「良い賞」に育つための条件<後編>

「良い賞」に育つための条件

C 私がお手伝いをしている団体で小さな映画祭をやっています。世界から映像を集めて上映して賞を渡す。今年で6年目になりますが今年初めて賞金を出しました。グランプリを獲ったら10万円、次が5万円。これを出した瞬間に物凄く作品が集まるんです。

なるほどと思う反面、作品がたくさん集まるのでクオリティが上がり、良い作品が集まれば主催者側のメリットにも繋がる。恐らくこれが好循環してロールアップしていき賞が社会に認知してもらえて良い賞になっていくのではないでしょうか。

どれが最初のきっかけになるかは分かりませんが、主催者側の公明性、純粋性かもしれないし、受ける側のメリットが先行するのもいいかもしれない。それがちゃんとさっきの3つが順繰りになって連動してロールアップしていくようなそんな賞が良い賞なのではないでしょうか。


片平 賞の格は、過去にこんな人がこの賞取ったんだよと言うことでじわじわと格が上がっていきます。先程のお話の中にありました、授賞・受賞することで育っていく。

カンヌ広告賞見ていると、時代に合わせてこれからはデジタルだとどんどん大きく変わっていく。今までのテレビ広告とか、伝統的メディアの広告のウェイトが低くなっていく。

でもその根っこは同じでクリエイティブ性を評価する、各領域の重みをどんどん自分の方から先手取って変えていく、そこのところのプロデュースというか匙加減が良い賞はよくできているなと感心します。


C コアはきちんとあって時代の変化に上手く付いて行けるかどうか。素晴らしい伝統芸能に似ていますね。時代を経てそれが素晴らしい賞になっていく。


D 頑固さと柔軟性ですよね。

片平 絶対時代に負けてしまってはいけない。時代とにらめっこして勝っていかないと。いい賞は時間を超えて揺るぎないですよね。あと、世代が二世代回るといいですね。小さい時あれに憧れてその世界に入った人がその賞にたどり着くという。


C オリンピック、パラリンピックが他の賞と違う素晴らしさは、マイナーだった競技を知らしめられるというアナウンス効果が大きい。メジャーなものではなくマイナーなものを上に上げていく力は賞というものにはあり、産業自体もうまく盛り上げられていくチャンスになります。


B ロエベ財団が現代のクラフツマンシップの卓越性、革新性、芸術的価値を認識するアニュアル インターナショナル アワード「ロエベ クラフト プライズ」を行っています。

そこでは、現在の文化的枠組みにおいて工芸を認識する場をつくるとともに、未来の工芸の新しい道を切り拓く卓越した才能、芸術的ビジョン、革新的な技術を有するクリエイターを支援することを目指しています。

ラグジュアリーの眼を通して、いいものを再認識する機会を彼らは作ろうとしているので面白いですね。ブランドが作っているので偏りがあるかもしれませんが、逆に彼らの眼・フィルターを通して伝える事で、自分の周りにあった物で知らなかったとか、そういう作家さんを含めて伝わっていくのは良いことだと思っています。


片平 辛口の意見はありませんか?


A 業界活性化のために作られたのであろうベストなんとか賞の類いは、少々乱立気味ですね。取材ネタができるワイドショーと受賞したタレントさんは喜ぶのでしょうが、実際に業界がどれほど活性化できているか怪しいです。どうでもいい賞が増えてしまうと、賞全体の価値が低下し、賞よりも個人の目利きに走る傾向が加速します。


C レコード大賞は必要悪(?)かもしれないですね。賞の在り方は別としてインナーマーケティングに凄く使えるんです。だから賞は関わり方だと思います。一致団結して社長から現場の社員まで力を合わせて賞取りに向かうことで一体感も生まれます。

レコード大賞にしても何でも、レコード会社にはそんなにメリットはないのですが、高い視聴率の放送に出れれば広告効果は高い。それ以上に何故やるのかっていうとプロダクション対策。プロダクションはああいう賞を取ると、翌年の営業の金額が全く違うんです。直接的なメリットが凄いのです。

そのことに対してレコード会社も一生懸命一緒に協力するとプロダクションから一押しの歌手をまたそのレコード会社に持ってきてくれるかもしれないという、持ちつ持たれつで、賞レースはビジネスをより良くしてくれる潤滑剤になります。そのように2重の意味でインナーマーケティング効果があるのです。


