日本のヴィーガン・マーケットにみた 「なんとなく欲求」の正体

(こちらの記事は、マーケティングホライズン2021年4月号『なんとなく欲望の行方』に記載された内容です。)


世界的な脱動物性食材のトレンドの背景


 

ここ最近の世界的な食の大きなトレンドの1つに「脱肉食」「脱動物性食材」という流れがある。脱動物性食材に大きな注目が集まっている理由は、健康法の1つという側面よりも、SDGsを達成するための社会課題の解決という要素が含まれていることが大きい。家畜による莫大な温室効果ガスの排出、飼料用の牧草や作物のための広大な農地の確保、大量の水の使用など食肉を市場に届けるまでの一連のプロセス自体が環境に大きな負荷をかけているという現実。

その課題解決のために植物性の代替肉やプラントミルクなどが一気に注目されるようになり、各社開発にも力が入り、投資先としても今や熱い視線を浴びているのだ。

例えば、あのケンタッキー・フライド・チキンもアメリカやヨーロッパでは既に代替肉のフライドチキン(正確にはチキンのようでチキンでない食材)が発売されている。創業者のカーネル・サンダースもよもや将来的にチキンのようでチキンではないフライドチキンを世の中に送り出すことになろうとは夢にも思っていなかったことだろう。アメリカのミレニアル世代が脱肉食の傾向が比較的強いと言われている理由も、このSDGs的な理由に起因することが多数派のようだ。

一昔前であれば、肉を食べない人は大きな括りで「ベジタリアン」と呼ばれ、その理由も大まかではあるが、体質や持病により制限されている人、病気ではないが健康増進の目的や美容目的の人、動物愛護(人間の都合で動物を食べるのはかわいそう)、宗教上の制約などのどれかに分類されていたように思う。

実はこの「ベジタリアン」という括りは非常に曖昧な部分もあり、ただ単に肉類だけを食べないという人から、肉は食べないが乳製品はOKという人、肉や魚、乳製品など動物食材は一切食べないという人まで様々なスタイルが存在する。

この中で最もストイックな動物食材を一切口にしないというスタイルがヴィーガンという領域である。最も極端な人たちは、食生活のみならず、ファッションもウールや毛皮・皮革類を身に着けず(靴も!)、化粧品も動物成分の入っているものは一切使用しない、など徹底している。

 


日本のヴィーガン・マーケットの今昔


 

このヴィーガンという領域が昨今の世界的な脱肉食・脱動物食材の流れを受け、特に認知が高まってきているように思う。東京のレストランやカフェでもヴィーガンメニューや個別にヴィーガン対応をしてくれる店舗はかなり増えてきている。「増えてきている」と私が身をもって感じている理由は、何を隠そう自身が14年前から食生活がほぼヴィーガンであることに他ならならい。現在はストイックなヴィーガンではなく、「ゆるヴィーガン」を楽しんでいる程度ではあるが。

15年ほど前の日本のヴィーガン事情は今とはまるで違っていた。まず話し相手に「ヴィーガン」とは何かを説明しなくてはならなかった。当時、ヴィーガンの食事をしようと自然食レストランに行ってみると、どこもだいたい玄米・野菜の煮物、大豆ミートや車麩の揚げ物、漬物、味噌汁といった、見た目には全体的に茶色く地味で、心ときめく要素もなく、味も何か物足りない感じだった。

普通のレストランを予約する時にベジタリアンやヴィーガン対応をしているかを聞いてみると、なぜか「外国人の方がいらっしゃるんですか?」と聞かれたり(日本人でヴィーガンなんてそういないだろうと思い込んでいたのでしょう)、「アレルギーの方には対応していません(アレルギーとか言ってないのに)」とか、軒並み普通のレストランはほぼゼロ回答だった。

その中でも表参道や代官山などでは、ピュアカフェ(現パーラーエイタブリッシュ)のような、見た目や味も従来の自然食系の流れとは異なるスタイリッシュな「おしゃれヴィーガン」の飲食店も少しずつ増えてきていた。

私はストイックな自然食系のお店よりは、お酒も楽しめ、彩りがきれいなヴィーガンメニューのあるお店のほうに惹かれ、自分でもなるべく見た目にも飽きないようにカラフルなオーガニック食材でヴィーガン料理を楽しむようになり、がぜんヴィーガン・ライフがとても楽しくなり、今も飽きることなく楽しんでいるのだ。

 


