アメリカに住んでみて改めて思う、「心地いい普通」たち

(こちらの記事は、マーケティングホライズン2020年5月号『素晴らしい普通』に記載された内容です。)


改めて振り返りたい「ノームコア」

「ノームコア」という言葉を覚えているだろうか。「Normal」と「Hardcore」を合わせて作られた造語で、訳すならば「究極の普通」といったところだろうか。2013、14年あたりにニューヨークで生まれた言葉で、一般的にはファッショントレンドとして、日本でも多くの雑誌で使われたと思う。

それを通じて世の中に広まったのは、「ジーンズや無地のTシャツ、スウェットといった、気取らないアイテムをさらっと着こなすのがオシャレ」というような流行としてだった。そして、生まれては消えていく他のファッション用語と同じように、いつの間にか使われなくなってしまった。


「素晴らしき普通」という今回の特集テーマを聞いて、最初に思い浮かんだのが、この「ノームコア」だった。実はこの言葉は、ファッション用語として生まれたわけではなく、若者・未来研究の一環として書かれたレポートにあった一つのキーワードで、そこで語られていたのは、もっと社会的で哲学的な「ノームコア」という生き方・考え方だった。


詳しくは、K-Holeというニューヨークのトレンド予測会社が書いたオリジナルのレポートを読んでいただくのが一番だと思う。私なりの解釈を簡単に言うと、「個性を追求すること、自由を獲得すること」が何よりも大切なことだとされた時代から、「自由であることがすでに前提である」時代に移った今、この時代をどう心地よく生きていくかを指し示す考え方として、「ノームコア」という概念が生まれたのではないかと思う。


ここまで書いて、とても難しくわかりにくい話になってしまった気がする。まずい、まずい。私が何を言いたいのかというと、「ノームコア」とは、モノトーンのTシャツだ、スウェットパンツだ、リーバイスのジーンズだ、無印で無難なセーターだというような、「特定のファッションアイテムを規定する言葉」ではなく、「一生懸命主張したり、自分ではない何者かになる必要がなく、とことん心地のいい状態や関係を求める生き方」ということなのだと思う。


そう考えると、アメリカに移り住んでから魅力的に見える「普通」のものの共通点として、なぜか、色々と納得できることが多いのだ。さて、前置きが長くなったが、こちらに来てから改めて感じる、「心地いい普通」たちをいくつか紹介していきたい。


過不足のない心地よさを感じる日本のセダン車

私が住むロサンゼルスでは、車がないと生きて いけない。毎日、必ず、どこに行くにも使う。そして何の車を買おうかと選び始めて、ふと気づいたことがある。日本にいた時には思いもしなかった、「セダン車」がとても都合よく、魅力的に思えるのだ。


世界的なSUV人気にともなって、セダンは日本ではすでに絶滅車種だと思う。週末のレジャーでしか使わないならば確かにSUVの方が使い勝手が良いかもしれないし、購入や維持における経済的な面を重視するならば軽自動車で十分と考える層も多いだろう。私自身、日本にいたときにセダンを買おうと思うことは正直皆無だった。


ところが、アメリカではまだまだセダンは健在だ。そしてその中でも特に、日本ブランドのトヨタ・カムリとホンダ・アコードなどは、とんでもなく人気車種だ。「どうせ年配の人が買っているんでしょ?」とお思いになるかもしれないが、とんでもない。若者やヤングファミリーのセダン率もかなり高い。なんというか、車に求めることの全てが、バランスよく好都合に含まれているからなのだろう。


これだけ毎日乗っていると、当然燃費は気になる。乗り心地も快適なものがいいし、それなりに人も物も載せられる方がいい。それでいて、メンテナンスも含めたコストパフォーマンスと故障しにくいクオリティが大切になってくる。


それなりの見た目で十分で、車でそこまで自分を主張する必要もない。そういう要望のすべてを過不足なく満たしてくれるのが日本のセダン車だったりする。かくいう私も、いい意味で余計な色気も興奮もないこれらの車に、「究極の普通=ノームコア」の心地よさを感じてしまうのだ。


に一度通いたくなる「IN-N-OUT Burger(インアンドアウトバーガー)」

ロサンゼルスやラスベガスを訪れたことのある人には、聞き覚えのある名前だと思う。「IN-N-OUT」は、カリフォルニア生まれのカジュアルバーガーチェーンだ。店舗数は350ほどで、クオリティを落としたくないとの理由で、フランチャイズはなく全てが直営店。非上場のファミリー経営を70年以上貫いている。ハンバーガーの値段は、2ドルちょっとなので他の大手ファストフードと大差ない。


