地方都市だからこそ生まれた「はたらくをクリエイトする」こと

株式会社はたらクリエイトは、人口16万人の地方都市(長野県上田市)にあります。結婚・子育てでキャリアチェンジせざるをえなかった女性が、もう一度自分らしいキャリアを再構築し、誰でも仕事を楽しむことができる環境を作りたいという思いから事業を開始しました。Webコンテンツ制作やSNSマーケティング、DX支援、オンラインアシスタント業務などを手掛けています。


 130名いる従業員のうち96%が女性であり、86%が小学生以下の子どもを育てています。会社設立から6年が経過した今では、子育て経験の有無、年齢や性別を問わず、さまざまな人材が参加してくれるようになりました。心身の不調によりフルタイムではたらけない人も所属してくれています。
 「女性の活躍促進・両立支援」は官民さまざまなセクターで取り組みを実施していますが、公的支援を受けず民間で運営している点や、業務委託型ではなく直接雇用で成長させている仕組みに注目をいただき、取材や視察のお問い合わせをいただいております。またHR関連のアワードで受賞するなど、一定の評価を受けるまでになりました。

地方から見る「はたらく」の課題

 私が長野県で事業をスタートさせたのが2012年。「はたらき方」という点では、この10年でとても前進したように感じます。クラウドソーシングやオンラインアシスタントなど、場所を問わず柔軟にはたらくためのサービスが次々と生まれました。コロナによる社会変容によってビジネスのオンライン化が一気に進み、会社員でも場所の制約を受けずはたらけるようになったことは、社会にとって大きな前進です。ただし、それはキャリアやスキルを有した人材に限った話です。キャリアを中断せざるをえなかった女性や未経験者、子育てや介護など時間制約がある人材にとっての課題解決には至っていません。特に男女の給与差は大きなイシューであり、女性のはたらき方においては解決すべき問題が多く存在します。
 2023年6月に閣議決定された「女性版骨太の方針2023」には、「女性の所得向上・経済的自立に向けた取り組みの強化」に「多様で柔軟な働き方の推進」や「女性デジタル人材の育成などリスキリングの推進」が必要であると明記されています。柔軟なはたらき方を実現しやすいデジタル領域で、女性のIT人材をどう増やしていくかが女性の所得向上のための焦点となります。しかし、地方でそれを実現しようと思うとかなりハードルは高くなります。なぜなら、小都市では1次産業・観光業が、中規模都市では製造業・建設業が主産業となるためです。未経験からデジタル・IT領域での経験を積める場所、キャリアを醸成していける環境や機会が少ないのです。
「地方創生元年」(「まち・ひと・しごと創生基本方針 2015」が閣議決定された年)と言われた2015年からの5年間、地方創生の一環として「女性の活躍推進」に関する取り組みが全国各地で行われました。クラウドソーシングや研修サービスを有している事業者がデジタルスキルの習得支援を実施しましたが、私が知る限り、現在も継続的に取り組みを行っている所は多くありません。「地方創生時代」を地方から見ていてわかったことは、講座や研修などのスキル習得支援のみでは、前線で活躍できる人材を育てることは難しいという点。そして、スキルを身につけてもオペレーターにとどまってしまい、それ以上キャリアを伸ばすことができない点です。未経験者を育成することはそれ程に困難で、グロースさせることを前提にしたビジネスモデルや、従来の考え方では解決できない問題なのです。

