【異常事態の日本の産後環境】見過ごす問題、新たな視点

昨年9月、NHKが放送した「知ってほしい“産後のうつ”~92人自殺の衝撃~」という番組で、専門家が「異常事態」と警鐘を鳴らしていました。

国立成育医療研究センターの調査結果では、2年の間に、出産後1年未満に死亡したママの死因のトップは自殺で92人。中でも、35歳以上や初産のママにその割合が高いそうです。この結果を専門家は、産後うつなどが関係しているとみています。どうしてこんなことになっているのでしょう?


筆者は昨年夏に54歳で新米パパになりました。そして、日本の産後環境についての課題がいくつか見えてきました。それまで気づいていなかった、知ってはいても強く意識してこなかったことが、次々と体感されました。

課題1 不十分なサイエンス
日本の医療は素晴らしいし、かつては失われたであろう赤ちゃんの命も救えるようになりました。そこで、産前産後・育児についても科学的な知識を活用したケアや指導がされると、勝手に思っていました。

ところが、現場は程遠い実態で、同じことでも人により言うことがバラバラ。例えば、妊婦の運動について、アメリカでは奨励されていますが、日本の病院では止めておいたほうがいいと言われました。授乳については、左右の片方5分までしか意味はないと教えられることもあれば、片方30分かけなさいとアドバイスされたこともあります。

さらには、間違ったアドバイスまで混ざっています。親や知り合いが言うことには特に、古いものや誤っていること、または、記憶が間違っていることも。しかも、個人差があるのに平均値的な視点で言ってくる。「悪意なき押しつけ」ほど困るものはありません。そして、不思議なことにそのほとんどが断定的な言い方です。初産で不安なママ・パパはそれだけで戸惑い、ストレスを感じます。

課題2 ユーザー不在
ビジネスでは、ユーザーの体験や満足を高めることを重視します。しかし、日本の産後環境では、ユーザー=母親の体験はひどいものです。むしろひどくする方向にプレッシャーがかかっている感すらあります。これでは、リピーターや新規ユーザーが増えるわけはなく、少子化は必然かと。

育児では、総じて「ママ頑張ってね」となります。ときには、「赤ちゃんファーストでいいじゃないか」「ママの甘えだ」など、母親はどうなってもいいから、赤ちゃんに良いことをしなさい、と言うメッセージもみられますが、母親が犠牲になって赤ちゃんがハッピーになることはないでしょう。

ストレスだらけの母親は、赤ちゃんに対して余裕がありません。夫に対してもそうです。すると、家庭は暗くなり、赤ちゃんにとってもいいわけありません。

課題3 無意識レベルの男性の育児無関心
「ゼロコミット男子」なる言葉があるほど、日本では育児へのコミットメントが低い男性が多いのは知られていますが、その無関心さは無意識のレベルに植わっているようです。

東京大学名誉教授の養老孟司氏は、著書「バカの壁」で、ある夫婦の妊娠から出産までを追ったドキュメンタリー動画を学生に見せた際のエピソードを挙げています。女子学生が「新しい発見がたくさんありました」と言う一方、男子学生は「こんなことはすでに保健の授業で知っていることばかりだ」と言ったというのです。

養老氏は、男子学生は、常識や前提となる情報にとらわれ、「わかっている」と思い込んでいるのだと言います。そして、自分にとって興味のある情報しか見ようとせず、かつニュースなどを鵜呑みにして「わかったつもり」になっている人が多いと指摘します。

課題4 日本文化の誤解
「育児は女の仕事」など、古くから日本に根付くものではありません。明治大学の藤田結子教授は、「多くの人がサラリーマン家庭で育っているから、そういった環境がずっと続いてきたように錯覚してしまうかもしれないが、それは違う」と指摘します(『流行語になった背景は?「ワンオペ育児」藤田結子教授に聞く実態』kufura、2017.12.03)。

「農林水産などの第一次産業が社会の中心であった時代は、夫婦が家のそばで働き、3世代が同居し、近所のつながりもあって、母親が1人で家事育児をこなすのは特異なことだった」と藤田教授。

高度成長期からサラリーマンと専業主婦が激増し、核家族化が進み、地域のつながりも薄れ、社会の構造が転換。母親が「孤独」に陥りやすくなってきたのです。ヒトはそもそも群れて生きる動物であり、赤ちゃんは共同養育が当たり前ですが、社会構造の変化で実現しなくなってきている。それではひずみが生じるわけです。


