、大震災で顧客が離れたり。それは大変なことですが、同時に興奮する出来事でもあります。泣いたり怒ったりしながら、その困難を乗り越える快感こそが、私を突き動かしているからです。制約が多いから必死で工夫する。結果として、いいものが出来てお客さんも喜ぶ。そうやって、いつまでも飽きずに事業が続いていくのなら、ゴールから逆算して合理的に全体を組み立てないのもちょっとはありなのではないか、と無理やり自分を正当化しています。


ジョン=レノンの名曲“Beautiful Boy”の歌詞に、“Life is what happens to you while you are busy making other plans.(人生とは、何かを計画しているときに起きてしまう別の出来事のこと)”という一節があります。私にとって有機農業は、進んでいくと色々楽しいハプニングが起きる歩きにくい道と言えます。その意味では、私にとって有機農業は、事業ではなく、冒険のようなものなのかもしれません。

 

久松  達央   (ひさまつ  たつおう)
㈱久松農園 代表取締役
1970年茨城県生まれ。慶応義塾大学経済学部を卒業後、帝人株式会社入社。農業法人での研修を経て、99年独立就農。現在は7名のスタッフと共に、年間50品目以上の旬の有機野菜を露地栽培し、契約消費者と都内の飲食店に直接販売している。自治体や企業と連携し、補助金に頼らないで生き残れる小規模独立型の農業者の育成にも力を入れる。著書に『キレイゴトぬきの農業論』(新潮新書)、『小さくて強い農業をつくる』(晶文社)

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