否定から入るのか、肯定から入るのかで、
その先見える世界が違う



ヴィーガンの世界を知り、深く入り込もうとすればするほど、何だか未知の世界へのワクワク感もありつつ、同時に何とも言えないモヤモヤしたものを感じていたのだが、最近になってようやくその正体がわかってきた。

ヴィーガンになりたての頃は、ストイックになりがちで、にわか知識で、動物性食材は体に悪い、化学調味料も体に悪い、○○を食べていると癌になる、アトピーの原因は○○らしい・・・と勝手に思い込み、気が付くと、動物性食材を食べている人さえもヘンだと思うようになりかけたり、何だか得体のしれないネガティブなエネルギーが自分の周りに渦巻いているような時期があった。

その後、アメリカやフランスに行き、現地のおしゃれで楽しくハッピーなヴィーガンのライフスタイルを目の当たりにして、それまでの重苦しいネガティブなエネルギーから一気に解放されたような気がしたのだ。

その正体は何かというと、否定のエネルギーに共鳴するのか、肯定のエネルギーに共鳴するかの違いなのではないかと思う。否定のエネルギーとは、「動物性食材は体に悪い。病気やアレルギーを引き起こす怖いものだ。農薬も絶対ダメだ」というダメダメづくしの考えを入口にして新しい世界に入ってしまうこと。

肯定のエネルギーとは、「何だかよくわからないけど体によさそう。楽しそう。何だか気になる」というまさに何も否定しないポジティブな「なんとなく欲求」から新しい世界に入ってみること。それでさらに探求したければ、ヴィーガンって何でSDGs的にも注目されているのだろうか、どんなレシピがあるのだろうか・・・と深堀する分野やレベルはその人の自由だが、「なんとなく」の入口の方がその先の広がりが圧倒的に大きい。

 


人々の共感をより多く生むのは肯定のエネルギー



日本のヴィーガン市場は長らく、ごく少数派の限られた人たちの特殊な世界で、誤解を恐れずに申し上げると、大きく拡大していくことはまずないと思っていた。そう思った原因は、恐らくエントリーする人達が、否定のエネルギーから入る人が多かったからではないかと思う。

病気になったから、子供がアレルギーだから、などの理由で菜食に移行する人が当時は多く、今のようにおしゃれ系ヴィーガンのカフェやレストランなども少なかったことも事実だ。「○○を食べるのは身体によくない!」という強い否定のエネルギーは、当事者には切実なことであっても、他者からみると何だか重苦しく、大変そうで、それがどれだけ正論であったとしても「自分もちょっと関わってみようかな」という共感は生みにくい。先に広がらず、そこで留まってしまう。

今、ヴィーガンが世界的にも注目され、メディアでもよく取り上げられるようになっているのは、例えばInstagramでveganをハッシュタグで検索すると、世界中の人たちが食べている色とりどりの素敵なヴィーガン料理に簡単にアクセスできる。私自身も大いに参考にし、楽しんでいる。

私の周囲でも普段は焼肉大好きな友人も「たまにはこういうおしゃれなヴィーガンもいいかも」とInstagramを見ながら呟いている。自分の体調やその時の気分に応じて、選択肢の1つとしてヴィーガンを選ぶ人は確実に増えている。

その入口は「何だかヘルシーそう、おしゃれ!」という直観的に「いいね!」と感じたビジュアルから入るごくごく軽い「なんとなく欲求」なのである。ヴィーガン市場に限らず、新しい領域やライフスタイルなどを大きく広めていくための入口は「何だかよくわからないけど楽しそう」という「なんとなく」の肯定のエネルギーなのではないだろうか。

図表 《クリックして拡大》

 


会田  裕美  (あいだ  ひろみ)
有限会社アディアック  代表取締役/マーケティングプロデューサー
㈱パルコにてマーケティング情報誌『アクロス』で編集者として、トレンド分析や社会学・世代論などの分野の取材・執筆を行ない、同社の音楽情報誌の編集や音楽制作も担当。その後、会員制女性サイトで、マーケティングマネージャー、編集長などを歴任し、2004年、(有)アディアックを設立。定量調査・定性調査の実施・分析から、プランニング、ブランディング、トレンド予測、各種コンテンツの制作・編集やプロモーション、PRまで幅広くコンサルティングを手がける。共著『ラウンドエッジ-71の高感度指標で見える、バランスのいいエッジィな人々』(宣伝会議)。

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