すべての仕事はスキルアップのための、ステップになりえる

 資本主義社会において企業は常に成長を求められるため、より付加価値を高める方向へ向かっていきます。したがって、付加価値を生み出せる「高付加価値人材」はキャリアの階段を登り続けられますが、オペレーション業務など定格化された業務にかかわる人材は担う業務が変わりにくく、キャリアの階段を登ることができません。ギャップや格差はより広がっていきます。しかし、これからは様相が変わってくるでしょう。リクルートワークス研究所が2023年3月に発表したレポート「未来予測2040」では、近い将来日本は「労働供給制約社会」になると警鐘を鳴らしています。人を選べる時代は終わりを迎え、即戦力としての経験者を獲得することはさらに難しくなります。人材を積極的に育成し、すべての人が活躍できる環境を作らなくては社会が成立しません。
 これからの時代は、講座や研修といったスキル習得支援のみにとどまらず、定型業務から付加価値の高い業務までを階段状に実務訓練(OJT)できる仕組みを作ることが重要です。そういった点で私は、すべての仕事がスキルアップのためのステップになりえると考えます。子育てを経て久しぶりに社会復帰をする人にとっては、オペレーション業務は必要なトレーニングになりますし、初めてPCを使って仕事をする人にとっては、入力作業も重要な学習機会となります。BPOの業務を人材育成のためのトレーニングと捉えなおすだけで、デジタル・IT人材の基礎スキルを育てる可能性が何倍にも広がります。はたらクリエイトはこのようにして、IT領域で活躍できる人材を育成してきました。
 さらに、基礎スキルをベースとしつつ、DXのための応用スキルや特定業種向けITツールのスキルを習得すれば、地域内で必要なデジタル・IT人材を育成することができます。都市圏で必要とされる人材だけではなく、地域産業に必要なデジタル・IT人材を地域で育成することで、労働力の流出も防げます。 
 はたらクリエイトは、2023年6月から長野県佐久市と「地域でIT人材を育成するプロジェクト」のパイロット版を開始しており、すでに多方面からのお問い合わせをいただいています。地方だからこそ生まれた「はたらく」のクリエイトが、日本社会が直面している課題を解決に導く可能性になればと考えています。

仕事を楽しむとは

 株式会社はたらクリエイトでは、経験や環境のハードルを越え、仕事を楽しむキャリアを醸成していく取り組みの他に、「はたらくをどう発展させるのか?」を社会に問いかけるような仕掛けを常に行っています。元々はコワーキングスペースから事業をスタートさせたこともあり、楽しくはたらくために行った実験は数知れず。オフィスに託児所があり、本格的なログサウナやピザ窯、焚き火台などがあることは、私たちのカルチャーを象徴しています。クライアントの経営合宿にオフィスを貸し出したり、サウナに入りながらディスカッションしたり。ログサウナやピザ窯は、はたらクリエイトに興味を持ってくれた社外の仲間たちとDIYで作りました。仕事でもないのに、楽しみながら一緒に労働してくれた姿が印象的でした。
 アメリカのギャラップ社の調査によると、日本は「熱意あふれる社員」の割合は6%しかおらず、139カ国中132位だそうです。熱意を持って、前向きに仕事に取り組んでいる人の少なさにショックを受けました。一方で、楽しく仕事をしている人はどういった人だろうと考えたとき、一緒にサウナビルドをした仲間たちを思い出しました。彼らの多くはコロナ禍で長野県へ移住して来た人たちでした。自身の人生をより豊かにするために居を移し、仕事にも生活にも地域コミュニティにも前向きに関わろうとしているように見えます。彼らがどのような領域に興味を持っているかを観察してみると、「仕事なのか仕事ではないのかわからないあいまいな領域」に関心を示しているように見えました。重労働にも関わらず、サウナ小屋を楽しみながら作ってくれたように。

 上の図は、山口周氏の著書『ビジネスの未来 エコノミーにヒューマニティを取り戻す』で記されている「経済合理性限界曲線」をベースに、筆者が加筆したものです。 
 山口氏は「市場は経済合理性限界曲線の内側の問題しか解決できない」とし、「外側にこそイノベーションの源泉がある」と指摘しました。だとすれば、曲線の少し外側こそがまさに「仕事なのか仕事ではないのかわからないあいまいな領域」であると言えるのではないか。
 これは、前述したリクルートワークス研究所のレポートの中で「労働供給制約社会の解決策」として提案された、「ワーキッシュアクト」という概念とも重なり合います。ワーキッシュアクトとは、何か社会に対して提供しているかもしれない、本業の仕事以外の活動を指す言葉です。経済合理性限界曲線の外側に「はたらく」を広げていくことができれば、仕事を楽しめる人や人生を豊かに生きる人がもっと増えるのではないかと、私は考えています。

