アナログ技術は世界を変える

(こちらの記事は、マーケティングホライズン2019年5月号『アナログ技術は生き残れるか!?』に記載された内容です。)


広がるデジタルの世界

スマートフォンにデジタルカメラに地デジ。いうまでもなくデジタル花盛りの現在。中にはデジタルタイヤにデジタルモーターなど、サイエンスで考えると首をひねる様なものまでもがデジタルを名乗っている。


さてアナログのイメージは
一方アナログはというと、世間では古いもの懐かしいものという感じで扱われている。「俺はアナログ人間だからね~!」も良く耳にするフレーズだ。


アナログとデジタルは本来エレクトロニクスの用語である。たしかにエレクトロニクスの歴史も、アナログ全盛からデジタル全盛に移った。そして両者は対立しデジタルが勝利したように見える。


でも本来のアナログとデジタルは全くの別物で対立ではない。簡単にいうと図1の様にデジタルはアナログの支えがないと存在しえないものなのだ。


最近この事に気づいた多くの識者によって、再びアナログ技術にスポットライトが当てられている。それはアナログ技術の更なる発展が無いと、デジタルがより発展できないからである。


デジタルを含む全てのエレクトロニクス製品は物理法則で動いている。その物理法則と会話をするのがアナログ技術である。アナログ技術の習得には時間が掛かる。なぜなら日々の勉強に加えて、地味な経験の積み重ねでしか得られないからだ。アナログ技術の復権と伝承。これは決して懐かしい蒸気機関車を復活させる話ではない。今さらであるが、ここでアナログとデジタルについて整理してみよう。


デジタルは人間との会話が得意
一言でいうとデジタルは人間との会話が得意な技術である。それは人間が使う文字や数字を直接扱うことができるからだ。


その仕組みはとても単純で0と1による2進数でデータを表現する。例えば電圧の0ボルトをデータの0に5ボルトをデータの1とする。今あるデータを数学処理する場合、アナログでは数学式に近い動作をアナログ回路で再現して処理するが残念ながら誤差が伴う。


でもデジタル回路ならば、数学式を直接扱えるので誤差ゼロの計算が出来る。そう1+1=2となって1.9や2.1とはならない。デジタルの歴史は意外と古く、第二次世界大戦中の弾道計算や暗号通信解読にさかのぼる。でもここにきて台頭してきたのには大きな理由がある。それはサイズと速度とコストの壁が、半導体の微細化と集積化によって解決されてきたからだ。


大雑把な計算だが、同じデータ処理をアナログとデジタルで比べると、デジタルではアナログの100倍以上の処理速度と、1万~100万倍以上のトランジスタ数が必要になる。簡単にいうと、デジタルはこれまでとても不経済であった。


デジタルだからできる
デジタルの得意な応用例をいくつか挙げてみよう。まず通信においてのデータの誤り訂正アルゴリズムがある。実際遠くの惑星探査機から送られてくる映像が美しいのはそのためだ。また人の顔を見つけてピント合わせをするデジタルカメラのアルゴリズムがある。人の顔を判断するというのはデジタルにしかできない。


デジタルは順序制御も得意だ。例えばボタンを押して3秒待ってランプを5回点滅させてブザーを10秒間鳴らす。こういうシーケンス動作はアナログは不得意なのだ。


またデジタルは華を添える。例えば電子レンジの場合、その主役はマイクロ波を出すマグネトロン。そのマグネトロンは出力電力と照射時間の2つのパラメータで食品を温める。つまり電力の切り替えスイッチとタイマーだけで事足りるのだ。


でもその電子レンジにマイコンを搭載し、人間とマグネトロンとの間で翻訳作業をすると、生もの解凍、ごはんの温め、お燗など、多彩なメニューを持った調理器になる。


アナログは自然界との会話が得意
身の回りの光や音、温度や圧力などの物理量は、全て連続信号のアナログである。そしてアナログ回路は、自然界のオームの法則、ファラディーの法則、テブナンの定理などの物理法則を組み合わせてデータ処理する。