まず何よりも、ここのバーガーは美味しい。新鮮な素材しか使わず、冷凍庫も店舗におかないで、全てを生の素材から作っている。聞いたところによると、本社から冷凍せずに肉を届けられる範囲でしか店舗は拡大しないそうだ。この美味しさをこの値段で味わえることが、とにかく驚きだ。


そして、ここ数年のグルメバーガーブームとは一線を画して、気取っていないところがいい。東京にも進出している1,000円以上もするようなオシャレバーガーとは全く違う。それはそれで、数ヶ月に一回食べるには楽しいかもしれない。でもIN-N-OUTは、週一で行きたくなる。ランチでも仕事帰りのドライブスルーででも。例えば、ロサンゼルス 国際空港のごく近くに1店舗あるのだが、海外旅行や出張から帰ってきた地元民が、家に帰る前にそのIN-N-OUTに寄って買っていくことが多い。それは、非日常の自分から日常の自分に戻るための儀式みたいだったりするのだ。


もう一つIN-N-OUTが「普通にいい」のは、その経営方針が、いつでも当たり前に正しいということもある。例えば、従業員に対する扱い(給与や休暇などの制度)も、正しく手厚い。それだからか、働いている店員さんの接客もフレンドリーで気持ちがいい。お客として買うことに何もストレスがない。「地元の普通にいいお店」と「チェーン経営」をこんなに上手に両立しているブランド・会社はかなり珍しいと思う。


IN-N-OUT Burger




いちばん新しい普通「Everlane(エバーレーン)」

最後に紹介するのは、カリフォルニアらしく、新しいスタートアップな会社。それは、「Everlane(エバーレーン)」というファッションブランドだ。まだ知らない人も多いかもしれないが、2010年にサンフランシスコで生まれたD2C型のアパレルブランド。


2016年には100億円のレベニューを達成したと言われ、現在では38カ国へ展開し、その勢いを伸ばしている。シンプルでモダンなデザイン性が人気の要因であるが、このブランドには他のブランドにはない明確な違いが、実はある。


創業者のプレイズマンによると、「壊れたファッション小売業に徹底的な透明性(Radical Transparency)をもたらすこと」こそが、このブランドを始めた理由だ。そしてそれを体現すべく、販売している洋服の原価(材料費、縫製費、関税、輸送費、利益)を公開し、他の典型的なアパレルブランドが如何に不透明で莫大な利益を生み出しているかを明示しているのだ。また製造工場や製造者を積極的にオープンすることで、醜悪な製造労働環境が指摘される他のファッションブランドとは一線を画したコミュニケーションを実施し、ミレニアルやGen Zといった若者からの支持を集めている。


要は、「異常な感覚とビジネスモデルに支配されたファッション小売業に、徹底的な‘普通の感覚’を取り入れる」ことで、公平で公正、永続性のある普通の洋服を作っていこうとしているということだ。


冒頭で、「ノームコア」の話をした。それは、ファッションに関してのみに当てはまる流行用語ではなく、個性や自由が当たり前になった時代に、心地よく生きていくための考え方や生き方なのだと。この「Everlane」は、ある意味この「ノームコア」をトレンドとしてではなく、経営理念・哲学として捉えて実現しようとしているブランドなのかもしれない。



というこの原稿を、「Stay at Home」という名のいわゆるロックダウン状態のロサンゼルスで書いている。人々がまた街に出始め、経済活動を再開した時にも、これらのブランド、商品、お店が、これまで通りに支持され続けるのか、全くわからない状況になってしまった。


これからの生き方を根底から変えてしまいそうなこのパンデミックを私たち人類が克服した「ポストコロナ」の時代には、きっとこの「普通」の捉え方、考え方も全く違ったものになってしまうのだろう。なにせ、外でご飯を食べたり、友達と会ったり、家族で旅行にいくという、これまでの「普通」が崩壊してしまったのだから。




曽原  剛(そはら  ごう)
Creative Director/Partner
Death of Bad, Inc.
1999年博報堂入社。コピーライターとして7年間在籍したのち、2006年にロサンゼルスのTBWAに移籍。Appleや日産など数多くの有名企業のクリエイティブを手掛けた。その後、2014年に日本に帰国し、J. Walter Thompson Japan のエグゼクティブ クリエイティブ ディレクターに就任。2018年には、ロサンゼルスのTBWA\Media Arts Lab時代の同僚、ジョン・ランカリック氏と共同でクリエイティブスタジオ「Death of Bad」を立ち上げ、日米を行き来しながら活躍中。

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