金の卵としての「宇宙エレベーター」

新たな宇宙往還システムを開発する意義

人類はその歴史の中で、自らの生活を豊かにするために様々な技術や道具を考案してきた。19世紀の後半から20世紀にかけての化学、電気、鉄鋼等の技術革新によって、人々は地球上の様々な場所へ活動範囲を広げ、20世紀中頃からその活動範囲を宇宙に広げるための挑戦が始まった。そして半世紀を経た現在、低軌道上ではあるが、宇宙空間に人間が生活できる国際宇宙ステーションを建造し、宇宙開発のための基礎実験が開始されるに至った。


また、気象衛星、通信衛星等のニーズのある静止軌道程度までは、その開発が民間へと移行しつつある。これら宇宙開発の恩恵によって私たちは、世界中の情況をほぼリアルタイムにテレビ画面で見られるようになり、より正確な気象情報を入手できるようになり、世界中の空撮映像をインターネットから自由に閲覧でき、携帯電話が自分のいる位置情報を取得して、行きたい場所へと案内してくれるようになった。地図やコンパスを持たなくても地球上なら何処へでも行けるようになったと感ずる。今や宇宙衛星による通信や測位、気象観測の情報は私たちの生活に欠かせないインフラ情報となってきた。


しかし、当然のことながらこれらの情報通信技術を支えている衛星にも耐用年数があり、老朽化すれば役目を終え宇宙ゴミ(スペースデブリ)と化す。従って、現在の状況を未来永劫継続していくためには、GPS衛星や静止軌道上への通信衛星、気象衛星などを定期的に打ち上げ続けなければならない。NASAのドナルド・ケスラーが予見した(ケスラーシンドローム;各国が打ち上げた宇宙機器や衛星の老朽化や衝突によって宇宙ゴミが加速的に増加する現象)ように、現在、衛星軌道上ではこれら宇宙ゴミの加速度的な増加の予兆とみられる事態が発生している。勿論、宇宙ゴミの増加は私達とはかけ離れた宇宙空間での問題であり、人類の生活圏の直接的な影響はないものと認識されていたが、最近でも米国NASAの大気観測衛星「UARS」(長さ約10メートル、重さ約6トン)が、宇宙ゴミとなって大気圏に突入し、その部品の一部が地上に落下するという出来事があった。

 

私たちは今後、手に入れた便利さを継続していくために、宇宙からの落下物に怯えながら暮らす未来を選択するのであろうか。少なくとも、利便性と危険性の両側面に対して私たちは宇宙開発を継続せざるを得ないだろう。それならば、継続すべき宇宙開発の中で、宇宙ゴミ削減と共に、より有用な技術革新の方策を検討していくことが必然ではなかろうか。


宇宙エレベーターとは
過去より、宇宙往還システムについては様々な提案がなされており、実現できれば高い輸送効率や安全性、安定運用など宇宙ロケットにとって代わる可能性の高いものもみられる。宇宙エレベーターは、1960年にユーリ・アルツターノフ氏によって提唱された宇宙往還システムである。この仕組みは、地表の自転速度と同一の周回軌道速度を有する赤道上の高度約35786kmの円軌道上に宇宙ステーションを建造し、質量中心(重心)が移動しないよう上下にケーブルを延ばしてゆき、ケーブルの端末が地上(または海上)に到達したら、これを軌道として宇宙空間にアクセスする乗物(クライマー)を昇降させるというものである。


現在の宇宙船(ロケット)は文字通り宇宙空間に渡る船であるが、海を渡る船のように大量物資輸送はできず空中爆発や空中分解の危険性も大きい。これに対し宇宙エレベーターは宇宙(そら)に橋をかけるイメージである。一旦安全な橋をかけてしまえば大量物資輸送も安全確実に行えることになり、速度制御も出来るので多くの人々の宇宙旅行が現実のものとなる。さらに、宇宙エレベーターの開発段階でもその要素技術を活用して宇宙空間を移動することや宇宙ゴミ回収の合理化も可能となる。
 この実現に向けて、米国ではNASAのセンティナルチャレンジの一環として、2005年~2010年の期間に宇宙エレベーター技術競技会が開催され、高度1000mまでを時速15km程度で昇降するモデルが開発されている。


