本当の価値だけを追求する 「Plan・Do・See」

中期計画のない不思議な会社
あなたは「Plan・Do・See」という会社をご存知だろうか。

ホスピタリティ産業に関わっている人や、比較的最近就職活動を経験した人にとっては常識かもしれないが、そうでないと名前すら聞いたことがないなんていうこともあるかもしれない。しかし同社は、就職人気ランキングでは名だたる大手企業を押しのけて、毎年のように上位にランクインしている超人気企業なのである。


Plan・Do・See(以下、PDS)はホテル、レストラン、ブライダル施設などを運営している。具体的には「オリエンタルホテル」(神戸)、「ウィズザスタイル フクオカ」(福岡)、「シクス バイ オリエンタルホテル」(有楽町)、「ザ・カワブン・ナゴヤ」(名古屋)、最近ではプリンスホテルと共同で運営している「赤坂プリンス クラシックハウス」(東京)などがある。


PDSの名前をあまり耳にしないのには理由がある。というのも、同社はブライダルと求人を除いて一切の広告宣伝を行わないのだ。主にリクルーティング用に使われているパンフレットにはこんな説明がある。


「本当に価値のあるものは、宣伝をしなくても、お客様からお客様へ、口コミで広がっていくもの。日頃から応援してくださるお客様を裏切らないためにも、広告宣伝やメディアの取材は行っていません」。そんな中、今回は話をうかがう貴重な機会を得た。


本号のテーマである「成長」について質問を投げかけると、何ともPDSらしさを感じさせる答えが返ってきた。いわく、「当社には数年先の数値的な目標はありません」。PDSの現在の事業規模や同社が与える社会へのインパクトを考えれば、中期事業計画に類するものを策定するのは常識に思える。


けれども、今ある施設についての今期予算は当然あるそうだが、来年、再来年、ましてや5年10年先に向けて会社がどうなるかは想定していないというのだ。こうした考えに至るのには理由があるのだが、そのヒントは前述のパンフレットの中の「本当に価値のあるもの」というフレーズにある。


「プロパティ・オリエンティッド」という思想
PDSの新規出店におけるキーワードは「プロパティ・オリエンティッド」である。平たく言えば、「建物や土地ありき」とでもなるだろうか。外食産業を例に取るとわかりやすいが、自分たちのやりたいこと(コンセプトや事業アイディア)がまずあって、それを実現するための立地や物件を探すというのが一般的なパターンだ。


しかし、PDSの場合はその順番が逆で、はじめにプロパティありきなのである。そしてそのプロパティは「本当に価値のあるもの」でなければならない。


例えば、彼らが運営する「ザ ソウドウ 東山 京都」は日本画の大家、竹内栖鳳の邸宅「東山艸堂(ソウドウ)」をリノベーションした施設である。


また、日本最古のホテルの一つとして知られる伝説のホテルをよみがえらせた「オリエンタルホテル」、国会議事堂の設計で知られる日本近代建築の巨匠、武田五一が手がけた島津製作所旧本社ビルを生まれ変わらせた「フォーチュンガーデン京都」など、PDSが関わっているプロジェクトは「本当に価値のあるもの」ばかりなのだ。


正確に言えば「価値のあったもの」かもしれない。元々素晴らしい価値があったものが、時代の流れの中でその魅力を発揮できなくなることはよくある。PDSはそんな「もったいないプロパティ」に敬意を払いながら、適切なリノベーションを行い、今の時代に評価されるように命を吹き込んでいるのだ。


自らの施設を持つブライダル企業の中には、短期的なトレンドにあわせて、例えば「今ならバリ風」「次は北欧風」など数年ごとに建物のリニューアルを繰り返すようなところもあるのだが、PDSが目指しているものがそうした企業とは明らかに違うことはおわかりいただけるだろう。


当然ながら、そんな価値ある物件に出会えるかどうかは「縁」であり「巡り合わせ」だ。ゆえに、PDSは新規出店の事業計画が立てられないのだ。そして、中期的な事業計画を立てないと決めたがために、かつては検討したこともあるという上場は目指さないという結論に至っている。上場すれば、新規出店計画をいやでも作成せざるをえないが、それはPDSが実現したい世界とは異なっているわけだ。


ちなみに、価値あるプロパティをリノベーションするという取り組みは、実はPDSの事業にとっても望ましい。というのも、悪く言えばこれらは「最早どうしたらいいかわからなくなってしまった物件」である場合が多く、所有者はそこに高い賃料を期待していない。


一等立地でホテルやブライダル会場、レストランを構えるのとは比較にならないくらい安く借りることも可能なのだ。そしてPDSは賃料負担が抑えられている分を、有能な人材を配置したり、原価をかけたりと、お客さまの満足度を高める方向に振り分けられるのである。


徹底的に人に投資するカルチャー
PDSが大切にしているのはプロパティだけではない。それ以上に大事にしているのは従業員かもしれない。同社には数え切れないくらいの研修があり、成長のための仕組みが様々用意されている。


また研修や表彰式などで従業員が集まる機会が数多くあるそうだが、それを実施するための交通費も馬鹿にならない。さらには、PDSでは従業員が一流の体験をしたり、時代の先端に触れたりすることを強く推奨している。


そのために、例えば高級ホテルに宿泊したり、評価の高いレストランで食事をしたりするにあたっては、それが完全にプライベートであったとしても、半額を会社が費用負担するという制度がある。こうした給与以外で従業員の成長のために投資している額は年間数億円に達している。従業員数800名の企業がかける額としてはまさに桁違いと言えるのではないだろうか。


こうした数々の取り組みもあり、PDSは「働きがいのある会社」というランキングでも常に上位に位置している。興味深いのは、このランキング制度は会社自らのエントリーを前提にしているために、普通はエントリーした以上、ランキングを少しでもあげるために何らかの取り組みをするそうだが、PDSに関しては「だからといって、何も特別なことはしない」という点である。同社における日常的な環境が、従業員から「働きがいがある」と評価されているわけだ。


そもそもPDSという会社は何を目指しているのだろうか。話を聞いている中で出てきたフレーズであり、同社の理念の一つにもなっているのは、「街の価値を上げる」というものだ。これは決して大げさな話ではない。


一軒のレストランが、ひとつの小さなホテルが、あるいはたまたま招待されて訪れた結婚式場での体験が本当に素敵だったら、人はその建物がある街をほんの少し好きになるはずだ。


そんな体験が積もっていけば、きっとその街には他にも素敵な店ができるだろう。そしてそんな雰囲気に惹かれる人や会社が移ってくるだろう。そうして本当に街の価値はあがっていくのである。


PDSは物件を借りる際に、20年や30年という長きにわたる契約を結ぶことが多い。ゆえに、PDSはその施設が20年も30年も輝き続けることを考えなければならない。そして、20年30年とその施設を輝かせていく人材を育てていかなければならない。


今すぐ流行ればいいというわけではなく、むしろ焦って偽物の建物をつくったり、魅力に乏しいスタッフばかりになったりすることこそ避けなければならない落とし穴なのである。彼らは決して「緩やかな成長」を意識しているわけではないだろう。しかし、未来を見据える射程距離の長さが、PDSを至極「真っ当な速度」で成長させているのだ。

 





子安  大輔  (こやす  だいすけ)
株式会社カゲン  取締役
東京大学経済学部卒業後、㈱博報堂入社、マーケティングセクションにて食品、飲料、金融などの戦略立案に従事。2003年博報堂を退社し、飲食業界に転身。著作に「『お通し』はなぜ必ず出るのか」(新潮社)など。

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