新型でいこう:「三方よし」でもう一度輝く

(こちらの記事は、マーケティングホライズン2021年1月号『新型でいこう』に記載された内容です。)

2011年3月11日。津波ですべてが流されて平らな地面だけが残った映像のショックは10年経った今でも忘れることができません。今回のコロナ禍は人々の心にどのような変化をもたらしたのか。われわれは、人々のナマの声を直接聴こうと2020年10月に関東、関西計7283人に対しすべて自己記入式の調査を行いました。

 


■コロナ禍で「地面だけが残った」


 

この調査は、2019年2月、2020年1月に行った「ブランド生態調査」の枠組で行いました。これは衣・食・住・情報など11の領域で「好意を持つブランド」3つまでとそれぞれについて「その好意の理由」を自己記入で答えてもらうもので、それに加えて今回は特別に「コロナ禍の中での思い」を聞きました。特に2020年1月と比較して今回の結果の顕著な特徴は以下の2点です。

1.自己記入の書き込み量は増えただけでなく、読み込むと真剣なものが増えた
2.好感の理由は、「信頼・信用」「安心」「価格」「長持ち・壊れない」などごく基本的、岩盤とも言うべき要因に集中していて、「かわいい」「オシャレ」「おいしい」「カッコいい」など言わば副次的(でも今まではこちらが成功に不可欠と言われてきた)要因の影が極端に薄くなった。

また、「コロナ禍で何か一言」との問いには7283人中ほぼ半分の3483人がコメントを寄せてくれました。そこは、

「とにかくストレスがたまり疲れる」
「早くワクチンが開発されて元の日常に戻ってほしい」
「生活が苦しい」

等々のコメントで溢れていて、皆さんが暗い、苦しい状況にあるのが分かります。ちょうど3・11で地面だけが残ったのと同じように、今回のコロナ禍では人々の生活を潤す小さな楽しみ、うれしさ、幸せの素がすべて流されて「地面だけが残った」ことが分かります。

 


■新型の兆し



釜石や気仙沼、陸前高田など被災地の方々が逞しく新しい街と自分たちの新たな生活をつくっていったように、「地面だけが残った」状態の上にコロナ前とは違った新しい生活文化が生まれるのは間違いありません。そのとき筆者の頭に浮かぶのは、2020年に筆者がデビッド・アーカーから教わった米国セールスフォース社の CEO マーク・ベニオフの「企業の仕事(The business of business)はよりよい世の中をつくること)」という言葉です。

これは400年以上前に日本で生まれた「三方よし(売り手よし、買い手よし、世間よし)」の考え方と同じです。ところが10年ほど前から欧米の先進企業が相次いで「パーパス」の名のもとにこの考え方を実践し始め、今やすっかりお株を奪われた形です。彼らの軸はざっくり次の二つです:①困っている人・地域を助ける ②地球に余計な負荷をかけない。

今の日本がこれから目指すべきはそれを超える「スーパー三方よし」の社会ではないでしょうか。上の2つの柱に日本独自の「笑顔と挨拶」を加えて3本柱で新たな文化をつくる。日本企業、日本社会に「愛」を取り戻したいです。そのタイミングは、「地面だけが残った」今しかないのではないでしょうか。微かですがその兆しは見えてきています。

 


1.「日本企業=困った人の味方」



このコロナ禍の突然の勃発で、特に医療の現場で 困っている人、困っていることが噴出しました。真 っ先に動いたのは欧米の企業でした。メルセデス・ ベンツが高性能人工呼吸器の生産ラインを開発し、 ディオール、ゲラン、ブルガリなどが手指消毒薬を、 アルマーニやプラダが医療用オーバーオールを生産 し医療関係者に無償配布しました。トヨタ、ユニクロなど心ある日本企業が動いたのはその1か月あとでした。

日本は80年代から90年代にかけて「クオリティ」で世界を席巻しました。2020年代は「世間よし」の家元として「日本企業=困った人の味方」というレッテルを世界中に広めてほしいものです。

 


2.モノを長持ちさせる文化



地球を守るためにビジネスをやると豪語する米国のアウトドア品メーカー、パタゴニアは、2011年のブラックフライデーにニューヨーク・タイムズ紙に「Don’t Buy This Jacket(このジャケットを買わないで)」という広告を出して話題になりました。「個々の消費者として惑星のために私たちができる最善の行動は、モノを長持ちさせること」(同社の公式サイト)というのが同社の基本姿勢なのです。

余計な無駄をしない。これは決して低価格品に甘んじろということではありません。2倍高価な品を4倍長く使うと時間当たり費用も地球への負荷も半分になります。今回の調査では家電でパナソニックが一番人気でしたが、その好感理由には「壊れない」「長持ち」が目立って増えていました。「一番安い時計は実はロレックス」という話もあります。永くきちんと面倒見る、これも元々は日本の得意技でしたね。

 


3.笑顔と挨拶:お金で買えないもの



宮崎県飫肥(おび)では、街を歩いていると小中学生が笑顔で挨拶してくれるとJR九州の唐池恒二氏(現会長)から聞きました。私が仕事でよく訪れるジャカルタも街全体に笑顔があふれていて、ただいるだけで気持ちよくなります。では、東京はと言うと次の人にドアを抑えてあげてもエレベーターの「開」ボタンを押してあげても笑顔も挨拶もないことが多く、「ホスピタリティの国」なんて誰が言った、と言いたくなります。

わたし的にはドアでもエレベーターでもいい思いをすると100円、不愉快だと-300円くらいの価値を感じます。それで計算すると東京の一日で-1300円、ジャカルタでは低めに見積もって一日+2000円。その差額は一日3300円、月に直すとそれは10万円弱にもなるのです。政府も企業もこのような非金銭的経済効果が実は無視できないことを知るべきです。問題はどう流れを変えるかですが、飫肥の実例があります。皆が気づけば不可能ではありません。


最後に、上述の調査でも人々の気分に今述べてきた「新型」の兆しが見えていることをご紹介して筆を置くことにします。

「自分のことだけじゃなく、人間のことも考えられるようになってきた」(39歳 男性)
「萎縮したり批判したりではなく、人類として前向きに生きたい」(38歳 男性)
「健康で日々笑えることを大切にする世の中であってほしいです」(20歳 女性)
「コロナ禍で大変な想いをされている方々が少しでも希望が持てる社会になるよう、個人レベルで小さなことから優しさの種を蒔いていたいと思います」(51歳 女性)

 

片平 秀貴(かたひら ほたか)
丸の内ブランドフォーラム 代表
2001 年、「丸の内」ブランド再構築のお手伝いがきっかけで丸の内ブランドフォーラム(MBF)創設。「社会に笑顔の火種をつくる」の信念のもと、同志とブランド育成の勉強と実践を続けている。2010 年から本誌編集委員長。併せて 2019 年に東京21世紀管弦楽団の創設を手伝う。趣味は仕事とラグビー

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