A 高度成長期の歌謡大賞・レコード大賞等は、年末の一大お祭りみたいでした。当時はそれを観てから紅白へという流れがあり、裏で大人の事情があろうがなかろうが、国民を巻き込んだ一大行事、一年の総まとめとして皆が楽しめるお祭り騒ぎという意味でいい賞でした。

マスが成り立つ時代ゆえに公共性が担保されていたわけですが、そういう年中行事として成立する圧倒的な賞が減ってきているのは少々寂しい気もします。


C あの頃の音楽は社会に影響を与える力があった。ラジオ局やテレビ局等がそれぞれ主催した賞もありました。しかし音楽が段々社会に広がる力を持たなくなったらメディアは音楽賞を止めてしまいました。メディアが賞をやるメリットが少なくなった。

当時のレコードの販売数はCDが爆発的に普及してからの圧倒的な数と比較すると本当に少ないんですが、社会が求めていたものがまだ音楽にあって音楽賞をやっていましたね。ある意味では、日本の音楽賞は時代のあだ花だったのかもしれません。


B アカデミー賞、グラミー賞的なものはアメリカにいると友人家族が集まってそれを見て大騒ぎします。そういうものは楽しいし、社会全体が良い空気になりますよね。

音楽の賞の存在が日本とアメリカでこんなに差が開いた理由って何でしょう。そこは一つ、賞を考えるポイントになるのかもしれません。


片平 本屋大賞は凄いイノベーションですね。特別に新しい技術を全く使わず、純粋に面白いと直感的に思った作品に賞を与える。本来の賞の在り方なのかもしれません。

いまの世の中には、イージーな考え方で賞を作って動かそうとするのが多すぎて、そこに覚悟というものがない。なぜ、これが受賞しているのかという理由がブラックボックスになっているものも多い。

逆にオープンにしているのが本屋大賞ですし、本屋がある限り続いていく賞だと思います。しかもその辺の普通の人より本を沢山読んでいる人が選ぶのは、草の根の時代で、きちんとした賞としていいですね。


D 本屋大賞も実際売れるし、読むと面白いし、文学賞とか取ってないものも選ばれて、権威ともさりげなく抗っているし、それが賞の価値を高めているのかもしれません。賞を作った時の動機の公共性、純粋性、頑固さ、柔軟性故だと思っています。

そして現代は、頑固さが逆に受け入れられる時代だと思います。ネットの世界では、臨時ニュースが入り、どのチャンネルもそのニュース一色になろうとも、テレビ東京だけはブレずに通常番組流していることで盛り上がっている。

賞もそういう、時代にくみしない頑固さがあるから続くんじゃないかと思うし、それが共感にも繋がります。頑固さがあれば貰った側も嬉しいんです。貰った側も嬉しい賞はそういうところから生まれるんじゃないでしょうかね。


C 頑固さに対する共感もありますよね。


片平 賞は普通では取れない敷居の高さが命。思想も哲学も大切ですが、ここまでしないとこの賞取れないんだよっていうような、そう簡単にはとれないんだよっていうところを一つの物差しとして提示したうえで一番高いところを目指して、時代に囚われずこれを守る。こういう気概があってほしいです。

実際に動かしているのは裏方ですから、裏方がしっかりしないと。縁の下の力持ちが頑固で汗かいて、守っていく。商売の為の賞が多すぎて、もう少しピュアな賞ができてほしいですね。


D 歴代の受賞者が審査員に名を連ねている文学賞がありますが、それは受賞した人がその賞の権威を落とさないということにも繋がりますよね。そういうのも装置としては大切ですね。それが賞を次世代に引き継ぎ、育てることにも繋がっていますね。


片平 そういえば日本マーケティング協会も『日本マーケティング大賞』をやっていましたね。こちらも今日の座談会の意見を参考に永く続いてほしいですね。今日は有難うございました。


前編はこちら>>https://www.jma2-jp.org/article/jma/k2/categories/514-mh181006



片平 秀貴  (かたひら  ほたか)
丸の内ブランドフォーラム 代表
元東京大学大学院経済学研究科教授(1989年~2004年)。「丸の内」ブランド再構築のお手伝いがきっかけで2001年丸の内ブランドフォーラム創設。「変人×職商人(しょくあきんど)が社会に笑顔をつくる」の信念のもと、同志とブランド育成の勉強と実践を続けている。趣味は仕事とラグビー。

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