経営の視点で産後育児を考える
こうした課題が山積みの日本の産後環境は、他の先進国と比べて劣っているとの報告も多々あります。とはいえ、文句を言うだけではどうにもなりません。そこで、産後育児に経営の視点を加えてみましょう。


経営では、限られた資源を有効に使うため、投資効率や生産性を考えます。そして、トレードオフを考えます。一方を追求すれば他方を犠牲にせざるを得ない状況では、選択肢のメリットとデメリットを考慮したうえで、意思決定することが肝要です。


例えば、1人目の赤ちゃんを母乳と布オムツで、2人目を粉ミルクと紙オムツで育てた友人は、「同じですよ、問題ない。ママが元気なのが大切」と言い切ります。


彼女は、初産にあたりいろいろとインプットを受けて、大切な赤ちゃんのためにと歯を食いしばった頑張り屋さんですが、2人目のときは方針転換をしました。母親が疲れ果てていることが、赤ちゃんにとって良いわけはありません。1人目の経験をふまえて、ベストの選択をしたわけです。


プロダクトとして母乳がいいから、とにかく母乳だ、という論が日本に充満していますが、経営的にはいかがなものかと思います。母親という資源は有限であり、「楽をするな、何とかしろ」というのは賢明ではありません。母親が疲れ果てれば、赤ちゃんはじめ、家族みんなにマイナスなのです。すると、母乳とミルクの組み合わせ、あるいは基本はミルク、という選択が良い場合もあります。


そして、チーム。ママ、パパはじめ家族メンバー、そして力を借りる人・組織のチームワークが大切です。意外と、チーム内でのコミュニケーションに問題があったり、互いの期待がズレていることがあります。夫婦の間ですら、産後のママの変化にパパが適応できていないことも少なくありません。


社員を変動費ゼロの固定費(同じ給料を払うならコキ使え)とみて酷使する会社をブラック企業と呼んだりしますが、母親を固定費とみて育児を丸投げしている「ブラック家庭」では、ブラック企業と似た問題が生じる可能性があります。コスト(=犠牲)を払っていることを忘れてはいけません。産後うつや自殺はそのひとつの現れでしょう。


ちなみに、産後育児への参加は父子の長期的に良好な関係につながるとフランス政府が報告しています。フランスは、真の「親」になることは容易ではないとの前提で、政策を考えています。ブラック家庭では、真の父親になり切れていないパパが多いかもしれません。


そして、経営ではビジョンやゴールに向かって作戦を立てます。家族のハピネスを目的とすれば、選択や判断も変わり、道が見えてきませんか?例えば、ある医師は「ブランド病院で出産しても、産後院やシッターや産後ドゥーラにはケチという旦那さんが多い」と語っています。「産後ケチ」にならず、産後への戦略的資源配分を考えてもいいでしょう。


例えば筆者の場合、時間とお金を傾斜配分しました。出産直後は特に大変なので、はじめの3ヶ月は育休できるよう前々から準備し、それ以降も可能な限り時間が自由になるように努めました。


育児休業(育休)は日本で権利として認められていますが、男性はわずか6%しかとっておらず、育休取得者の中で1ヶ月未満が81%、5日未満は36%と短期間です。ママが精神的に最もキツイのが2週間後あたり、夜泣きのピークが4週間後あたりと示す調査もあります。5日未満では焼け石に水で、1ヶ月未満では戦半ばでの敵前逃亡と同じになりかねません。


お金については2つの策をとりました。まず、傾斜配分に向けた原資の捻出、つまり産前の贅沢をつつしみ稼いで産後に回す。そして、産後の購買判断のハードルを下げる、つまり多少値段が高くても意味ある出費はいとわない。


例えば妻が「どうしよう」とつぶやく産後プログラムに、こういう時こそお金を使おうと説得したこともあります。そして、産後院を利用したり、シッターや産後ドゥーラや助産師さんにお世話になりました。


戦略的資源配分には、長期的な視野で考え行動することです。そして、投資はもたもたせずスグ決めること。その積み重ねの先に、家族のハピネスを実現できると信じて、確固としたコミットメントを持ち、粘り強く取り組むことです。




本荘  修二   (ほんじょう  しゅうじ)
本荘事務所 代表
多摩大学大学院経営情報学研究科(MBA)客員教授
新事業を中心に、イノベーションやマーケティング、IT 関連などの経営コンサルティングを手掛ける。日米の大企業、ベンチャー企業、投資会社などのアドバイザーや社外役員を務める。
500 Startups、始動 Next Innovator、福岡県他のメンターを務め、起業家育成、 コミュニティづくりに取り組む。

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