アナログ回路が難しいのは、電源をONすると1つの法則だけでなく、予期しない何十もの法則が同時に絡んでくることにある。ここにアナログの難しさがある。


アナログだからできる
アナログには出来る事に制限がない。高度なアナログ回路では1nV(ナノボルト=1000億分の1ボルト)や、1pA(ピコアンペア=10兆分の1アンペア)という微細な信号も難なく扱う。例えば気圧センサに応用すれば、高さ10cmの気圧差も簡単に検出する。


また無線の電波もその本質はアナログだ。身近な地デジやWiFiのデジタル信号も、その上に乗せて届けられる。GPSの原子時計が正確なのは内部のアナログ回路の働きであり、アインシュタインの予言であった重力波を観測した装置もアナログ回路が鎮座する。とにかくあらゆる自然界との会話は、全てアナログ回路がやっている。というよりアナログにしかできない。


今後自動車はエンジンから電気に代わってゆく。エネルギー変換の主役はインバータやDCDCコンバータであり、これらはスイッチングで動く。スイッチングも0と1の動作なので一見デジタル的であるが、スイッチング動作にも、厄介な物理法則が様々に絡んでくる。だからその設計はアナログ・エンジニアにしかできない。


アナログがデジタルを支える理由
アナログがデジタルを支える理由には2つある。一つはアナログのデータ形式とデジタルのデータ形式があまりにも違いすぎるからだ。だからデジタル回路が自然界と会話するには、図2の様な構成で必ずアナログ回路が必要となる。


もう一つは、繰り返すがコンピュータチップも物理法則で動いている。だからデジタル回路であってもアナログの目線で回路設計される。


すぐに始められるIT
今のITは電子回路を動かすことでありながら、オームの法則やテブナンの定理を意識する必要はない。とにかくコンピュータにさせたい仕事をプログラムとして書くだけで良い。例えば「スピーカからボリウム5で音楽3を再生」と書けば音楽が流れる。ド派手なプロジェクションマッピングも、映したい映像の順をプログラムするだけでよい。


ITベンチャーがハードウェアの世界に乗り出すと ITが電気の法則を意識しないでシステム開発できるのは、PCやスマートフォンのハードにおいて、既に厄介な物理法則の問題が片づけられているからである。


今のところITはPCやスマートフォンの中だけで展開されている。そしてPCもスマートフォンも限られたメーカが製造している。今後IoTやEVやロボットの流れで、多くのITベンチャーがハードの世界に流れ込んでくるだろう。


その時にITの乗りでハード開発にチャレンジすると、電気回路のトラブルで大変な思いをするのは間違いない。さらに無理に製品を出せばそれこそクレームの嵐だ。


ソフトウェアとハードウェアの難易度
ソフトも時には思い通りに動かないが、ソフトが動かないは「記述ミス」と「論理矛盾」に集約される。だから丹念にソースコードを調べれば必ずミスは見つけられる。


でもハードが動かないのは次元が違う。回路設計に全くミスが無くても、動かないものは徹底して動かない。また試作の1台が動いたからといって、量産した全数が問題なく動くとも限らない。とにかく物理法則は簡単に答えを出してくれない。


注目されるアナログ・エンジニア
これを解決できるのがアナログ・エンジニアだ。なぜなら物理法則と会話できる術を身につけているからだ。さらにベテランの設計ならば1千台作っても1万台作っても安定に全数が動く。なぜなら「神は細部に宿る」を熟知しており、一見どうでもよい小さい部分にも気を払った対策がなされている。


ベテランのアナログ・エンジニアが不足
今ベテランのアナログ・エンジニアが不足している。これはデジタル・ブームによりアナログが軽視させてきたのも一因している。ではどうやってアナログ・エンジニアを増やし、次の世代につないで行けばよいのだろうか。


よく80年代や90年代に活躍したエンジニアに声をかけるという話がある。でもシニアになった彼らの技術は古く現実は使えない。そうアナログ技術も特にUSを中心にこの20年で大進化しているのだ。


伝承の難しさ
これまでもアナログ回路の参考書はたくさん出版されてきた。そして半導体メーカによるセミナーも盛んだ。さらに現在ではコンピュータによる回路シミュレーターもある。