今、日本のイノベーション力が注目されている
現在、宇宙エレベーターシステム開発の急先鋒として世界から注目されているのは、㈱大林組である。既に会社の事業目的に「宇宙開発」が明示されており、その挑戦プロジェクトに宇宙エレベーターが取り上げられている(http://www.obayashi.co.jp/press/news20120220)。
2050年に宇宙エレベーターを実現しようとする構想は、その計画の具体性・緻密さから世界的に注目され、世界中からの問い合わせがきているそうである。正に日本のイノベーション力が注目されている取組みと感じている。また、ケーブルで繋がれた2ユニットの小型衛星を宇宙空間で展開し、このケーブル上を太陽光エネルギーのみで稼働する宇宙エレベーターの開発研究も開始され、私たちが乗物部分のモデル開発を進めており(http://www.event-web.net/3dex2016/download/pdf/AD-03.pdf)、相乗り衛星としての申請が認められれば数年後に本格的な宇宙実験が開始される予定である。この宇宙技術開発を推進するSTARSプロジェクトでは、次の段階で宇宙エレベーターシステムを応用した宇宙ゴミ回収のシステムも提案しており、宇宙エレベーター構築の過程におけるタイムアクシスデザインを考慮した画期的な計画といえるだろう。


宇宙エレベーター実現で可能になること
さて、宇宙エレベーターが実現したらどのようなことができるようになるのか。大林組の構想や日本の宇宙エレベーターコミュニティーの中で議論されているいくつかのトピックスについて紹介する。
まずエネルギーに乏しい我が国に有用と考えられるのは宇宙太陽光発電システムである。宇宙太陽光発電システムを静止軌道上に構築できれば、24時間高効率かつ安定的な自然エネルギー供給が可能となる。特に自然災害のリスクが高い日本において宇宙からの安定したエネルギー供給は構築することに大きな意義があり、宇宙エレベーターによる大量物資輸送が可能になれば技術的・経済的にも実現可能性が高くなる。また、宇宙再生医療は最近注目され始めた技術であるが、iPS細胞などを微小重力環境で培養することで新たな技術進展を図ることや、特殊な疾患や障害をもつ人々の療養・リハビリに有用な場合があり、宇宙エレベーターの実現によって宇宙空間に運ぶ際の加速度負荷の影響を大幅に軽減できる。


もちろん、多くの人々が負担なく宇宙空間にアクセスできるようになれば宇宙観光のニーズは大きくなるだろう。宇宙空間から地球を「ひとつの星」として眺められる高度は地表から1200km程度といわれており、現在想定されている宇宙エレベーターの速度で行けば日帰り宇宙旅行も十分に可能となる。そしてその先の宇宙空間を目指す人のためは、静止軌道より上部の所定位置をカタパルトとして宇宙船を放出させることで、月や火星や木星への航行が格段に省エネルギーで実現できる。この他、任意高度での地球環境リモートセンシング、高高度での深宇宙観測や太陽観測など今後の宇宙開発に大きな進展をもたらす可能性大である。


宇宙エレベーターを「現代のバベルの塔」と称する向きもあるが、宇宙(そら)にかける橋としての役割と、その構築過程で手に入れられるスピンオフ技術は予想以上に大きい「金の卵」と考えられる。1979年に宇宙エレベーターを題材にしたSF小説「楽園の泉」を執筆したアーサー.C.クラーク卿も「2050年宇宙エレベーターの旅」の実現を楽しみにしていることであろう。

 

青木  義男  (あおき  よしお)
日本大学 理工学部 精密機械工学科 学部次長・教授
1985年日本大学大学院生産工学研究科修了、日本大学理工学部助教授、米国コロラド州立大学客員研究員を経て現職。
専門は安全設計工学、構造力学で、エレベーターなどの安全設計の研究に取り組む。
現在、日本宇宙エレベーター協会フェローとともに、国土交通省の昇降機等事故調査部会委員なども務める。

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