コミュニティドリブンで作る「はたらく」のこれから

 2022年11月、軽井沢町のお隣、御代田町(みよたまち)にコワーキングスペース「Gokalab(ゴカラボ)」を開設しました。コンセプトは「はたらくが広がる研究所」です。研究所という言葉には、「はたらくが広がる」というテーマで集う人たちが、サービスの提供者と受給者という関係を越え、それぞれ興味のある研究に協力し合う場にしたいという願いを込めています。そのため、収益も含め運営に関するすべての情報を開示したり、研究費(利用料)を月額3,400円と破格に設定したりと、会員費前提のビジネスモデルをやめました。
 コンセプトのもと、計画もひかず、運営に関わる経費をどう生み出すのかというテーマだけを定めて、何が起きるかを検証してみました。
 この1年間で、Gokalabでは多くの取り組みが生まれました。ゲストを招きはたらき方をアップデートする「Gakkai」、各自の研究テーマをディスカッションする「Cogakkai」、月々粗利3万円のスモールビジネスを生み出し収益の足しにする活動「3Biz」、子どもがはたらくことを学ぶ「Gokalab.kids」。サウナやコーヒーなど興味のあることを仲間と一緒に探究する「研究会」も多数発足しました。これらはほんの一部ですが、多くの取り組みが誰かの「やりたい」から生まれています。Gokalabはまさにコミュニティドリブンで運営されているコワーキングスペースなのです。
 私が一番驚いたのは、Gokalabのマネージャー(弊社スタッフ)の給料を上げるにはどうすればよいかを、多くの研究員が真剣に議論し、そのためのアクションをしてくれたことです。施設の収益を上げようとひと月で25本ものイベントを企画し、単月ではありますが黒字を達成させました。普通のコワーキングスペースではありえないことでしょう。
 Gokalabコミュニティで生まれたプロジェクトには、その他にも、長野の名物である「おやき」を新しい視点で捉え直した商品「サまん(サウナ後に食べる肉まん)」があります。クラウドファンディングで442%達成し、ビジネスとしても可能性が見えてきました。
  Gokalabは「行けば知り合いがいる」という場に育ってきました。約束をしていなくても会いたい人に会うことができ、「今、こんなこと考えてるんです」と仕事の話をしたり、はじめましての人ともちょっとした雑談で仲良くなったりします。仕事と仕事以外の境界があいまいな状態だからこそ、思いがけない方向に「はたらくが広がっていく」んだなと実感しています。
 ワークスペースとして利用するだけでなく、「頑張っているから応援したい」「面白そうだから関わりたい」「地域のためになるなら手伝いたい」といった目的でGokalabの運営に関わってくれている人たちを見ると、やはり「経済合理性限界曲線の外側」にこそ人は楽しみや幸せを感じるのだとわかります。これからはコミュニティドリブンな場こそが、人々の「はたらく」の原動力になっていくのかもしれません。

「はたらくが広がる」現在地とこれから

 仕事におけるさまざまなギャップを解消し、「はたらく」を楽しむための取り組みは、民間・行政含め多くの方と共に進められる環境が整ってきました。しかし、まだ土台にしかすぎません。
 冒頭でもお伝えしたように、地方には女性のはたらき方に関する課題が多く残っています。私が特に問題だと感じているのは、男女の給与格差・ペイギャップに関することです。「地域からジェンダー平等研究会」の調査(2023年)によると、長野県は経済分野においてジェンダーギャップ指数が41位です。経済的自立なくして、ギャップの解消などありえません。
 これまでは、キャリアが中断された人材がスキルセットを身につけ、仕事を選択できるようにする取り組みが、キャリア支援の中心でした。これからは、それをベースに確実にキャリアの階段を登るための仕組みを作ることが求められます。男女の給与差を始めとしたさまざまなギャップを解消するまで、あきらめず発展させていかなくてはいけません。
 私は、未経験者・子育てや介護など時間制約がある人材がデジタル・IT人材となり、格差のない給与を得られる仕組みをこの長野県で作っていきます。その仕組みはいずれ、日本経済においてのさまざまなギャップの解消につながっていくと信じています。多くの人が楽しく仕事をし、はたらくことで幸せになれる社会の実現に向けて全力で取り組んでいく所存です。

井上 拓磨(いのうえ たくま)
1980年愛知県生まれ。2012年長野県上田市にて、県内初のコワーキングスペースHanaLab.を開設。2017年にはたらクリエイトを設立し、「女性が長期的なキャリアを見据えて働くことのできる環境」を核としながら、企業の成長をリモートチームとしてサポートするサービス「banso.」を展開する。2022年には「はたらくが広がる研究所」というコンセプトで運営する「Gokalab」を開設。内閣府の男女共同参画推進委員・地域活性化伝道師。

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