でも真の職人技は、参考書やセミナーやシミュレーターでは伝わらない。設計チームの中で先輩エンジニアと一緒に仕事をする事で伝わる。先輩の後ろ姿、アドバイス、雑談、そしてチームが持つ暗黙知で伝承される。


さらに、エンジニア自身による気の遠くなる地味な実験と考察と勉強の積み重ねが欠かせない。こればかりはどう時代が進もうと変わらないと筆者は考えている。


今の時代に合った仕組み
日本は20年ほど前からのアウトソーシング・ブームで、企業内の技術伝承が途絶えてしまった。だから今の時代に合った新しい仕組みが必要ではと考える。筆者はその解決の一つとして、エンジニアによるシェア・オフィスが面白いのではと思っている。


創業したてのベンチャーや企業のサテライト開発室が集まったエンジニア村だ。ここには使い放題の設備があり、ベテランのアナログ・エンジニアによるセミナーや、実際のボードを通しての技術サポートもある。


ここでは秘密主義は厳禁で全てはオープンなのが条件。とにかく、ここはコーヒーの入ったマグカップを持って、ワイワイガヤガヤと製品開発を楽しむ空間なのだ。


エンジニアが身に着ける新感覚
エンジニアは性能こそが価値と信じ、何処かサイエンスをやっている感覚がある。でも技術はビジネスの手段という、冷めた感覚を持つことも大事なのだ。そのためにも、これからのエンジニアは経済学やマーケティングの勉強も必要になってきている。


経済学のサンクコストや比較優位や価格差別などは、エンジニアにとっても面白いと感じるだろう。そして大量に作る事で利益を出すのではなく、少量でも大きな利益が得られるブランドという概念も重要だ。日本は海外から見ると日本そのものがブランドとなるポテンシャルがある。


世界から選ばれる日本
USのハリウッドには「今年の新入社員は。。。」という話題はない。あそこは全世界から、超一流の技術をもったクリエーターが集まる場所だからだ。いま優秀なクリエーターやエンジニアは国境を越えて自由に移動する。そして魅力のある国や都市に集まる。


友人のフランス人ITエンジニアによると、日本はとても住みやすいと言う。きっと私達日本人が気づかない魅力があるのだと思う。今インバウンドで多くの外国人が日本に来ている。中には日本で仕事をしてみたいと思うエンジニアもいるだろう。


優秀な日本人アナログ・エンジニアを育てることは最重要課題だ。けれども並行して世界中の優れたエンジニアに選ばれ日本になることも重要なのだ。そのためにもハリウッドやシリコンバレーの様に、優秀な人材には社会的地位と高収入が約束されるフェアな仕組み、つまりJob Descriptionに基づいた雇用への移行も急がなくてはならない。


新しい時代に向かって
今後、5G、8K、空飛ぶ自動車、小型人工衛星、ロボットなど面白いものがどんどん登場する。そしてそれが若い人の感性を刺激し、さらに想像もつかない発明も生まれてくるだろう。その時に間違いなくどの発明にもエレクトロニクスが必要とされる。


今大手電機メーカの研究所はベンチャー企業にも開放され、ともにイノベーションを起こそうという動きもある。とにかくあらゆるアイデアは、物理法則と会話してくれるアナログ・エンジニアがいれば現実にしてくれる。USではこの20年で若いアナログ・エンジニアが多く育っている。


そして女性エンジニアが多いのも特徴だ。日本も負けてはいられない。アナログ技術の伝承は簡単ではない。でも筆者の考えるエンジニアのシェア・オフィスなら、難しいアナログ技術も楽しみながら学べるはずだ。それこそコーヒーの入ったマグカップを持って。

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浜田  智  (はまだ  さとし)
1963年5月23日生まれ。1982年大阪府立布施工業高等学校電気科卒業(現:布施工科高等学校)。株式会社荏原電産入社。主にインバータ制御ポンプシステムの設計に従事。1996年有限会社レムフクラフト設立。現在、レーザー機器の開発、アナログ回路設計をメインとした本の執筆やセミナ講師などを行っている。

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